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どういうおつもりですの

 知らせに、一番に反応したのはショークであった。


「トレッド=スウィビスが来た、だと?」


 低い声でつぶやいた彼は、ゆらりと揺れるように体を扉へと向ける。


「それはそれは! 丁重にお出迎えせねば、なあ?」


 言っていることと表情が噛み合っていない。

 言葉だけをとらえれば来訪を歓迎しているかのようだが、その表情には明らかな殺意が浮かんでいた。


「あらあら、落ち着きましょうね。あなた。はいはい、息を吸ってー吐いてーひっひっふー」


 凶悪な笑顔を浮かべるショークを止めたのは、コロネだ。

 自分よりもだいぶ大柄な夫を止めるため抱きついた彼女は、あえてなのかうっかりなのか。産婆が教える出産時の呼吸法を説いている。


「母さん、父さんを捕まえておいて。僕が迎えに出るよ。これでもトレッドは友人だからね」


 呆れ気味のティンが立ち上がった。

 父が母を振り払うことができないと知っているティンは、格別急ぐ様子も見せず、妹たちに声をかける。


「エメローナは自室に戻っていた方がいいね

。父さんが荒れるかもしれないから、当事者でない君は逃げていなさい」


 言われたエメローナは、ちょっぴりさみしそうにローレンシアを見た。

 仲間外れなの?

 そう言いたげな視線を受けて、ローレンシアはエメローナの頭に手を伸ばしてやわらかな髪をすく。


「今回は不足の事態だもの。お話が良いものだとは限りませんのよ。もしもうれしいお知らせなら、きっとすぐにあなたに伝えに行きますわ」


 ローレンシアが約束をするけれど、エメローナの表情は晴れない。


(仕方のない子ですこと)


 やれやれ、と微笑んだローレンシアはエメローナの手を取った。


「今度、お出かけいたしましょう。あなたに似合う服を使ってくれそうな衣装屋に、いくつか心当たりがありますの。そのなかにあなたが気になるお店があったなら、揃いの策を仕立てましょう」

「姉さまとお揃い?」

「ええ。わたくしとエミィのお揃いですことよ」


 両手を義姉に預けたエメローナは、どんな服を想像したのだろうか。

 ぽわわわわわ、と頬に赤みが差して笑みとろける様は、見ていてほほえましい。


「姉さま、約束ですよ」

「ええ。ブレイドの名に誓って」


 胸に手を当て、誓うローレンシア。

 けれどエメローナはそんな義姉に「ううん」と首を振った。

 にこりと笑って右手の小指を立てる。


「そうじゃなくて。姉さま、小指を貸して」

「小指を?」


 言われるまま、ローレンシアが真似て立てた小指にエメローナの小指が絡まった。


「これは何かしら?」

「ゆびきり、っていう約束のあいさつなんだって。教会で、ほかの子がこっそり教えてくれたの」

「そうなの」


 エメローナの笑顔に、ローレンシアはすこしだけほっとした。

 義妹の教会での暮らしが辛く寂しいばかりのものではなかったのだと思えたからだ。

 

「では、ゆびきりいたしましょう。わたくしとエメローナの約束ですわ」

「はい、姉さま!」


 ようやく納得したらしいエメローナは、室内に廊下に控えていた使用人に連れられて自室へと戻っていく。

 入れ替わるようにして、案内されてきたのはトレッドだ。


「トレッド=スウィビス様をご案内いたしました」

「…………」


 使用人が告げても、ショークはだんまりを決め込むばかり。そっぽを向いてあからさまに面白くない、と態度で示している。

 呆れたコロネがティンに目配せして、ティンは肩をすくめて声を上げた。


「どうぞ、入って」

「失礼する」


 はきはきとした声と同時、開かれた扉の向こうにトレッドの姿。


(本日はお仕事がお休みだと伺っていましたけれど……)


