第10話『魔王ちゃんと未来への希望』
ここは厳格にして偉大なる魔王城。
アタシの居城であり、魔界と人間界を繋ぐ扉でもある。
かつての魔王だったおじい様が、ここから世界を蹂躙したこともあり、人間たちからは夜の闇よりも深い暗黒の忌み地として恐れられている。
そんな恐怖の対象でもある魔王城だけど……。
「きゃははー、わーい!」
「あーん、まってよーぅ!」
「なんだーこのカーテン? ひっぱってやれー!」
本日は、ちびっ子たちの襲撃を受けていますっっ!!!
「あらあら、ダメよ~。おいたしないで~」
側で申し訳なさそうにオロオロしているのは、着物エプロン姿のシロガネ先輩。
先輩は最近バイトを始めたみたいなんだけど……。
今日は、そのバイト先である魔界幼稚園の社会科見学なんだって。
引率の先生たちの中に先輩の姿を見つけたときはビックリしたわ!
この幼稚園は、色々な種族の子が通ってるみたいね。
玉座の間でもお構いなしに走り回る緑肌鬼の男の子と、闇妖精の女の子と、豚頭鬼の男の子。
それを追いかけるシロガネ先輩は、めっちゃ大変そう!
そのちびっ子3人組がアタシの元にやってきた。
まったく、ニコニコしちゃって無邪気なんだから。
「まおーしゃまーだ、かわいいー!」
「まおーしゃま、いいかおり、するー!」
「なんだーこのニオイ? すいこんでやれー!」
「だ、ダメよ~、魔王様をくんかくんかしないで~!」
一斉に匂いを嗅ぎ始めた子供たちを、先輩が慌てて引きはがす。
「ごめんね~、アイラちゃん。賑やかな子たちで~」
「あははー、気にしないでいいしー! 子供なんてイタズラするのが仕事みたいなもんじゃん? そこは大人の余裕を見せてあげないとね!」
謝る先輩に笑顔で答える。
そんなアタシをキラキラした目で見つめる子供たち。
ふふっ、大人なアタシに憧れを抱いちゃったかな?
「さすが、まおーしゃまー! よゆーぶっちゃってー!」
お?
「あ、まおーしゃま、こめかみピクピクしてるー! ムリしてるの? かわいいー!」
おお?
「なんだーこのスカート? めくってやれー! おりゃっ!」
「おおぅ、ガキンチョどもー! 大人のチカラ、見せつけてやるぞーーっっっ!!!」
「アイラちゃんアイラちゃん、ごめんなさいごめんなさいー!」
しゃー!
っと、両手を振り上げ飛びかかろうとするアタシを、必死になだめるシロガネ先輩。
キャーキャー言いながら、蜘蛛の子を散らすように逃げてく園児たちはとても楽しそう。
もー、ほんとパワーが凄すぎる!!
今時の幼稚園児ってこんなに元気なの!?
これじゃ、あのバルギウスだって手を焼いてるんじゃない?
……その瞬間、脳裏にある考えが浮かんだ。
アタシはニヤっと笑うと、魔王歩きでそっとバルギウスに近付く。
ふっふっふ。
さぁ、アナタの狼狽える姿を見せてごらんなさい!
いつもの仕返しに、
「ぷぷぷー。やーい、あたふた系男子ー!」
って、からかってあげるから!
「ほら、綺麗なバラの花ですよ。その髪に飾ってあげますね。トゲは予め処理してありますから、安心してくださいね」
「ありがと、ほわぁ……」
「先生方もどうぞ。もっとも皆さまの美しさの前では、このバラの花もただの引き立て役にすぎませんが」
「ああ、バルギウス様……」
うっとりとした目の女子集団!?
くうぅ、気配り上手のモテる系男子ぃ!!!
頬を染めた彼女たちを前に、アタシはがっくりと両膝をついた。
うぅ……。
もー、ペース乱されっぱなし。
仕方ないから今日はできるだけ無難に乗り切ることだけ考えて……。
そう考えていた矢先、伝令の魔物が玉座の間に駆け込んできた。
「アイラ様、勇者襲来です!!」
えっ、勇者たん!?
