♯7 マジカリストの襲来
「――ということがあったのよぉ!」
タモちゃんが肌着の袖に腕を通しながら、あの場所に至った経緯をしかめっ面で言う。
鈴鹿はワンピースを手渡しながら。
「はあ! あの瑠璃色の人は創造主だったんですね!」
得心がいきましたと、深く頷いた。
「妖怪が救世主たあ、世も末だろ」
それをジュテームが広い背中で皮肉を言う。
さて、壁一面にある棚に置かれたお酒の数々や、ムーディーなオレンジ色の照明が柔らかに照らし出すカウンター席があるここは。
一見、どこかのカクテルバーにも思えるが。
実はイートインのある、大人女子に大人気のケーキ屋さんだ。
「よく似た服があってよかったですね。これは妖術や魔法じゃない本物なので、安心して着るといいですよ」
鈴鹿に手伝ってもらって、タモちゃんはチェックのワンピの上から真っ赤なライダースジャケットを羽織ってみせた。
深紅のブーツの踵で器用にくるりと回り、サングラスを小粋にかける。
「どう? あたしの大人かわいいガーリーコーデは?」
それを見たジュテームは嗚咽して。
「毛ほども色気を感じねえわ。十二単でも着てろよ、ガキが!」
「なんだと、貴様ぁ!」
「まあまあ、ジュテームさんは照れているんです。ボクはすごーく似合ってると思いますよ! これならどんな異性もタモちゃんにぞっこんですぅ」
鈴鹿がうっとりした赤ら顔をしているものだから、タモちゃんは。
「さすがあたし。こんなちっこい体でも、色気があふれ出ちゃってしょうがないわね!」
鼻高々でジュテームにVサインをしてみせる。
「けっ、きしょっ」
ジュテームは顔を背けるが。
「タモちゃん、素敵ですよ!」
「もっと褒めるといいぞ!」
鈴鹿はタモちゃんにメロメロだ。
「ジュテームさん、タモちゃんにケーキ屋のマスコットになってもらいましょうよ!」
「やなこった。店の品位が下がっちまうわ」
「なんだジュテーム、いつからツンデレ中年になったのよ。素直になれ」
「だれがツンデレ・ミドルだっ!」
タモちゃんが窓の外を流し見て。
「それはそうと、こちらの世界は現代の地球とあまりかわらないのね。箒に乗った魔法使いも飛んでいないし」
ケーキ屋は繁華街にあるようで。
外壁はパステルカラーであったり、レンガ造りであったり、モダンだが。
欧州の観光地で見かけるような、各階に観音開きの窓がついた、歴史的価値のありそうなお店が道路脇にいくつも建っている。
歩行者の服装も今時なファッションと似ているし、車もタイヤで地べたを走っているようだ。
「ボクたちがいた地球では科学が進歩しましたが、こちらでは魔法のテクノロジーが発達したみたいです。見た目はまったく同じでも、中身は魔法技術でできているんですよ!」
鈴鹿がそう言って、見知ったようなタイプのスマホでタモちゃんを激写する。
「創造主さんは物質と反物質がどうとか言ってました。興味深いことには、ボクたちがいた地球はアミノ酸が左手型なのに対して、こちらでは右手型なんですよ!」
目をキラキラさせながら、タモちゃんに共感を求めるが。
「あー……、鈴鹿ってそういうタイプの話が好きなのね……?」
タモちゃんは少々ハテナの困惑顔だ。
「はぁい! おもしろいでしょ!」
「わ、わあ……、おもしろいな! けど、その話はあとでじっくり聞くとして。それはともあれ! エディモウィッチってイケメンなの? ねえ?」
今度はタモちゃんが目をぴかぴか光らせる。
「いえ、ウィッチって言うからには女性では? 見たことないのでわかりませんが……」
「ちぇ、女かぁ。男ならあたしの魅了で下僕にしてやれるのにー」
一気にやる気をなくしたような、腕をだらんと下げたタモちゃんに、ジュテームが少し頭にきたようで。
「バカかおまえは。そんな容易に退治ができたら苦労しねえわ。色気づきやがって。このメスガキが!」
「メスガキって言うなっ!」
今にも喧嘩しそうな雰囲気に、鈴鹿がまあまあと取り持って。
「もしかしたらウィッチの意味って魔女ではなくて、そういう名前なのかもしれないです! ええ! イケメンな気がしてきました!」