 ローレンシアと別れた後に着替えたのだろう。彼は騎士服を着込んでいた。

 入り口をくぐり、案内されるまま入室したところで足を止める。


 きちりと背筋を伸ばし、姿勢を正した彼がローレンシアに視線を向けたのは一瞬。

 わずかに笑みをのぞかせた彼にローレンシアがどきりとしたときには、トレッドは表情を改めていた。


 整った顔をきりりと引き締め、彼が見つめたのはショーク=ブレイド。

 ブレイド家の家長だ。


「お初にお目にかかります、トレッド=スウィビスと申します。この度は本日お届けしました書状について、話があり参りました」


 告げられて、ショークの不機嫌顔はみるみるうちにほころんだ。


「ああ! あの書状は手違いだったというのだろう? そうだろう、そうだろう、あまりに急な話しであるから何かの間違いだと思っていたのだ」

「いえ、内容は間違いありません」

「む、では君個人の暴走で家としての総意ではないということは……」

「ありません。スウィビス家としても、意見をまとめた上での書状です」


 きっぱり否定したトレッドは、ショークの再びのしかめつらなど見えていないかのよう。

 姿勢正しく直立したまま続ける。


「ただ、内容に不足があったため補足をせねばと考え、参った次第」

「不足? 君がロールに婚約の申し込みをする、という内容だったけれど。補足ということは、何か条件付きの婚約ということかな?」

「条件ではない。ロール嬢。いや、ローレンシア嬢に婚約を申し込むにあたって、俺が伝えておかねばと思っていることがあるんだ」


 家と家との話かしら、と口をつぐんで控えていたローレンシアは、自分の名前を出されて顔をあげた。

 ぶつかったのは、トレッドの視線。


(なんて真っ直ぐに見つめてくるのかしら。顔が、熱くなってしまいそう……)


「ロール嬢」


 トレッドがローレンシアに一歩近づく。

 彼の歩幅は広くて、ふたりの距離はぐんと縮まった。


「君、」

「あなた」


 思わず身を乗り出したショークを諌めたのは、コロネ。

 ゆるゆると首を横に振った彼女が「すこし、見守りましょう」と言うので、ショークはしぶしぶその場にとどまる。


 その間にも、ローレンシアとトレッドは向かい合う形で立う。

 ローレンシアを見下ろし、トレッドが口を開いた。


「ロール嬢。俺はあなたといると気持ちがおだやかになる。共に生涯を過ごすならば、あなたのような人が良いと思った」

「まあ!」


 まったく飾らないトレッドの言葉は、そのぶん真っ直ぐにローレンシアへと届く。

 驚きと喜びで目を見開いたローレンシアだが、トレッドの話には続きがあった。


「だが、俺にはあなたの他にも気になっている女性がいる」

「ああん?」

「はあ?」

「なん、だと……!?」


 反応が速かった順にコロネ、ティンそしてショークである。

 ローレンシアは予想外すぎる発言に驚き、固まり、止まっていた。


 その間にも、我慢ならないとばかりにコロネがトレッドに詰め寄る。


「うちのかわいいかわいいローレンシアちゃんの他にも気になる女がいるぅ? それでどうしてあなたは我が家に婚約の申し入れなんてなさるのかしら?」


 正気を疑う、と言わんばかりのコロネ。

 下からねめつけるようにしている母と友であるトレッドとの間に入って、ティンは「うーん?」と首をひねる。


「君との付き合いはそこそこ長いから、たぶん違うとは思いつつ聞くんだけど。ロールと婚約しつつもうひとりとも婚約をするの? どちらかが本妻でもう一方は愛人みたいな?」

「それは無い。というか、最低だろう。それは」


 眉を寄せたトレッドは、どう言えばいいか、と考える。

 そこへ助け舟を出したのはティンだ。


「気になっている相手というのは、僕らも知っている人なのかな」

「名を聞けばピンとくると思う」


 自信ありげなトレッドは続ける。


「俺が気になって仕方ないのは、怪盗令嬢クロウなんだ!」

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