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箱庭の中の少女

 白い布を取ると、新鮮な空気が体中をめぐってきた。

 一日中被っていた布を忌々しく思いながら脱ぎ捨て、窓際へ向かった。開け放した窓の外からは、風の流れる音や草がすれる音しかしない。昼間の賑やかな音は一つもしなく、華やかな世界は遠くへ去ってしまったようだ。さみしいような、せいせいしたような複雑な気持ちになりながら、頬に当たる風を切るように歩き始めた。

 皆が言う、この箱庭の中には一つの家と、一つの池、一つの畑、そして一つの樹があった。

 ひときわ目立つその樹の下に立つと、式典のためにガチガチになっていた体中の力が抜けていった。樹に寄り添うようにして腰を落ち着けると、心が温まって溶けていく感じがした。一年のほとんどをここで一人で過ごしているのだ。大勢の人と直接話せる機会はなくても、その中に身を置くだけで少女には緊張なのだ。少女は自分の居場所に帰ってこれた嬉しさから、自然と歌を口ずさんでいた。その歌声は小さいながらも、風に乗って箱庭中に響いてた。



 その頃エルは、城の客室の窓辺から月を眺めていた。

 結局、最後までフェンにはあの少女のことは話せなかった。セルシア国王との会話で最後に感じた、追求を禁ずるような気配に臆していたのもあったが、そのあとに耳にした噂も奇妙であった。皆が『西の箱庭』には『魔女』がいるということは一致していた。しかし、その魔女のことを詳しく知るものはおらず、100を越える老婆だとか、3つある目に睨まれたら石と化すとか。何より、その姿を目にしたり声を聞くだけで、死の呪いがふりかかるという事から、誰も真実を突き止めようとはしないのだろう。

 エルはその疑いだらけの噂を鵜呑みにはしたくなかったが、真実ではないという確証もなかった。実際、身体を覆い隠して式典に赴いていることから、姿を見られたくない、もしくは見せてはいけないのは確かなのだ。そもそも、魔導師を志しているわけではないし、巨大なあの力には興味があるものの命をかけて追求する意味はない。エルはそう自分に言い聞かせて、昨日の続きの仕事をするべく部屋を出た。


 エルは植物学者としての力を早く使いこなしたかった。そのため、植物の種類だけでなく、その特性を生かした生育方法や植物同士の相性なども詳しく知っていなければならない。フェンは数え切れないほどの植物の知識に長けてはいるがそれをやさしくエルに説いたりはしなかった。『自分の手で感じて覚えろ』そう始めに言われたのだ。それからエルは旅先で見つけたありとあらゆる植物を片っ端から調べていたのだ。そんなエルが興奮してしまう森がこの国にあった。

 城のはずれにあり、城下の町とは反対のところに鬱蒼とそびえる木々は一見エルを歓迎しているとはいえない風貌だった。町の人からも、皆近づかない場所だから行かない方がいいと言われはしたが、皆が知らない場所だからこそ、珍しい植物があるかもしれないと思ったのだ。そしてその勘は当たった。しかも大当たりだ。

 森の中は外とは違い、葉の隙間からの木漏れ日が辺りを暖かく照らし、光り輝くようだった。そして見たこともない植物ばかりとの出会いに感動し、観察に熱中したエルは森の奥深くに入り込んでしまったのだ。太陽の木漏れ日から、月光の木漏れ日に変わったのになかなか気づかなかったエルが時間を思い出したときには、夜中を回っていた。星の配置を確認しながら、城へ戻ろうとするが道といえる道もなく、上手く進めない。疲れたエルが頭を冷やそうと深呼吸した時、ある歌声が聞こえたのだ。その歌声はとても小さくはかなげであり、すぐにも消えてしまいそうであった。エルは急いでその歌声の聞こえる方角へ駆け出した。その歌声が導くままにエルは一身に進んだ。そして、その小さな声が途絶えた瞬間、エルは木々の壁を抜け、石と土の壁の前に出ることができた。その石造りの壁は高く、よじ登ることはできなそうだった。その壁沿いに少し歩くと、行く先に城の城壁が見え始めてきた。ようやく、無事に戻れた安堵感を味わいながら、エルはもう聞こえない歌声の主に対し振り向き、深く礼をしたのだった。


