♯6 いい夢、見なよ!
調理室は壁の白を除けば、戸棚もコールドテーブルも、冷蔵庫やオーブンに至るまで、鏡のように磨き上げられたステンレスで統一されていた。
ホイップマシンなどの業務用機材も備わっているように思えたが、使い方を気にしてくれたのか、あるいは説明が面倒だったのか、ハンドミキサーなどの見慣れた道具たちが、ボウルなどと一緒に用意されてある。
踏み台が2個置いてあるのは、おそらく背の低いタモちゃんとエターニャのためだろう。
鈴鹿はタモちゃんやエターニャの髪を結い上げてから、自身の髪もアップスタイルにして気合いを入れると。
「口も八丁手も八丁、十八番の披露だ、万能招来!」
芸達者の神通力を軽くおまじないしたのちに。
手の平サイズのトンボ型ドローンを飛び立たせた。
ドローンがタモちゃんの前でホバーリングする。
「鈴鹿、これは?」
「魔法の自動撮影カメラです! クッキング動画の素材にしたいので、みなさん、なるべく笑顔で頑張りましょーっ!」
「おおーーっ」
皆がカメラに向かって、にっこにこの作り笑顔になる。
鈴鹿はジュテームのレシピにざっと目を通して、おおよそを把握したのちに。
デッドリィへレシピを手渡した。
「ふんふん、まずは下準備からですね。デッドリィちゃんはこの通りにシロップ作りを」
「オッケー」
「エターニャさんは、型にクッキングペーパーを敷いてください」
「わかった」
「タモちゃんはオーブンを170℃に余熱できますか?」
「だいじょぶ」
「半ちゃんはイチゴをスライスしてください」
「御意!」
「ボクは湯煎を用意します!」
家庭科の実習試験さながらのチームワークで、タスクを次々とこなしてゆくタモちゃんたち。
行程がスポンジ作りに移ったところで。
会話は半の肉体年齢の話になった。
「そういえば半って、歳いくつなの?」
タモちゃんがなにげに尋ねてみると。
「瑠璃色の神が、じゅうななさいって言ってました。生まれ変わったらいきなり17歳の乙女なんですから、ヤバいですよねっ」
半が照れた様子でかわいく腰を振っているものだから。
「創造主、あたしにはお色気担当ゆるさなかったくせに! いったいどんな手を使ったの!」
タモちゃんは目を尖らせた。
「だから、お色気担当じゃないんですっ!」
半が胸を弾ませるのを。
デッドリィと鈴鹿が、じとっと見つめて。
「ちょっと奥さん、あと1年で成人ですって! 結婚もできちゃいますわ!」
「すぐに妊娠、出産、公園デビュー、そしてママ友のドロドロとした人間関係に巻き込まれるわけですね!」
「やぁねえ!」
「やです!」
そのひそひそ話を聞いたエターニャが、半の腰に手をあてて。
「人妻はたいへんだな」
「人妻じゃぬぁああいっ」
気の毒そうに慰めた。
「それにしても半ちゃんって、スタイルの割には顔が幼いですよね」
「ホントに17歳?」
「年齢詐称は重罰だぞぉ?」
鈴鹿とデッドリィが疑惑の視線を突きつけて。
タモちゃんが追いはぎのポーズを見せつけるが。
「わあ、待ってくださいっ! 生まれ変わったときからこの体だったんです! 神が決めた設定なんですから、拙者は知りませんよ! そういうデッドリィさんや鈴鹿さんはいくつなんですかあ?」
逆に半に問い返されて。
デッドリィと鈴鹿は快活に背中合わせのポーズを取った。
「あたしたち、まだフィフティーンだし!」
「これからが成長期の真っ盛り!」
「可能性のあるあたしたちのほうが!」
「勝ちっ!」
ふたりして、したり顔でふんぞり返る。
「2年後には絶望を目の当たりにするよぉ、この子たちは……」
「そのときこの動画を見せたら面白いだろうな」
タモちゃんとエターニャがスマホの画面越しにふたりを見守るなか。
なにを言っても皮肉にされそうだと思った半は。
これ以上触れてはいけない話題と察したのか。
「ざ、雑談はこれくらいにして、早くケーキを完成させましょう! お昼の販売に間に合いませんよ!」
人一倍熱心に生地作りに励んだのであった。