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コウモリ

 箱庭から出たエルは真っ直ぐ帰る気にもなれず、森の中を歩いていた。

 何か解決の糸口を見つけることはできないかと、自然と足はあの黒い物体を見かけた場所へと向かっていた。徐々に周りの木々達が枯れていく。目的の場所まで近づいたと思ったその時、エルは歩みを止めた。

 目の前には信じられない光景が広がっていた。

 数日前に見かけた奇妙なものがいくつにも増えていたのだ。しかも、その黒い物体は以前は地面に穴のように存在していたが、いまや宙に浮いていた。微かに震えながら枯れた木々の中をさまよっていた。何かを探しているかのように。

 エルは思わず後ずさりした。しかし、その時に落ちていた枯れ枝を踏み鳴らしてしまった。

 

 その瞬間、黒い物体は動きを止めた。そして探していたものが見つかった興奮を示すかのように、その自身の震えを速めた。徐々にその丸い形がいびつになっていき、翼の様なものが生えてきた。どれも手のひらぐらいの大きさだが、数はゆうに五十は超えている。エルはその姿が形成されるまで見届けることはせずに、走り出した。それがどんな姿になるか分かったからだ。

 しかし、黒い物体も自身の姿が完全になっていないにもかかわらず、エルを追いかけた。せっかくの獲物を逃がしてはならないと、できたての翼を広げるのだった。

 

 エルは、もう周囲には枯れた木がない所まで走ってきていた。しかし、変わらずに背後から迫っている殺気に足を止めることができなかった。目の前の行く手を遮るような茂みの中に突っ込んでいったエルは、その先で何かにぶつかった。

 「大丈夫か?エニー。一体何が飛びかかってきたんだ?」

 エルは急に視界に入った眩しいくらいのランプの光に一瞬目がくらんだ。心臓が早鐘のように高鳴っていて、全身で冷や汗をかいていた。

 ぶつかった反動で尻もちをつくような体勢になったエルは、正面に自分と同じ体勢をとっている人に気がついた。

 「大丈夫だ、テラ。怪我はしていない」

 その声とともにエルは自分がランプの光に照らされたのを感じた。だが、反対に照らしている相手はもっと見えにくくなった。

 「あれ?人だ、エニー。人が倒れてら。」

 ランプを持った方の男が話しながら近寄ってきた。

 「でも、何でこんなところにいるんだ・・・」

 その後ろで、ぶつかられた男が立ち上がりエルに更に近づいてきた。

 「大丈夫ですか?怪我は?」

 そう言われて差しのべられた手を見ながら、エルはまだ言葉が出なかった。

 「どうしました?」

 エニーと呼ばれた男は、差し伸べた手でそのままエルを担ぐようにして起き上がらせた。

 立ち上がったエルは震える自分の足をみて、ようやく止まった思考を動かし始めた。

 「危ない・・・すぐに逃げるんだ!」

 エルは助け起こしてくれたエニーを逆に掴んで訴えた。

 「何、」

 「コウモリが来る!!」

 エニーの言葉を遮り、エルが震える声で叫んだ。

 その言葉に、テラと呼ばれた男は後ろでヒッと小さく叫んだ。

 エニーは一瞬、エルの目を見て反論するのをやめた。嘘を言っている目ではなかった。エニーはエルの手をほどき、腰の剣に手をかけエルが飛び込んできた方向へと進もうとした。その姿を見たテラは更に縮こまった。

 「ダメだ、危険すぎる!」

 エルは振りほどかれた手でもう一度エニーを掴んだ。

 「いや、大丈夫。私はこの国の守備隊だ。だから、」

 「コウモリは一匹じゃない、数十はいる!不利過ぎる!!」

 またしても、エニーの言葉を待たずにエルは叫んだ。早くココから離れないと手遅れになる。

 エニーは守備隊の兵士として取るべき行動を考えあぐねていた。しかし、直後に森の先からおぞましいほどの殺気に襲われた。全てがここに向かっているのだとしたら、確かに勝算はない。

 エニーは剣から手を離し、振り返ってテラに言った。

 「ランプの火を消せ、テラ。位場所は少しでも知らせない方がいい」

 テラは震える手で急いでランプの蓋を開け、明かりを消した。

 「私に付いて来て下さい。急ぎましょう」

 エニーはエルにそういうと先頭になって走り出した。

 しかし、気がつけば周りは夕陽も沈みきっており、足元を見るのも困難であった。弱々しい月明かりを頼りに何度も転びそうになりよろめきながらエル達は走った。

 

 殺気が薄らいできたと感じられたのは、森の出口が見え始めた時だった。

 コウモリたちは追いかけるのを諦めたのだ。しかし、逃した獲物を悔しがるように、その高い鳴き声で空気を震わせ、森を揺らしていた。

 森から出たエルは体力の限界を感じ、倒れた。

 恐怖ではなく、疲労で両足がガクガクと震えていた。喉もカラカラだ。しかし、あれだけ走ったのにもかかわらず、身体は熱くなるどころか逆に寒気が収まらなかった。

 エルは流れる汗をぬぐいながら、隣で倒れずに肩で息をしながら周囲の警戒をしているエニーを見た。歳はエルよりも上そうだ。顔つきや今までの言動からして賢いタイプだろうと思った。

 一方その足元で周囲に警戒を配ろうと努力はしながらも、腰が抜けて動けなさそうなテラがいた。歳はエニーと一緒ぐらいなのか、怯えてぐしゃぐしゃになった表情からはよく読み取れない。

