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西の魔女

 体中の力が抜けきったような感覚に襲われた時、少女は式典の終わりを悟った。体中が石のように固まってしまったようだ。しばらくその場に立ち尽くして、身体中の感覚が戻ってくるのを待った。足先が地面の硬さを思い出したとき、立っていることを思い出した。じんわりと、足先から暖かくなっていき、指先も動かし方を思い出してきた。頭がはっきりしてきたとき、耳が周りの人々が話している言葉を聞き分けることができた。皆、式典の成功を安堵しながら、祝宴の会場に向かっているようだ。

 何故周りのみんなは、自分と違ってすぐに動けるのか、いつも謎だった。式典の時、あの足から絡み付いてくるヤツに体中の力が奪われて、空っぽのようになってしまうのに、周りの人は何ともないようなのが不思議だった。不公平だと思いながら、感覚を取り戻した足を180度方向を変えて帰路に向かった。



 祝賀会のメイン会場のバルコニーで、エルは今見たものが信じられなかった。念願の式典は素晴らしいものだった。七色の光が少しずつ波紋を広げて国中を埋め尽くした時、白銀の光で目の前がいっぱいになった。眩しくて目を閉じようとした瞬間、今までに見たこともない魔方陣が見えた気がしたがそれ以上見ることはできなかった。これほど巨大な魔法は見たことも聞いたこともなく、エルの想像以上のものだった。

 しかし、想像以上だったことが他にもあった。エルのいる場所から式典の場所までは遠いが、誰がどこにいるくらいは分かる。七色の光が現れる前まで、国王が立っていた場所も分かっていたし、波紋の中心が国王になっていることも見て取れた。しかし、その波紋が途中から打ち消されてしまったのだ。しかも、国王の波紋を打ち消してのみ込んだだけでなく、全ての波紋を吸収し一つに束ねてしまったのが、あの左隅の白い大きな布なのだ。

 国王は、言わずとも国一番の存在で、このルヴェニール王国の歴代の王の中でも指折り魔導師と聞いていた。その国王の波紋を打ち消すなんてことが起きた事実がエルには信じられなかった。しかも、式典の装具かと思っていた白い布の塊は、式典の終わりと共にひとりでに動き始めたのだ。アレが何なのか確証は何もなかったが、エルの今までの観察力からして人の動きのように見える。つまり、本当に布の中身が人ならば、最強と謳われたセルシア国王より優れた魔道師がいるということなる。そんな話は今まで聞いたことがないし、考えたこともなかった。


 いつまでたっても、バルコニーから帰ってこないエルを心配してフェンが声をかけてきた。

 「動けなくなるほど、素晴らしい式典だったか?」

 その言葉を聴き、エルは急にフェンに問いかけたくなった。前に見た式典では、波紋の中心には国王がいたのか?あの布はあったのか?そしてあの布の中身は何なのか…。しかし、自分の見間違いかもしれないと思ったら、急に疑問への自信がなくなってしまった。ほんの一瞬の出来事であるし、証拠は何もない。普段からフェンに観察力を磨くように言われて、注意して物事を見るようにはしていたが、あまりにも想像を超える映像だったため、急に自分の考えが馬鹿馬鹿しくなってきた。そのため、疑問が飛び出そうとしていた口からは、代わりに式典への感動がこみ上げてきた。

 「素晴らしかったよ、想像以上だ。フェンが絶賛する理由が分かったよ。見たこともない魔法陣も見たような気がした。」

 「魔方陣をみたのか?」

 フェンは少し驚きながらも感心したかのように問いかけた。

 「ああ、一瞬だったから紋様ははっきりとは思い出せないが、細かかったのは覚えているよ。」

 エルは必死に思い出そうとするが、どうしても思い出せなかった。あまりにも一瞬だった。

 「あれは、この国最大の守護結界の魔方陣だよ。私も紋様は知らないし、あれを作り出している王家の人々も知らないらしい。」

 フェンは笑いながらここまで語ったが少しまじめな顔して続けた。

 「あの魔方陣はな、魔方陣を描こうとして作られるものじゃないらしい。守護の結界を張りたいから生まれてくるんだ。分かるか?あの魔方陣は描こうという思いじゃ描けないんだ。守りたいという思いがあるから描けるものなんだよ。」