 その森に再びいくエルは、迷子防止のロープを持参していた。そのロープを林の奥の森の入り口の樹にくくりつけ、エルは観察に没頭し始めた。そして、またしても森の奥深くに入り込んでしまったのだ。3時間ほどがたち、そろそろ帰ろうかと思ったエルがロープをたどっていくと、ロープが途中で途絶えていた。よく見ると、鋭いもので断ち切られたようだった。この森に自分以外の人間の存在は感じられないが、焦る気持ちを落ち着かせると、またしても迷子になった事実だけが残ってしまった。

 悔しさと、ロープを切ることのできる何者かの存在に不安を感じながら空を見上げて帰り道を探し始めた。しかし、雲が多く星が上手く読めなく、なかなか進めない。焦るエルの気持ちを笑うかのように木々の葉がざわめいた。

 その時、風の流れにのって、あの歌声が聞こえてきたのだ。

 やはり小さくて今にも途切れそうだ。エルは再びその声にすがるかのように走り出した。今回は、さほど走らなくても森を抜けることができた。そのため、あの石造りの壁の前に立ったときも、まだ歌声が聞こえていた。そしてその歌声が壁の向こう側から聞こえてくるのをしばらく聞いていた。その歌声が止まった直後、エルは星を見上げて驚いた。城を出るとき、エルは帰り道の目印のために星座を確認しておいたのだ。ルヴェニール王国は城を中心に位置し栄えている。その城を拠点として、東に位置する城下より南の方角にある林から森に入ったのだったが、進んでいくうちに、丁度城の反対側にきてしまったのだ。つまり、ここは西になる。


 『西の魔女は西の箱庭から来る』


 エルは一瞬悩んだ。これが箱庭だという確証はない、こんな馬鹿でかい箱庭があるなんて考えもしなかった。城の敷地かも知れないが、ここだけ、他の城の城壁と感じが違うのも気になった。魔女を見たら呪いがかかるというが、昨日と合わせて二度もその魔女の歌声かもしれない声を聴いて無事な自分がここにいるのだ。その姿を見るだけでも大丈夫かもしれない。

 そんな思いに駆られて、エルは一つの植物の種を足元に植えた。


 《マロウ》


 その種の上に手をかざし、その名を呼びかけた。

 呼ばれた種は返事をするかのようにその芽を出し、勢いよく伸びていく。その葉に足をかけるようにして地上から離れたエルは、マロウの伸びていく先を城壁の上へと誘導し、越えたところから降下させていった。物音を立てないようにして城壁内に降り立ったエルが落ち着いて中を見渡すと、端がよく見えないほどの広さだった。そして、小さな明かりが微かに灯っている一見の家を見つけた。そしてその家から横に視線を移すと、大きな一本の樹があった。その樹も今までに見た事がなかった。大きく堂々と聳え立つその樹からは神聖なる感じも受けた。神々しい樹に見せられるかのよに近づいていったエルは、その木陰にいた少女に気がつかなかった。

 少女もまた、この箱庭の中に自分以外の存在があるはずがないため警戒を解いてしまっていた。そんな少女が足音のような音に気がついたとき、その足音を響かせた少年はすぐ目の前にいた。突然の恐怖が少女を襲った。少女は身の危険を感じ、全身の神経をその足音の方へと向けた。

 

  「止まれ!!」

 

 空気が凍りつくかのように、その声が響いた。

 エルはその時まで木陰の少女の存在に気がつかなかった。そして、自分が犯した失敗に背筋が張り詰めていくのを感じていった。


 

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