 エルはようやく身体を起こし、呼吸を整えながら二人に話しかけた。

 「助けてくれてありがとう、オレはエルブといいます」

 「私はエニー、相方はテラだ」

 受け答えがまだできそうな相方をフォローしてエニーが答えた。しかし、その表情からは、まだ警戒をやめてはいなかった。

 「さっきは失礼なことばかり言ってしまって、すみません」

 ぶつかった相手にエルは頭を下げた。

 「そんなことより、あの殺気は本当にコウモリのものなのですか?あのように禍禍しいものは感じたことがない・・・」

 エニーはもう一度森を見ながら言った。

 「本当です」

 うなずきながら、真っ直ぐエニーを見ながらエルは答えた。

 「以前コウモリの集団に襲われたことがあるんだ。その時と同じ殺気だった」

 「では、あなたはあそこで何をしていらしたのか」

 少し疑るような目つきでエニーは聞いた。

 「オレは植物学者で、この森の調査をしていたんだ」

 「植物学者・・・では、フェンネルさんを知っていますか?」

 「フェンネルは私の師匠です。今一緒に調査をしています」

 エルは国印の押してある調査依頼の証明書を見せた。そこにはフェンの名前が書かれていた。

 「そうか、キミが“勝手についてきたというエル”か」

 エニーは少し笑いながら言った。

 「フェンネルさんとは知り合いでね、今日も城内で見かけたんだ。今物好きな弟子と森を調査していると言っていたけど、キミのことだったんだな」

 エルはフェンの言い方に笑っていいんだか複雑な気分だった。

 

 そんな雰囲気を打ち消して、テラが急に話し出した。

 「早く帰ろう。オレばあちゃんにお礼を言わなきゃ・・・」

 ふらふらしながら立ち上がろうとするテラの両手は何かを必死に握りしめていた。それに気がついたエニーはテラを支えながら聞いた。

 「テラ何を持っているんだ?」

 テラは黙って手をほどいた。エニーはテラの手のひらにあるものを良く見ようとランプに再び明かりを灯した。すると、その明かりで、一枚の紙切れが映し出された。

 「今日は月の刻だからお守りって。ばあちゃんが持たせてくれたんだ」

 疑いながらも受け取ったお守りに申し訳なさそうにテラが言った。

 お守りと呼ばれた紙には、エルが見たこともない紋様が描かれていた。

 「本当だった、ばあちゃんは本当のことを言ってたんだ。オレ信じてなくって・・・」

 「月の刻?」

 エルはテラに聞いた。するとテラは空を見上げて言った。

 「今日は星が見えなくて月だけが見える夜だろう?これを月の刻というんだって言ってた」

 エルはテラに続いて上を見上げた。すると、本当に暗い夜空には月しか見えなかった。

 「月の刻では闇の力が増すから気をつけろって」

 その言葉を聞いて、エルは急に閃いたかのようにテラに言った。

 「そのおばあさんに会わせてもらえないか!?教えてもらいたいことがあるんだ―――もちろん調査に関係していることだから」

 テラは驚きながらも承諾した。その返答にエルは再び高鳴る鼓動を抑えられなかった。

 エルの脳裏にはフェンのあの言葉が蘇ってた。

 『歴史を尊び人間の過ちを悔む人々の記憶の中までは消すことはできない。彼らは秘かにその歴史を伝承し続けてきた。書面には残さず、言葉のみという方法でな』

 書物から何も見つからないのであれば、伝承された人々を見つけられれば何かが分かるかもしれない。

 期待と興奮からエルは、待ち合わせの明日が待ち切れなかった。

 

 

 一刻も早くエルはフェンに自分の得た情報を報告したかった。しかし、走って戻った宿屋の部屋には明かりがなかった。森での出来事でだいぶ帰りが遅くなったため、フェンはもう戻っているだろうと思っていたが、部屋は静まり返っていた。

 ふと見た机の上に紙が一枚置いてあった。

 『今日は城に残るので帰れない、との連絡を受けました』

 宿屋の主人からの手紙だった。

 エルは興奮が一気に崩れていった。今すぐにでも伝えたかった相手がいなくて力が抜けてきた。エルは手紙を持ったままソファに崩れるように座った。

 城から戻れない用事とは一体何なのか。明日は帰ってくるのだろうか?できれば、テラのおばあさんに一緒に会いに行きたかった。

 エルは目を閉じながら今日の出来事を思い出してみた。今まで何度かあの森に入っていたがコウモリに会ったのは初めてであった。

 コウモリは人を襲う魔物であり、自分が生まれた国ではすでにコウモリが森を支配しており、近づくことは禁忌だった。幼いころ言いつけを破って森に踏み込んだ時、大群に襲われたこともある。しかし、コウモリの生まれる瞬間を見たのは初めてであった。

 はじめ、エルはあの黒い物体からドラゴンが出てくるのではないかと思っていた。しかし、形作られたのは見覚えのあるコウモリの姿だった。

 ドラゴンではなかったことから、フェンの話してくれた伝承の内容と直接結び付けることはできない。しかし、黒い物体が魔物であるコウモリを生んだということは、もしかしたらドラゴンも生み出すかもしれない。そうすると、あの黒い物体は“影”や“闇”の塊かもしれない。

 悩み続けた問題に解決の光が見え始めたかのようだった。

 エルは、まどろむ意識の中でイリスが入れてくれたラベンダーティーの香りを微かに思い出しながら、眠りに落ちていった。


 

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