表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

老婆

 テラとの待ち合わせ場所は、宿街の入り口近くの時計台の下であった。エルはそこに一人で立っていた。エルはできればフェンと一緒に来たかった。しかし、フェンは朝になっても宿には戻らず、連絡すらなかった。

空は鮮やかな晴天を描いているのに、エルの心は晴れない。

 「えっと・・・、キミはエルブ・・・だよね?」

 エルは後ろから控え目に声をかけられた。振り向くと、目の下にクマをはっきりと残したテラが立っていた。微かに微笑んでいるみたいだが、明らかに笑顔が引きつっている。

 「そうです。テラ、顔色が・・・」

 テラに近づきながらエルは声をかけた。明らかに体調は悪そうだ。昨日のテラの行動を振り返って考えると、おそらく昨晩は一睡もできなかったんだろう。

 「大丈夫。ごめん、心配しないで」

 思い出したくないとでもいう様に頭を振ってテラは歩きだした。

 「ごめん、今日は時間があるはずだったんだけど、急に招集がかかっちゃったんだ」

 追いついたエルに申し訳なさそうにテラが言った。

 「招集?城から?」

 「ああ、だから、家までキミを送ったら、オレはすぐに行くから。ごめん」

 「何度も謝らないで。仕事なのに時間を割いてくれてありがとう。本当に助かるよ」

 ぎこちなく微笑みながらテラは先を急いだ。エルはテラの隣について遅れを取らないようにした。

 テラは少しうつむき暗い表情をしていた。何かを訴えたいのか、質問したいのか、きつく結ばれた唇が震えるたび、エルは言葉を待った。

 

 宿街が完全に見えなくなり、店が軒を連ねる一体になったとき、突然テラの前に赤い物が転がってきた。

 ヒッと声を微かに上げてしまったテラは、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、自分の足元をじっと見つめていた。

 赤いボールがテラの足にトンっと当たって跳ね返ってた。動かないテラの代わりにエルが拾おうとしたとき、声が飛んできた。

 「テラにーちゃーん!とってーーー!」

 顔を上げると、少し先の路地で子供たちが数人こちらに手を振っている。

 「ボールー!」

 その声に我に返ったテラは、足元のボールを愛おしそうに、大切に拾うと優しい弧を描いて投げ返した。

 「気をつけろよー」

 今日初めてのテラの笑顔を見た瞬間だった。子供たちは嬉々と返事をした。

 その光景をじっと見ていたエルに、テラの声が聞こえた。

 「この光景を守りたいんだ」

 エルは独り言のようにつぶやいた言葉を聞き逃さなかった。テラの顔を見ることがないように、エルは子供たちを見続けた。

 「エニーのように賢くないし、モモのように力もない。でも、これを守りたいから守備隊に入ったんじゃないか」

 遊ぶ子供たちを見つめるテラの目は真っ直ぐであった。

 自分に言い聞かせるようなテラの声が終わったところで、エルはテラに話しかけた。

 「今日の仕事って、守備隊の?」

 その言葉に、急いでいることを思い出したテラは、再び歩き始めてから答えた。

 「そう。でも、緊急招集なんてめったにないから・・・」

 言葉に息詰まりながらも、エルは俯かずにエルを見て小さく言った。

 「多分、昨日のコウモリが関係していると思うんだ」

 一瞬驚きながらも、エルは言葉の続きを待った。

 「あれだけの禍禍しい魔力を国王が放っておくはずがない」

 「君たちが報告したんじゃなくて?」

 「いや、報告に行った時、すでに多くの隊員が集まっていたんだ。いつでも対応できるようにね」

 エルは国王の判断力に驚いたが、自国でコウモリの恐ろしさを体験している分、これだけの対応は大げさではないとも思った。

 「でも、そういや、何でばあちゃんと話したいんだ?」

 突然振られた質問であったが、聞かれると思っていただけに、エルはちゃんと答えを準備していた。

 「植物学者として森の異変を調べてるて言っただろ?それには、実際の現象を見るだけではなくて、その原因の理由や過程も含めて解き明かさないといけないんだ。図書館の本はほとんど目を通してみたんだが、なかなかいい答えが見つからなくてね」

