第1話『魔王ちゃんと勇者くん』
「魔王っ!! お前をこの世界から追放する!」
凛とした声が響く。
ここは、夜の闇より深い暗雲が垂れ込める場所。
時折光る稲妻に浮き上がるのは、世界を支配する魔王の居城だ。
その王座の間では、2人の者が睨み合っていた。
剣を構えた紺色の髪の少年と、仮面をつけた赤髪の少女。
勇者と魔王であった。
「僕は、人間界を取り戻してみせる!」
「ふぅん……。なら、アタシと手を組んでみない? この世界を支配する力を、アナタにあげるわ」
「そんな条件、のめるものか! 魔王は倒すべき相手だ!」
魔王の誘惑を、真っ向から拒絶する少年。
年の頃は16歳。
その瞳には、決して曲がることのない強い意志が感じられる。
「フッ……面白い。でも、アナタにそれができるのかしら?」
対する仮面の魔王は、くつくつと喉の奥を鳴らして笑った。
その度に、二つ結びにした血のような赤い髪が大きく揺れる。
二つ結びの根元から天に向かって伸びているのは、大きな二本角だ。
それは、彼女が人ならざる者であることを知らしめていた。
少年は長剣を肩口で構えた。
息を吐き、その柄を強く握り締める。
「僕は……やらなきゃいけない!」
「そう……なら、やってみるがいいわ!」
睨み合う二人。
呼吸すら憚られるような空気が辺りを支配する。
——次の瞬間、二人が床を蹴った。
眩い閃光、剣と拳が交差する。
耳をつんざく轟音が辺りに響き渡った。
すれ違った二人は、仁王立ちのまま微動だにしない。
その姿は、まるで余韻を噛み締めているかのようだ。
だが、それら全てが過去のものとなったとき。
崩れるように片膝をついたのは――。
「……僕の……負けだ……!」
――勇者の少年だった。
その体は、末端から少しずつ灰と化している。
彼は最期の力で立ち上がると、ゆっくりと魔王に向き直った。
「忘れるなよ、魔王……この世に悪の心がある限り、正義は何度でも蘇る!」
そう言葉を残し、勇者は霧散して消えていった。
戦いの決着、勇者の死。
そして訪れる静寂のとき。
今、ここに聞こえてくるのは吹き荒れる雷雨の音のみだ。
「……」
しばらくの間、その場に立ち尽くしていた魔王だったが……。
やがて、仮面の下から短いため息が漏れた。
「……衛生兵はいる?」
「ここにおります、魔王アイラ様……」
魔王——アイラは振り返ると、口を開いた。
「被害状況を教えて」
「はい。数体の下位魔神が負傷しましたが、全員が蘇生室にて治療中です。1週間ほどで復帰できるかと……」
「そう……わかった。もう下がっていいわ」
「御意に……」
* * *
衛生兵が部屋から出ていくのを見届け、魔王であるアタシは玉座に腰を下ろした。
「勇者ユウめ……」
仮面を外して宙を睨む。
再び漏れるため息。
「え……」
それとともに、抑えていた感情が声となって溢れ出た。
「えへへへへへへー♡」
ちょ、もー勇者ってばっ!!
なんでそんなにカッコいいのっ!?
『魔王っ!! お前をこの世界から追放する!』
とか言っちゃってー!
それって、女の子なら誰でも一度は言われてみたい言葉じゃん?
憧れのセリフ、ナンバーワンだって!
仮面の下の顔は緩みっぱなしだし。
嬉しい気持ち抑えようとしたら、『くつくつくつ』なんて変な笑い方になっちゃうし……。
もうっ、我慢するのってめっちゃ大変なんだから!
昂る感情のままに、激しく頭を振るアタシ。
その動きにあわせて、自慢のロングツインテールの髪が大きく揺れる。
普通の人間は死んだらおしまいだけど、勇者は初代魔王であるおじい様の呪いで何度でも蘇っちゃう。
それってもう、魔族寄りじゃんねー!
そしてそしてそしてーっ!
復活すると必ずアタシに逢いに来てくれる!
今日みたいな嵐の日だって関係なしっ!
もー、キャ~♡
これって、やっぱ愛されてる証拠じゃーん!
あはは、やばーい、顔熱〜っ!
