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幽霊の木

作者: 雉白書屋

 ある男。転勤を機に思い切って一軒家を借りた。

 一人だしアパートの方が暮らしやすかっただろうが、会社から手当てがつくので余裕もある上、元々、団地育ちの彼は一軒家というものに憧れがあったのだ。

 二階建て庭付き。ただし、小さい狭いボロい。そしてその庭だが何もない、殺風景そのもの。

 引っ越したその日の夕方。満足げに笑みを浮かべ、むふん、と鼻を膨らませていた彼だったが、庭に何もないのもあれだなと思い、夕食を買うついでに近くのホームセンターに植木鉢か何か買いに行くことにした。

 レンガを買って花壇を作るのもいいかもしれない。大きいものいいな。野菜もありだ。節約になる。必要なら自転車を買い、載せて帰ればいい。配送は面倒だ。

 と、道中はあれこれ想像を膨らませていた彼だったが店に到着し、自転車の値段を見ると思ったよりも高くて気分が萎えた。

 そもそも自転車なんて買ってどうする。便利ではあるが一年後、あるいは二、三年後にはまた本社に戻るのだ。

 庭だって雑草で十分だ。中には花をつけるやつがあるだろう。

 彼はそう思いつつも、せっかくここまで来たんだし何か買っては帰りたいとブラついていると、店の外の植物のコーナーの端も端に

ポツンとあった植木に目がいった。

 そこそこの大きさだが持って帰れなくはない。値段も安い。

 彼はちょうどいいと思い買って帰り、さっそく庭に植えた。

 木は土と合ったのか、ぐんぐん伸びていった。


 ある夜、二階の寝室にて何の気なしに窓の外を眺めていた彼は奇妙なことに気づいた。

 彼が見下ろす先、その木の近くに誰かがいるではないか。

 誰だ……女か? 人の家の庭で何をしている。

 ……揺れている? それに、浮いて……馬鹿な。でも、そうだとすればあれは……。

 彼の背筋が凍った。呼吸も止まった。きっと向こうもそうだ。

 

 あれは死体だ。


 彼は窓から顔を離し、繰り返し大きく息を吐いた。

 意図してなかったがそれが深呼吸になり、僅かながらに落ち着きを取り戻すことができた。

 また窓に近づき、見下ろす。

 

 ……あれは死体ではない。そうとも、わざわざ人の家の庭の木で首を吊るやつがあるか。


 あれは……幽霊だ。


 彼は冷静さを取り戻したはずが、また混乱した。

 幽霊だと? 馬鹿な。あり得ない。

 そうは思うものの彼はカーテンをぴしゃりと閉め、掛け布団に包まり、窓に背を向け目を閉じた。

 もう一度確認する気にはなれなかった。見れば目が合う。そう思ったのだ。風の音に混じり、縄がしなる音がしているような気がした。


 翌朝、寝不足からか不機嫌な顔。頼りない足取りで彼が木の近くに行くと幽霊はもとより女の死体もなく、ホッと一息。が、伸びた蔓が輪を作っており、それが首吊り縄に見えなくもなかった。

 

 不気味だな……。

 と、顔をしかめた彼はふと思った。

 

 この木は、何の木だ?

 

 植物に詳しいわけではないが、こんな木はこれまで見たことがない。何という品種なのだろうか。ホームセンターの白いプレートに書かれた文字は掠れていて読めなかったが確か、カタカナだったような気がする。つまり、外国のものだろうか。いや、そうとも限らないか。葉っぱを見てもこれといった特徴はなさそうだ。蔓を手がかりに調べればいいだろうか。

 と、彼は木を触っていたが恐らく病気だろう葉っぱの一枚一枚に白い点やら汚れのようなものがあり、気持ちが萎えた。

 どうせただの見間違いなんだ。気にするだけ損だ。

 ズボンで手を拭きながらそう考えた。

 

 だが、また夜になり、窓から木を見下ろすとあの幽霊がいた。


 ……幽霊が取り憑いた木ときたか。俺はなんて物を買ってしまったのだ。

 彼は自責の念に胸を掻きつつ布団に包まり、どうしたものかと考えた。


 どうするって? そんなことは決まっている。鋸で切り倒してしまえばいいのだ。

 ……いいや、祟りがあるかもしれない。どうせあの木は病気だ。そのうち枯れるさ。触らぬ神になんとやらだ。そうとも、本社に戻ればこの地ともおさらば。木は置いていこう。知らん顔知らん顔。……本当に戻れると思っているのか?


 あれやこれやと考え、色々な不安に怯え結局、彼ができたことと言えばカーテンが開かないよう、洗濯ばさみで留めたことくらいなもので夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ、また春、夏、秋、冬と、木はそのまま庭に在り続けた。


 結局、彼は仕事を辞め、町を出たからその後、木がどうなったかは知らない。

 辞めた理由は体を壊したから。あの木が理由じゃない。水が合わなかったというやつだ。


 ただ、あの木は言わばだまし絵のようなものだったのではないかと今は別の町で暮らす彼は思った。


 月明かりにボウッと反射するあの葉の白い汚れ。あれは病気ではなく模様であり、それが人の形を作っていたのだ。

 昼間や近くから見れば気づかず、夜、上から見下ろす、あるいは遠くから見ることで錯覚を起こす。その結果、人は祟りだ呪いだを恐れ、木を気遣う。それがあの木の生存戦略。幽霊の正体見たり枯れ尾花というやつだ。尤も、現代社会では子供だましもいいところ。効果は然程、期待できないだろう。

 まあ、実際のところどうだったのか俺は知らない。あの頃は薬を飲んでいたし、躁鬱病の気があった。単純に幻覚。転勤もそれが理由だと今は素直に認めることができる。

 

 ……だがあの頃、俺は本気であれが幽霊が取り憑いた木だと思っていたし祟りを恐れ、大事に世話をした。つけた実を、町の至る所に植えた。木がそう望んでいるような気がして。

 その後は知らない。好きになれなかった町だ。名前ももう忘れた。

 最近、どこかの町の雑木林で首吊り死体がいくつか見つかったそうだが関係ない。

 

 ……そう、関係ない。今、そこの林の奥にいる女もあの木とは関係ない。

 だが……俺と違い、あの木は環境に上手く適応したのだと思う。

 ほのかな香りと楽しげに揺れ動くその姿に、こんなにも心惹かれるのだから……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 得体の知れない化物を扱うホラーはよくありますが、植物は珍しいですね。しかも植物が生存戦略として幽霊のような幻覚を見せるという設定は面白いと思います。とはいえ、はっきりとした真相は作中で分か…
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