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主華

「あのー…」

「……」

「すみませんー…」

「………」


 エルの問いかけは10分ほど続いていた。

 さすがのエルも少し苛立ちを覚え始めてきたが、相手の機嫌を損ねるわけにはいかない。しかし、一向にその相手からの反応がない。その気配すらない。エルはある決断をした。


「あそこにある樹を少し観察させてもらいます。」


 そう言い切って、エルは目的へと足を運んだ。ダメなら止めに来るだろうと読んでいたが呼び止められはしなかった。エルはそれをOKサインとみなして仕事に取り掛かった。


 一方、返事もできなったイリスは、あきらめてもらえず未だに庭にいるエルをどうすればよいものか頭を悩ましていた。しかし、考えても考えても、相手との接点を持てないため、良案は浮かばず時間だけが過ぎて行った。そしてイリスが悩んでいる間に、その悩みの種は目的を果たし清々しいほどの礼を述べ帰って行った。「また、明日も来させてほしい。」と残して。



 そんな一事件は、イリスの姿を見ればコトリたちにとって一目瞭然であった。

 コトリ達は例の人間がイリスの姿を奇跡的にも見ていなかったために、呪いがかからなかったのではないかと考え、各々にイリスを励まし始めた。しかし、そうであっても、彼が再びこの箱庭に来る機会があるということは呪いがかかる機会もあるということで。励ましていたコトリも一人、また一人とかける言葉を失くしていった。

 

 それから、イリスは生活のほとんどを閉じきった屋内で過ごし、外へ出るときは侵入者がいないか神経を張り詰めさせて行動していた。そんなイリスの行動を知らない図々しい侵入者は、未知なる植物への関心が収まらず、昼の本業の後に必ず箱庭に来るようになった。

 その度、屋内にいるであろうイリスへきちんと挨拶をし、お礼の品を持参もしていた。しかし、エルの気持ちは空回りをし続け、返事もなく、エルの手土産も扉の前に積み上げられていった。

 しかし、これでもあきらめずに通い続ける図太さがエルにはあった。元々、植物学者のフェンの旅に同行しているのも、断られても諦めないこの図太さのおかげである。かといって、ここまで反応がないことにエルにも不安はあった。しかし、目の前のご馳走ともいえるあの大木から手を離すこともできない。そのため、イリスからの反応がないということを、『一応今は許可されている』と勝手に解釈することにしたのだった。




 エルが懲りずに箱庭に訪れてくるようになってから6日が立とうとしていた。

 イリスの『エル対策』を考えつづける毎日にも限界が見え始めてきた。ほぼ一週間、陽の光に当たることなくひっそりと暮らしてきたのだ。精神的だけでなく、身体的にもガタが出てくるようになってきた。しかし、初日のコトリ達の動揺から、イリスなりに彼らに心配をかけてはいけないと振舞い続けた。そんなイリスをコトリ達も元気づけようと必死だった。イリスとコトリ達の会話に人間が出てくることはなく、誰もが出口のない海をもがいているような毎日であった。


 しかし、ただ一人、レウィは真っ直ぐに事実に目を向けたままであろうとしていた。現実から目を反らしても何も変わらないと知っているからだ。そしてレウィは6日目の夕陽を背にイリスと他のコトリ達に重い口を開いた。


《私、ここに残る。》


 その言葉をみんなが理解するのには時間がかかった。レウィ達コトリには帰れる家があるが、帰らなければならないともいえる場所があった。

《な、何を言っているのレウィ?そんなこと…》

誰よりも早くにその事態を把握したイリスは何とかことをおさめようと口を開いたが、クレマの冷ややかな声が遮った。

《何を言っているのか、分かっているの?レウィ?》

《……うん。》

レウィは真っ直ぐに顔をあげて、コトリ達を見ていたが、その視線は逃げ出したくなるほど痛かった。

《それは、私たちとの関係をも壊しかねないわよ?》

《…うん。》

《それでもやるというの?》

最後のクレマの声に部屋は静まり返り、レウィが『No』というのを待っていた。イリスは何とかレウィが言おうとしていることを阻止しようと思案していた。しかし、そんなイリスに一目優しく笑いかけたレウィは、前を見据えて言い切った。


《契約は終わっているの。私の主華はイリスなの。》


 コトリ達は小さく悲鳴を上げたり、声すら出せず呆然とする者もいた。しかし、クレマだけはレウィの言葉を最初から分かっていたかのように表情も変えず、ただ真っ直ぐにレウィを見据えるだけであった。

《イリスは…どういうことなのか分かっているの?》

呆然としながらも、一人のコトリがイリスに言うわけでもなく、小さくつぶやいた。イリスはその言葉が自分の胸に重く圧し掛かるのを感じながら重い口を開いた。

「…うん…」

その、返事に頭に血が上った一人のコトリがレウィに飛びつこうとした。しかし、それをレウィが阻止してイリスとコトリ達の間に立ち、強く言い切った。

《イリスは何も知らないんだ!何も知らなかったんだ!だから、私が勝手に一人で決めて行ったんだ!》

《何でそんなことをしたんだ!》

《イリスを一人にしておけなかった。》

《その言い方だと、ずいぶん前なんじゃないかしら。》

クレマがゆっくりを口を開いた。

レウィはクレマの目を見ていると心が揺らいでしまうのを懸命に抑えながらゆっくりと答えた。

《約束したの。イリスのお母さんと。何があっても私が守るって。だから、こうするしかなかったの。》

クレマはやっとレウィから視線をそらした。そして、あきらめにも近いため息を漏らした。しかし、会話から長年秘密にされてきたのだと分かっていい気がしないコトリが怒りを堪えられず爆発した。その怒りの矛先はレウィというよりもイリスに対してだった。

《ふざけんな!なんだよそれ。おい、イリス、お前、主華がなんだか分かるよな。ふざけんな!》

《やめて!イリスは悪くないんだから…》 

レウィの制止は届かず、怒りも収まらなかった。イリスはその言葉を自分への戒めとするかのように顔をあげて真っ直ぐ受け止めた。

《俺たちがな、主華を変えることはなぁ…禁術に近いんだぞ!しかも植物以外のものに主華を移すなんて…死の宣告と同じ意味なんだ!!》

最後に言葉はイリスに深く深く突き刺さった。レウィの制止の声はもはや泣き声にも近かったが、怒りの声が止まることはなかった。

《やっぱり、人間なんて無理だったんだ。…裏切り者!!》

 

そう言い残して、一人また一人とコトリ達は夕陽が落ちる前に森へ帰って行った。

呆然とするイリスとレウィの前にはクレマがただ一人残っていた。

涙を堪えようをしているレウィの前に進み出たクレマはただ一度きつくレウィを抱きしめると、夕陽の中に消えていったのだった。



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