もー、まいったなぁ。
アタシたちってば、実は恋人同士なんじゃ――。
『――違います』
不意に心に響く声。
幸せ妄想を壊されてムッとして振り向くと、柱の陰から一人の男が現れた。
スラっとした体型によく似合う執事服。
氷色の髪を片手で軽くかき上げるその仕草。
切れ長の目には細いフレームの眼鏡が光ってる。
イケメンの部類に入るだろうこのインテリメガネは、魔神将のバルギウス。
アタシの補佐官にして、秘密を知る唯一の者。
「ちょっとー、バルギウス! 人の心を読んで、更にテレパシーでツッコミ入れてくるなんていい根性してるじゃない!」
「精神感応が私の能力ゆえ」
眼鏡をクイッと持ち上げるバルギウス。
その表情は相変わらずクールなまま。
「アタシは皆に下がれと伝えたはずだけど?」
「私はアイラ様の補佐官。お側を離れるわけにはいきません」
すました顔でそう答える彼に、だんだんと怒りが込み上げてきた。
「下がれっていってるのっ! 魔王である、アタシの命令がきけないの!?」
「……わかりました」
ふぅ、まったく……。
アタシだって、一人で考えたいときもあるしぃ。
例えば今日の勇者との思い出とか~、勇者とのこれからの生活とか~……えへっ。
想いを馳せるアタシをよそに、バルギウスはうやうやしく一礼。
そして、踵を返して……。
「独り言ですがー! アイラ様は勇者に恋を――」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ったー!! いていい! ここにいていいからっ!」
「おや? よろしいのですか?」
「アナタの独り言は危険すぎるって……。ったくー、アタシにだって立場ってものがあるんだから! ちょっとは考えてよねっ!」
「立場をわきまえず、宿敵に恋するお方に言われたくない言葉ですね」
「うぐっ!」
そのとき、一体の魔物が部屋に飛び込んできた。
主である魔王が、こんなあたふたしているところを見せるわけにはいかない。
アタシは手櫛で髪を整えると、平静を装って声を出す。
「こほん……何事かしら?」
「ハッ! 魔王様、報告いたします! 復活した勇者がこちらに向かっております! あと数時間でこの魔王城に到着するかと!」
「な……どういうこと!? 勇者の復活は故郷の村でしょ? この城にはどんなに頑張っても5日はかかるわ!」
「そ、それが、たまたま近くを飛行していたドラゴンにしがみついたとのことで……」
「アイラ様、確認してみましょう」
バルギウスはそう言うと水晶球を取り出した。
遠見の水晶球――それは使用者の望む場所を映してくれる魔道具だ。
「水晶球よ、勇者を映せ!」
バルギウスの言葉に応じるように、水晶球は光を放ち――。
そして、勇者の姿を映し出す。
彼は、空を飛ぶドラゴンの足に必死にしがみついている。
「なるほど……。報告ありがとう。すぐに持ち場に戻ってちょうだい」
伝令の魔物はペコっと頭を下げると、急ぎ足で部屋から出てゆく。
両開きの扉が締まるのを見届けたら……。
もう顔が「にへ~」と緩んでいくことを止められないっ!
ちょ、もー、なになになにー?
いつもなら一週間後とかでしょー?
そんなに早く、アタシに逢いたくなっちゃったの!?
勇者ったら、甘えん坊なんだからぁ♡
水晶球に映る勇者の顔は真剣で、額に汗がキラキラ光ってる。
しがみつく腕にはくっきりと筋が浮き出ていて、アタシの胸はトキメキが止まらない。
きゃー、待って待って待って!
よき~!
よきよ、よき!
勇者たん、ちょーカッコいいんですけど!!!
もー好き、勇者たん好き!
しゅきしゅきしゅき~~~~~~♡♡♡
「アイラ様……」
「そうねバルギウス、迎え撃つわよ! 一番いい剣とドレスを用意してちょうだい! あ、焼きたてのクッキーも忘れないでね!」
アタシは、絶対アナタと結ばれてみせるんだから!
首を洗って待ってなさい!
決意と共に握りしめた両の拳は、アタシの想いに応えるように熱を持っていた。
~その後のアイラ&バルギウス~
「……あ。アイラ様、勇者がドラゴンから落ちました」
「なっ!?」
「どうやら握力が限界だったようです。再会はまた今度ですね」
「くぅぅ~!!」
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