疲れたアタシに癒しを届けに来てくれたのー?♡
——って、ダメダメダメ!
めっちゃダメだし!
今日は先輩がいる、幼稚園の先生もいる、園児たちだって見てる。
魔王であるアタシが勇者たんデレなんて姿、見せられるわけがないってー!!
気合を入れ直さないと!
「アイラ様、こちらを」
「ありがとう」
バルギウスから仮面を受け取り、アタシはマントをひるがえす。
「まおーしゃまなら、らくしょーだよねー?」
「あたりまえでしょー! まおーしゃまは、さいきょーなんだからー!」
「なんだー、このドキドキ! ワクワクするぜー!」
ワイワイキャッキャと盛り上がる子供たち。
まるでショーが始まる直前みたい。
「あなたたち、いい加減にして~! 戦うって命懸けなのよ~! 痛かったり苦しかったりして、楽しいことなんかじゃないのよ~!」
シロガネ先輩が諭そうとするけど、そんなの全然聞いてくれない。
アタシは困る先輩の肩に手を置いた。
「実際の戦いを見せた方が早いわ」
そして仮面を装着し、踵を返して玉座の間の中心へと歩き出す。
決して後ろは振り返らない。
「さぁ、ちびっ子たち。戦いの厳しさを、その小さな目に焼き付けるといいわ!」
本当の戦いを知らない子供たちに、アタシは背中越しにそう告げるのだった……。
「たああああああっっっ!!!」
「はああああああっっっ!!!」
玉座の間に響く気合の声と甲高い金属音。
アタシの拳と勇者の剣がぶつかり合う度に火花が散り、交差する度に突風が巻き起こる。
本来、戦いとは命の奪い合い。
決して楽しいものじゃない。
ちびっ子たちが憧れや幻想を抱く気持ちもわかるけど……。
アタシは現実を見せつける!!
「勇者……また強くなったみたいね!」
「ははっ、そう言ってもらえて嬉しいよ。僕は剣を振り続ける、この刃が君に届くまで!!」
「ふふふ、面白いわ! やってみなさい!!」
「行くぞ、魔王!!!」
「来い、勇者っ!!!」
アタシと勇者の戦いを前に、ダークエルフの女の子が先輩の手をキュッと握った。
「シロガネせんせー……まおーしゃま、たのしそう」
「アイラちゃん……」
先輩が額に手を当てたことにアタシは気付くことができなかった。
「〈炎の矢〉・六連!!!!」
「あまいわっ!!」
勇者の放つ六連の炎を、アタシは全て弾き飛ばす。
5つの流れ弾は柱や壁にぶつかって激しく爆発した。
けれど、最後の1つは……。
あっ、ヤバイ!
弧を描いて、園児たちの頭上に迫ってる!!
悲鳴を上げる園児と先生。
「ご心配なく」
その瞬間、影が動いた。
それはバルギウスだった。
彼は燃え盛る炎の矢を片手で受け止める。
「消えなさい」
その手を握ると、矢は容易く潰れて消し飛んだ。
パラパラと降り注ぐ火の粉を浴びながら、バルギウスは園児たちに微笑む。
「お怪我はありませんか?」
その笑みの優しいこと!
アタシ、そんな顔見たことなーいっ!!!
「あぁ、バルギウスさまぁ……」
「ここは危険です。私が避難場所までご案内しましょう」
そう言って、うやうやしく一礼。
「それではアイラ様、この場はお任せしますね」
園児や先生たちをエスコートしながら歩くバルギウス。
転んだ子は片手で抱きあげて、怯える子には手を差し伸べて。
ああっ、みんな目がハートになってる!
騙されないで、ソイツ、本当は超絶毒舌魔神なんだからっ!
「バルギウスくんは流石よね~」
部屋を後にする背中にシロガネ先輩が目を細める。
バルギウスと何度も会ってる先輩には、どうやら耐性ができてるみたい。
よかった……。
「――って! 先輩は避難しなくていいの!?」
「そう思ったのだけれど~、この子たちが~」
先輩は困ったように隣に目を向ける。
そこには例のイタズラっ子三人組がいた。
「まおーしゃま、おうえんするー! ゆうしゃなんか、やっつけちゃえー!」
「あんたなんか、まおーしゃまが、かるくひねっちゃうんだからー!」
「なんだーゆうしゃってー? おいしいのかー?」
ちびっ子たちの声援。
その激しさに、勇者はとてもやりづらそう。
思わず、一歩後ずさりしちゃってる。
もうっ、やめてよ!!!