 周りの景色が繁華街から、住宅街に入っていくのを横目で見ながらエルは続けた。

 「で、本がだめなら人に聞いてみるのもありかなって。ほら、昔話とかさ、教えてもらうことの中に本当のことが紛れていることもあるだろう?」

 ここまで言って、準備した答えにテラが納得してくれるか少し心配だった。

 その思いをよそに、テラは少し首を傾げた後に言った。

 「うーん、よく分かんない気もするけど・・・。つまり、行き詰りみたいな状態が、ばあちゃんに会うことで解消されるかもしれないってこと?」

 内心かなりホッとしながらもエルは頷いた。

 「そういうことなら、・・・ちょっと自信がないな。何ていうかさ、最近ばあちゃんボケるときがあるし。ちゃんとしたことを言えるかな」

 その言葉にエルは、ホッとした気持ちが一気に崩れていく感じがした。しかし、これに賭けるしかないと思う気持ちで何とか立て直した。

 「そうか・・・でも、やっぱり話してみたいんだ」

 「それなら、何か答えが見つかることを祈ってるよ」

 そう言ってテラはある家の前で立ち止まった。

 入口の周りは花々でいっぱいであった。その周囲を色とりどりの蝶が踊るように飛んでおり、さらに鮮やかにしていた。花と芝の中に転々とする石が、小さめな建物の入口へと導いている。その奥から微かに人の気配がした。

 「今の時間はばあちゃんと・・・妹しかいないから。妹にはキミが来ることを伝えてあるから」

 テラはちらっと時計を見ながら言った。

 「このまま芝生に沿ってを歩いて行って。ばあちゃんはいつも奥の間の庭にいるから」

 「分かった。わがままを聞いてくれて、本当にありがとう。助かるよ」

 エルのお礼に照れながら、テラは城へと急ぎ向かって行った。


 残されたエルは青々した家へと足を踏み入れた。

 言われた通り、建物の壁に沿うように芝生の上を歩いてみた。生き生きした芝生の感触と、その奏でる音はエルの心を落ち着かせるようだった。

 建物の角に着いたとき、一瞬エルは目の前の光景に立ち尽くした。

 入口よりも鮮やかな花々が庭いっぱいに広がっていたのだ。よく見れば花だけでなく薬草もいくつかあるようだ。家の境界と思われる場所には木々が並び、花や実をつけているものもある。

 その色鮮やかで明るい庭に圧倒されながら、エルは一人の小さな老婆を見つけた。

 小さなロッキングチェアにさらに小さな老女がちょこんと座っていた。

 閉じているのか開いているのか分からないぐらい細い目をして、揺れながら庭を眺めているようだった。

 その絵に描いたような可愛らしくほのぼのした空間を壊したくない気持ちになりながらも、エルは近づいて声をかけた。

 「こんにちは」

 老婆は全く反応を示さない。エルは聞こえていないのかと思い、老婆の前に進みもう一度声をかけてみた。

 「こんにちは、お邪魔しています」

 すると、老婆は少し顔を上げ、エルを見たかのようにすると、ゆっくり答えた。

 「おかえり、テラ。早かったねぇ」

 「テラではないのです。私は、エルブといいます」

 「肩を揉んでくれないかい?今日は少し痛くてねぇ」

 老婆の返答に、まだ自分のことをテラと間違えていることを感じた。しかし、和やかな笑顔でお願いをされたら断ることもできなかった。

 「肩ですね。分かりました」

 そう言って、エルは優しく肩を揉むことにした。老婆の肩は陽だまりの暖かさを感じさせ、幸せな気分になる気がした。

 しばらく、肩を揉んでいるとエルは本来の目的であった闇のことについて答えが見つからなくても良いような気がしてきた。こんなにも穏やかな時間があるのかと、ただただこうしてゆっくりと時が過ぎればいいのにと思った。


 その瞬間、小さな驚き声がして、エルは穏やかな夢のような空間から一気に現実に引き戻された。

 声のする方を向くと、そこにも小さな人が立っていた。しかし、今度は少女のようであった。この家に、テラの祖母と妹がいることを思い出し、彼女が妹であるとすぐに分かった。しかし、テラとあまり似ていない気もした。