 「なんだか、難しいな。」

 エルはフェンの言った事を十分に理解できたか自信がなかったため、あいまいな返事しかできなかった。その心情を十分に見て取れたフェンは再び笑いながらエルをバルコニーから連れ出そうと、中央へ導いた。エルはもう一度魔方陣が現れたところを振り返った。そして、フェンの後ろから付いていった時には、白い布のコトを少し忘れてしまっていた。



 『何なの?』

 少女は驚きながら、急いで神経を周りに集中させた。当然後ろから引っ張られたのだ。

 そんなことは今まで一度たりともなかった。自分に接触しようとする度胸のあるものは一人もいないはずだったが、今しがたそれが起きた。あまりにも突然だったため、引っ張られた勢いでその場にしゃがみこんだが、どこも打ってはいないようだ。軽やかに自分から逃げていく足音が聞こえた。足音の軽やかさの響きからして女の子の様だった。逃げていく女の子を想像しながら、周りにもう一度神経を集中させたら、何故こんなことが起きたのかは、すぐに分かった。

 今しゃがみこんでいる位置から、前方の廊下に大きな亀裂があったのだ。少女には目に見えなくても、それぐらいならすぐに感じ取ることができた。あのまま進んでいたら、間違いなく怪我をしていた。あの女の子は自分を助けてくれたのだろうか…

 聞き覚えがあるようで思い出せないその足音を反復しながら、少女は大きく廊下を迂回しながら歩き始めた。




 祝賀会の会場に祝いの旋律が勢いよく流れ始めた。

 ルヴェニール王国は巨大な国だった。会場には諸外国の代表をはじめ、多くの人々が駆けつけた。富があるだけが出席の条件でなく、剣士・踊り子・歌い手・職人芸に富む人・政治を論ずるものなど、様々な人が歓迎されて集められていた。その一人ひとりと軽やかに挨拶を交わしているセルシアをエルは遠くから眺めていた。

 同じこの会場にいられるだけで奇跡のような瞬間なのだ。別にずっとセルシアに憧れていたわけではない。エルの目標は魔導師ではないし、目標というならむしろフェンの方だ。この祝賀会だって、フェンに頼み込んでくっついて旅をしていたから出席できたものだからだ。そもそも、何年も前からこの祝賀会に招待されるフェンがすごいのだ。フェンは植物学者だった。ある日、フェンのその長けた植物に関する知識と技量をみたエルは自分のこのような男になりたいと心から思い、回りの反対を押し切り旅への同行を願い出たのだ。フェンは最初、同行を断ったが、断っても勝手についてくるエルに根負けしたのだ。エルはフェンが植物学者であること以外は何も知らない。素性はまったくといっていいほど知らなかったが、なんだか信じられる気にさせてしまう、そんなフェンがスキだった。

 そのフェンが、気がつけばセルシアと仲良く会話を交わしていた。そして、フェンは次に自分のほうを指差し、セルシアと目が合うではないか。飛び上がらんほど、驚いたエルを見て笑いながらフェンが手まねきをした。エルは急いで二人のほうに走っていった。緊張して腕と足が同時に出てしまった。