アタシの勇者たんを悪く言わないで!!!
アナタたちは、彼のこと何も知らないでしょ!
どんなに頑張ってるか!
どんなに優しいか!
どんなにこの世界を思っているか!
何も知らない人が、彼を語らないでっ!!!
――なーんてこと言えるはずもなく、声援は無情にも続いてく。
悔し涙を、アタシはグッと飲み込んだ。
「勇者……次で終わりにしましょうか」
今のアタシにできること。
それは、この戦いを今すぐに終わらせること!
悲しみの勇者たんを早く楽にしてあげるっ!
「〈魔王九恋撃・涙〉!!!」
左手を前に突き出して、引いた右手に力を込める。
高まる魔力が拳に集まり、凝縮されて蒼い輝きを放ち出した。
シロガネ先輩が興奮したように叫ぶ。
「繰り出す拳は慈しみの心! 優しく包む女神の抱擁! 頬を伝う一筋の涙は、冥府に流れる嘆きの川!!! ああ、アイラちゃん! アイラちゃん~!」
先輩、チューニ病な実況、ありがとっ!
いくよ、勇者たん!!
「はあああああっっ!!!」
アタシは輝く拳を繰り出した。
蒼い巨大な魔力弾が勇者に向かって放たれる。
周りの空気を歪めて迫る魔弾。
圧倒的な絶望を前に、彼は剣を腰の鞘に戻して瞳を閉じた。
今回の戦いはこれで終わり!
次はもう少し落ち着いて戦おうね、勇者たん。
できれば二人きりでとか~、なんちゃってなんちゃってー!!!
そのとき、勇者の声が静かに響いた。
「……諦めない!」
歩幅を広げて腰を落とす。
その手が柄にかけられた。
「勇者は、絶対に諦めたりしない!!!」
見開く目。
絶望を振り払うような気合の声。
鞘から抜き放った剣を一気に斬り上げる。
居合一閃!
次の瞬間、魔弾は真っ二つに切り裂かれ、弾き飛ばされて天井に激突した!!
えーっ、すごいすごいすごいー!!!
勇者たんめっちゃ凄いーーーー!!!
いつの間にそんな強くなっちゃったの!?!?!?
驚きを隠せないアタシに剣先がピッと向けられた。
「僕は、お前を倒すためにどこまでも強くなる!」
えーーーー!!!!!
アタシのために強くなってくれたのーーーーー!?!?!?
予想外のその言葉。
胸の中にトキューーーーン♡♡♡という音が響き渡る。
お前のために強くなるとか~、もーそれって愛の告白じゃーん!!
先輩や子供たちもいるのに、もー勇者たんってば大胆なんだからー!
もーもーもー!!!
って、アタシは牛か!
あはははは、はっずー!!!!!
仮面越しでもわかる、熱くなる頬。
にへ~と緩む顔に、アタシは体をくねらせる。
今ここにバルギウスはいない。
だから、この幸せにツッコミを入れる人はいな――――。
「――うべっ!?」
次の瞬間、体を襲う激しい衝撃!
それと共に響く轟音。
アタシは大きな何かに押しつぶされる。
「な、なに!?」
それは崩れ落ちた天井だった。
魔王九恋撃・涙が直撃した天井は崩落して、アタシはそれに押し潰されたみたい。
哀れアタシは瓦礫の山の中。
でもね、ふふーん♪
この程度なら全然大丈夫!
確かに衝撃は凄かったし、びっくりもしたけれど!
アタシは魔王、とーっても頑丈なのだ。
バルギウスの毒舌の方がダメージ大きいくらい。
それより、魔王城の防護の力を上回るアタシの必殺技を斬り飛ばした勇者たんってほんと凄い!