 「どうも、すみません。勝手にお邪魔しています・・・」

 エルは謝りながらも、肩を揉んでいる手を止められなかった。老婆があまりにも気持ちよさそうに微笑んでいるからである。少し困ったようにしながらも、手を止められないエルを見て少女は緊張が解け声を立てて笑った。

 「はじめまして、エルブさん。テラから聞いてます。私、モモと言います」

 笑った顔はますます幼く見えた。笑いながら近づいてくるモモという少女は、レウィのように淡いピンク髪色で、腰まで届くぐらい長いふわふわパーマの髪形をしていた。顔は幼くは見えるがどこか知的そうにも見えて、しっかりと前を見据える目が印象的であった。

 「驚かせてすみません。テラの妹さん、ですよね?」

 「あー、違います」

 ちょっと首をかしげてからモモは言った。

 「ほぼ妹に近いんですけどね。小さいころから一緒だから、まぁ、妹と言っても間違いにはならないかも」

 未だにマッサージを続けているエルを面白そうに見ながらモモは続けた。

 「一体どんな人が来るんだろうって想像していたんですけど。想像以上に面白そうな方でした。それに、おばあちゃんの顔見たら分かります。あなたがどんな人なのかも」

 モモはエルに微笑んで言った。

 その時、老婆が気持ちよさそうに声を上げた。その声を聞いて、エルは思い出したかのようにモモに聞いてみた。

 「あの、そういえば、おばあさんオレのことテラだと思っているみたいで・・・」

 本当にボケてしまっているのか?とは聞けなかった。しかし、その意味を悟ったかのように、モモは首を左右に振った。

 「テラは何と言おうと、おばあちゃんはボケてませんよ。大丈夫。ちょっとゆっくりなだけ」

 ね?っと同意を求めるかのようにモモが老婆の顔をのぞきこんだ時、表でモモを呼ぶ声が聞こえた。

 「あ、お客さんかな?すいません、ちょっと失礼します」

 そう言って、庭に出たモモは駆け足で表に向かおうとして急に振り返った。

 「あ、そうだ、敬語はいりませんから」

 「じゃあ、モモも」

 「分かりました。じゃ、ちょっとよろしく」

 そう言い残してモモは踊るように走って行った。


 残されたエルは、ボケていないという老婆に何と切り出すか考えていた。その間も手はずっと動かし続けた。もう一度自己紹介から始めてみようかと思った瞬間、老婆の声が聞こえた。

 「はてさて、これはこれは・・・どなたさんですかな?」

 その問いかけに驚いたエルは手を止めてしまった。その手の上には老婆が手を重ねている。

 「とても暖かい手でしたよ」

 モモの言っていた、ちょっとゆっくりと言うのはこのくらいの時差なのか?エルは考えながら老婆と目線を合わせるように正面に立った。

 すると、老婆は小さな目を大きく開けて真っ直ぐにエルを見た。その視線はあまりにも真っ直ぐで、エルは心まで見透かされてしまうのではないかと思った。

 しかし、そんなエルの緊張はよそに、老婆は今日一番の穏やかで優しい表情をしてエルに言った。

 「良い目をしている」

 何と答えてよいのか分からなく、立ち尽くすエルの手を取り、老婆は自分の両手で愛おしそうに包みながら言った。

 「聞きたいことはなんだ?」

 エルはやはり心が見透かされているのだと思った。

 「私はここで、ずっと待っていたんだよ。この日のために。さあ、聞いてみておくれ」

 自分の手の暖かさとは裏腹に、エルは全身に電流が走ったのを感じた。

 求めていた答えが見つかるかもしれない。やっと、分かるかもしれない。

 しかし、何故、老婆は自分の気持ちが分かったのか。待っていたとはどういうことなのか。聞きたいことは山のようにあった。

 エルはゆっくり深呼吸をしてから、真正面からもう一度老婆を見た。曇りのないその瞳に、エルはゆっくりと問いかけ始めることにした。


  

  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