♯1 忍び寄る喜劇(ひげき)
物語はちょっとだけおさらいから始まります。
科学の代わりに魔法技術が進化を遂げた、地球とそっくりなもうひとつの地球があった。
太陽を挟んで常に向こう側に隠れているその双子星では。
エディモウィッチという悪の魔法使いが、世界を相手に魔法戦争を吹っかけている――。
そんな戦時下の異世界へ、1000年前に封印されていた大妖怪、九尾の妖狐の玉藻前のタモちゃんが、救世主として送り込まれたのだが。
転生した彼女の器は身長100センチにも満たない幼すぎる肉体で。
妖術もろくに使えないなか、仲間と共に力を合わせて、マジカリストたちと死闘を繰り広げる日々を送っていた。
そんなこんなでタモちゃんが抵抗軍の仲間と寝食を共にしているのが。
とある国の、とある町にある。
お酒に合うスイーツを出す、カクテルバーのような様式の、大人のケーキ屋さんだった。
店舗の奥は居住スペースになっていて。
ミモザの朝露が日差しに輝くころ。
その子供部屋に忍び寄るのは。
パンケーキの匂いを振りまきながら、フリフリのエプロンを身につけたバーテンダー姿の好漢だ。
ノックもなしにドアを開け。
子狐たちのぬいぐるみのわきを通って。
天蓋付きベッドのレースを掻き上げる。
そこに眠っているのは、銀髪ロングの姫カットをしたちびっ子だ。
男の赤く潤んだ唇が。
「さあ、起きて。朝ですよ!」
と、タモちゃんの耳元でささやきかけた。
聞き知った声なのに、聞き慣れないトーンの声にタモちゃんが。
「あなた、だれーーっ?」
飛び起きた。
「嫌だなあ。僕ですよ。ジュテームですぅ!」
「はあ?」
ジュテームというのは平安時代の極悪妖怪で、鬼族の暴れ総大将・酒呑童子の生まれ変わり……のはず、なのだが。
そこにいるのは傍若無人とは正反対の、屈託ない笑顔でタモちゃんを見守っているジュテーム似の優男で。
「さあ、起、き、て!」
と、鈴虫のような声色でウインクをする。
「ひひ~~~~っ」
全身に虫酸が走って。
タモちゃんはベッドを飛び出した。
取り外していたキツネ耳のヘッドバンドを装着し。
廊下を猛ダッシュで走り抜け。
リビングの三人掛けソファーに座る鈴鹿に駆け寄り、しがみつく。