「ホントか! 鈴鹿!」
「だから頑張りましょ! タモちゃん!」
「おお! 乙女の友よ!」
鈴鹿とタモちゃんががっちりと手をつかみ合うと。
「くっだらねぇ」
ジュテームが気だるそうに喧嘩腰を緩ませる。
「エディモウィッチに早く会いたいぞ。立ち向かうのはあたしたち3人だけなの? 反乱軍とか、レジスタンスは?」
「正にケーキ屋が抵抗軍の拠点のひとつさ」
「ほほう!」
と、タモちゃんがジュテームに目を移す。
「この国は内陸の奥地にあって、さほど戦火に巻き込まれていないからまだ安全だ。エディモウィッチに反発している国々にマジカリストが出しゃばってきやがったら、鈴鹿の神通力で瞬間移動しちゃあ、撃退してるってところだ」
「やっつけるまでには至ってないのね」
「しぶとくてな」
鈴鹿のスマホが鳴って、何かを受信したようで。
「話をすればなんとやら。おふたりさん、行きますよ! ギルーテビラツン王国のレンデンにマジカリストが出たようです!」
「なにっ! 鈴鹿、それはエディモウィッチか?」
「たぶん違うだろうなあ」
ジュテームがタモちゃんに首を振る。
「マジカリストと呼ばれるカリスマ魔法使いは複数いてよ。今回も切り込み隊長みたいなもんだろう」
「早速現地に飛びましょう! ふたりとも、ボクのそばに来て下さい!」
タモちゃんとジュテームは鈴鹿に抱擁されて、空間にできた渦のような空洞に吸い込まれたかと思えば。
次の瞬間。
煙が絶えず立ちこめる焼け野原に移動した。
くすぶる大地に黒い雪が降っているのかと錯覚するほどの、舞い上がった草木の灰が、煙たい風に吹かれては、タモちゃんのまつげにまとわりついた。
「ひっでえな。麦畑がみんな丸焼けじゃねえか」
ジュテームが焦げた異臭に目鼻を押さえて顔をしかめる。
「ここはボクたちのいた地球で例えるなら、グレートブリテン王国のロンドン郊外をファンタジックにした感じで素敵な場所なんですけれど……、今は見る影もありませんね……。村の中心部へ行ってみましょう」
鈴鹿が示した方角には家並みが幾つかあって、戦火を逃れた建物が点々と残っているようだ。
村のメインストリートと思われる大通りには、まるで火の嵐が通り過ぎたかのように、焼け崩れた家々の残骸が散らばっている。
かつてあった自宅を呆然と見下ろしている人や、明日からの生活に途方に暮れて泣き崩れる人。
生き残った人々の、よそ者のタモちゃんたちを見る目はみな、凍てつくように冷たくて、覇気が失われていた。
避難所になっているという小学校を訪れてみると。
応戦して負傷したと思われる村人たちが、体育館に数多く横たわっていて治療を受けていた。
カトリックの僧や裁判官が着衣していそうな、上下がひと続きのガウンを着ている彼らの姿は、俗に言うローブを羽織った魔法使いの風姿に類似している。
幼子たちがタモちゃんに駆け寄ってきて。
「お姉ちゃんたちレジスタンスでしょ? パパの仇を討って! お願いだよっ!」
泣きじゃくる幼子たちに、年老いた魔法使いが寄り添った。
「この子たちはマジカリストの襲撃で、心に大きな傷を負ってしまったのです……」
タモちゃんの白髪が、少し赤みを帯びた色になる。
「マジカリストは今どこに?」
「ここから南にあるピラミレージの丘で待ち構えています。救世主を呼べと言っているのですが、何のことかわかりますか?」
鈴鹿とジュテームが顔を見合わせた。
「どうして救世主のことを知っているのでしょう? タモちゃんがこの世界に来たのは、つい先ほどのことですよ」
「俺は救世主なんて認めちゃいねえが、マジカリストをぶちのめして聞き出す価値はあるかもな」
タモちゃんは幼子たちの目の高さに屈んで。
「泣かないで。お姉ちゃんたちが来たからもう大丈夫! 今から仇を取ってきてあげる!」
「ほんとに?」
「ほんと!」
幼子たちと約束の仕草を交わして。
タモちゃんたちは、マジカリストの待つピラミレージの丘へと急ぎ向かったのだった。