いっぱい頑張ってきたんだろうなぁ~。
「んしょ……んしょ……ぷはっ!」
瓦礫を押し上げて、その隙間から顔を出す。
「アイラちゃん!」
「まおーしゃま!!」
先輩と子供たちが嬉しそうな声をあげた。
「みんな、無事!?」
「ええ、私たちは大丈夫~」
「良かった……って、先輩、後ろーーーっ!!!!!」
ホッと息を吐いたアタシの目に、ゆっくりと倒れてくる壁が映った。
それは先輩と子供たちを押しつぶすには十分すぎるくらいの大きさ!
「たぁっ!」
アタシは乗っかってる瓦礫を吹き飛ばすと、足に力を込めて跳ぶ。
戦闘系じゃない先輩、そして子供たちがあの壁に潰されたら致命傷にだって成り得るって!
慌てて逃げる4人。
ああっ、でもダメ!
みんな逃げきれない!
先輩は子供たちの上に覆い被さった。
懸命に伸ばしたアタシの手の先で、壁は無情にも先輩たちを押しつぶした。
――だけど!
そのとき、壁がゆっくりと持ち上がる。
「……大丈夫か?」
優しい声色。
そう、それは勇者だった。
素早く潜り込んだ勇者が、背中で壁を支えてくれていたの!
「ど……どうして!?」
先輩が驚きの目で彼を見つめる。
「私たちは魔物、あなたたち人間の敵でしょ!?」
「誰かの命を助けることに人も魔物も関係ない! それに……」
勇者は視線を巡らせた。
そこには、先輩に抱かれた子供たちの姿がある。
「子供たちは未来への希望だから。例え今は敵同士だったとしても、この子たちの代はわからない。人と魔物が手を取り合う時代……僕は、そんな夢を彼らに託したい!!」
そう言って微笑む勇者。
細めた瞳には、きっと先の世界が見えている。
先輩は口を押さえた。
その姿には戸惑いの色が浮かんでいた。
「勇者、あなたは……」
「早く逃げて! 長くはもたない!!」
勇者に促され、先輩は子供たちの手を取って壁の下から抜け出してくる。
その顔はまだ信じられないといった様子。
まるで恋する乙女みたいに頬を染め、潤んだ瞳で勇者を見つめてる。
ふふっ、驚くのも無理ないよね。
アタシは足を止めると、傍らの柱にそっと手を置いた。
でもね、これが勇者なの。
誰にだって等しく手を伸ばして、その未来を信じることができる人。
これが、私が愛した勇者たん!!
「全員外に出たわ~!」
「わかった! 次は僕が脱出しないと……」
先輩の言葉にうなずいた勇者は、壁に向き直ると腕に力を入れた。
のしかかる壁を押し返しながら、外に向かって少しずつ移動する。
――まぁ、誰にでもってゆーのは少し妬けちゃうけどー?
でも、アタシのそんな気持ちを知った彼はきっと……。
「バカだなぁ、そんなことでヤキモチを焼いてたのか」
「だって……」
「何も心配しなくていい。僕の中での特別はアイラ、君だけだよ」
なーんて言いながらチューされちゃったりなんかしちゃったりしてー!!
きゃー、やばーいやばーいやばいってー!!
ちょー照れるんですけどー!!
仮面かぶってて良かったー!
アタシ今、絶対顔赤くなってるもん!
もー、恥ずかしーっ!
べしん!
と、思わず照れ隠しに隣の柱を叩いた。
「あっ?」
「あっ!」
「あっ!?」
ぐらり……。
と大きく揺れた柱はゆっくりと倒れて……。
「あーーーーーーっ!?!?!?」
みんなが見守る中、柱は無慈悲にも勇者を押しつぶすのだった。
「おのれ魔王ーーーーっっっ!!!」
響き渡る断末魔の叫び。
「フッ……戦いとは非情なものなのよ」
灰になり霧散してゆく勇者に、アタシはそう言うしかなかった。
心の中で流れる涙を押し殺して……。
~その後のアイラ&シロガネ&園児たち~
「まおーしゃま、すごいんだよー!」
「あたしたちを、たすけてくれたゆーしゃを、なんのためらいもなくやっつけたの!」
「なんだーあのクールさ! オレもマネするぜー!」
「アイラちゃん、また一つ伝説を作ったわね」
「あは……あははは……あはははは……」
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「アイラ可愛い!」
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