 「はじめまして、エル。話はフェンから聞いたよ。式典は面白かったかい?」

 「ええ、とても面白かったです。今日、お会いできて光栄です、セルシア国王。」

 フェンは笑いながらセルシアに話した。

 「エルはな、こういうの場面があまり得意ではないらしいんだ。元々こういう機会はよくあったそうだが、慣れずに苦手になってしまったらしい。」

 「それをいうなら、私も同じだよ、フェン。私だってあまり好きではないさ。元は地味な男だしね。君もよく知っているだろう。」

 「ああ、そうだったな。エルはな、私が話した君の武勇伝にひどく感動してな、今日という日をとても楽しみにしていたんだよ。」 

 こんなにも親しく話す、フェンとセルシアに驚きながら、エルは交互に2人の顔を見ていた。すると、セルシアがエルを見て尋ねた。

 「変なことは、聞かせれてないだろうな、エル。フェンはいいヤツそうに見えて、時々ズレたことをするから、全てを信じてはいけない。」

 セルシアは笑いながらエルを諭すかのように語った。そんなセルシアを見てエルも笑いながら答えた。

 「大丈夫です。私は植物のことしか詳しくないから、魔導師の変なことを言われても気づけないと思うし。」

 そう答えるエルにセルシアは満足げだった。

 「そうか、君もフェンと同じなんだね。素晴らしい道だが、険しいぞ。そうだ、そんな君の目から見た式典の感想をもう一度聞こうかな?」

 エルは魔方陣をみたあの一瞬を思い返しながら答えた。

 「七色に光るアレが何かは分からないんですが、上手く魔法の力を引き出しているのでしょう。波紋となってその力を大きくし国を埋め尽くしていく。上手く力を使っています。風の波長も捕らえていたようだし…。一瞬しか見えませんでしたが、あの魔方陣はもう一度見てみたいです。」

 「すごいな、よく見ている。さすがはフェンの相棒だな。その観察力に一つ教えておこう。あの七色に光るものは『ハク』というんだ。君の言うとおり、我々の力を上手く引き出す能力に長けているんだ。あれは魔法そのものなんだよ。」

 「魔法そのもの?というと、魔法とは実体があるものなんですか?」

 「そうだな、魔法とは血で受け継がれていくのもだから、全てが実体であるとは言い切れないんだ。ただ、その力を結晶化させたものが『ハク』なんだよ。」

 エルは少し考えて、聞いてみてよいものか悩んだ。その時フェンが懐かしそうに剣士と話しているのをみて、こちらに気づいてないことを確認してから思い切って聞いてみた。

 「あの、セルシア国王。あの『ハク』というものが力を上手く引き出すということは、力があるものに引き付けられていくということですよね?…今日は少し体調がよくないのですか?」

 エルは最後に核心には触れることができなかったが、セルシアには十分意味は伝わったようだ。セルシアは一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに感心のまなざしを向けた。

 「すごいな、エル。本当に君はよく見ている。そうだな、私も年を取ったということなのかな。いつもいつも周りに支えられて今ここにいるんだよ。私一人だけではここにはいられないんだ。」

 そこまで話して、遠くを見つめるようにするセルシアを見てエルはもう何も聞いてはいけないと悟った。セルシアに一礼をして、離れとき、エルの頭は再び白い布のことでいっぱいになった。やはり、自分の見間違いではなかった。あの白い布の存在はセルシアも知っているのだ。とたんに、その中身が気になってしまった。


 その時、エルは一人の紳士にぶつかってしまった。

 「すみません。前をよく見ていなかったもの…」

 エルはいいながらその紳士の胸の紋章を見た。ルヴェニールの紋章だ。彼は上機嫌でぶつかったことなど気がついていないほどだった。何杯目なのか思い出せないほどワインを楽しんだ紳士はにこやかにエルに「めでたい、めでたい」と語りかけてきた。エルはその酔っ払った紳士を数秒眺めた後、慎重に言葉を切り出した。

 「すみませんが、あなたはルヴェニール王国の王家の方ですか?」

 「いかにも」紳士がもったいぶって答えた。

 「今日の式典にも参加はされておられますか?」

 「いかにも」紳士は威厳たっぷりに答えた。

 「いつも、式典の会場の後ろには白い布がおいてあるのですか?」

 「いかにも…んん?置いてある?いやいや、おいてあるんじゃない、アレが来るんだよ。いやいや、あんまりいいものじゃにといつも言っているんだがね…、いやいや、私が口だすことじゃないんだが…、いやいやいや…」

 紳士が考え込んでしまってため、エルは慌てる気持ちを抑えて問いかけた。

 「その、白い布はどこから来るのでしょか…」

 「あれは、西の魔女だからね、西の箱庭からでしょう。何故そのようなことを気になさるのかな?」

 エルはここまでと思い紳士に礼を述べた。

 「いえ、とても素晴らしい式典でしたので、参考までにと思いまして。あのような式典に参加できるなんてとてもうらやましい限りです。私も、王家に生まれたかったものです。」

 そのエルの言葉にすっかり気をよくした紳士は、自分が口にしてはいけないはずの魔女のことを、こともあろうか他国のものに話してしまった己の過ちに気づかず、ましてや覚えもせず行ってしまった。


 一人残ったエルは頭の中で静かに呟いた。

  『西の魔女、西の箱庭』

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