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“光”と“影”

 フェンとエルは街に戻り、真っ直ぐに図書館に向かった。

 フェンはその中でルヴェニール王国の歴史書を片っ端から読んでいった。エルは一体何を調べていいのか分からなかったが、フェンが一言も話さず集中している姿を見ると質問もできなかった。そのため、自分が見た、あの黒の物体に関する書籍を探すことにした。

 歴史書はどれも古くカビ臭いものばかりだった。中には偉大なるルヴェニールの国王たちの偉業が永遠とも感じられるほどの長さで書き記してあった。だが、分厚い歴史書をめくってもめっくても答えは見つからず、エルの腕は重みに痺れてきた。

 その痺れが限界に近づいた時、閉館を知らせるベルが館内に響き渡った。ホッとする気持ちを抱いたが、何も情報が得られなかった悔しさがすぐに込み上げてきた。

 

 エルが振り返ると、フェンがため息をついて本をしまうところだった。

 「焦っては事を仕損じる、かな?」

 近づいてくるエルに苦笑いしながらフェンは残念そうに言った。

 「明日また出直そう。きちんと整理しないといけないみたいだ」

 寂しそうにつぶやく師匠にエルは何も言えなかった。


 宿に着いた時、もう日は暮れ部屋も真っ暗であった。

 エルは自分の気分と似たような部屋の雰囲気にため息が出そうになった。部屋の明かりをつけ、空気を入れ替えようと窓に向かった。

 「エル、少しいいか?」

 フェンに急に話しかけられ、エルは驚き振り返った。

 「はい」

 エルはそう返事をして、窓から離れてフェン近づいた。フェンは疲れた顔で近くのソファに深く腰をかけた。

 「今日のことは、キミにきちんと説明すべきだと思う」   

 フェンの真剣な口調に緊張しながらもエルはすぐ近くに腰かけ、うなずいた。

 「まず、あの森の奥でキミが見つけた黒い穴のようなものについて話そう。実は、私はあれを見たのは初めてではないんだ。だが、記憶があいまいで、どうしてもあれが何なのか思い出せないんだ。しかし、危険であることは間違いないと思う、身体がそう反応したからね。身体とは不意に、頭では理解してないことでも反応してくれるからな」

 エルはまたも苦笑いを浮かべたが、エルは笑う気分にはなれなかった。フェンにも分からないことがあるのが信じられなかった。

 「図書館では歴史書を見ていたが、あれらはルヴェニールの栄光を記していただろう。確かにこの国は特に魔法の力が長けていて偉大なる国王が何人もいたのは事実だ――-――が、今私が知りたいのはそこではないんだ」

 フェンが目線を床にうつしてエルを見ないようにしながら続けた。

 「この世に存在する物事には、栄光という言葉に選ばれた“光”と、選ばれなかった“影”がある。“光”とは、まさにあの歴史書に記されている国王たちのこと。人々が認め、崇め、“光”にしたのだ。しかし、おかしなことに“影”の記述は一切なかった。長く続く歴史の中で“光”だけの世界がありえるだろうか?」

 フェンは顔をあげてエルを見た。

 「あの歴史書は真実を曲げて書かれている。二分された“光”と“影”は隣り合うもので切り離すことはできないんだ。“影”が存在しないなんてありえない」 

 広がっていく暗い影を想像して、エルは冷たいのもが流れてくる感じがした。

 「私が知りたいのはその“影”の部分。“影”は集まると“闇”になる。そしてその“闇”はあるものを生み出すと言われている」

 「あるもの?」

 エルは思わず復唱した。

 「エル、キミはドラゴンを知っているか?」

 「え?ドラゴンですか?あの黒くて翼の生えた生き物と言われている?・・・でも、実在しないって聞きますけど」

 「確かに、実在しない、そう伝えられている。今の歴史書には一切記載してはならないことになっているんだ。さらに、たぶん、記載しているのを見つけられたものは焼却されているだろうな」

 エルはフェンが次に何を言うのか分かって、胃に重いものがズシリと伸し掛かってくる感じがした。

 「ドラゴンは実在する。いや、実在したというのが正しいな。今は一匹もいないだろうから。だが、数百年前には確かに実在しているんだ。歴史から抹消されたのは人間に不都合があったからだ。しかし、歴史を尊び人間の過ちを悔む人々の記憶の中までは消すことはできない。彼らは秘かにその歴史を伝承し続けてきた。書面には残さず、言葉のみという方法でな。」

 「言葉のみで・・・」

 エルは驚きつぶやいた。

 「しかし、そのために、全てを伝え続けるのは困難だった。言葉のみという方法は証拠を残さないが、不確かなものでもある。伝えられていくうちに少しずつ言葉が抜けていってしまう。それでもつながってきた言葉を、またつないでいかなければならないと彼らは知っていたのだ。だから、今の時代にも伝えられてきている―――――私のところにもな」

 エルは驚き言葉も出なかった。

 「人間の都合でもみ消した歴史ならば、必ず未来に歪みを生じてくる。それを知っていたから彼らは何年も伝え続けてきた。歴史は繰り返す、望まない歴史であっても」

 

 エルは自分の耳がジンジン鳴るのを感じた。

 「言葉だけで紡ぐというのに、伝承の内容は膨大なんだ。今日その内容を全て話しきることはできない。だから、その一部だけ教えよう」

 エルは神々しいものを授かるような気がして、自然と姿勢を正した。

 「『ドラゴンは闇から生まれる。その力は闇と共鳴し合い、際限なく増大し、全てを虚無にする』」

 フェンは厳しい表情で言った。

 「いいか、ドラゴンは闇から生まれ、共鳴するんだ。今回の黒の物体がこの話に関わっている確証はないが、何かつながりがあるように思えるんだ。ない方がいいんだがな」

 何も答えられないエルはうつむいて自分の靴を見た。汚れた革靴の黒が深い闇を連想させ、エルはギュッと目をつむった。

 「セルシア国王からの調査依頼とも関わりがあるかもしれないから、明日も図書館へ行ってみよう。まだ全ての歴史書を読んではいないし、違う文献にも何か手掛かりがあるかもしれない」

 そう言ってフェンは立ち上がり自分の部屋に向かった。エルはもやもやした気分でフェンを見た。

 「今日はもう休もう。私も疲れた。長く話してしまったな、聞いてくれてありがとう」

 フェンのその日一番の穏やかな表情を見たエルは「はい」としか返事ができなかった。

 

 頭が回らないとはこういうことなのか、とエルは感じた。巨大な物が目の前に広がっていることは感じていたが、どうしても他人事のように思えてしまう。呆然としながらエルは天井を見上げた。自分に何ができるのだろうか。果たして、できることはあるのだろうか?この先にいったい何があるのだろうか?

 エルは立ち上がり窓に向かった。そして窓を開け新鮮な空気をめいっぱいに吸い込んだ。夜の冷気が身体を冷やし、エルは少し落ち着いてきた。

 見上げると月がエルを見返してきた。月があまりにも綺麗に輝いていて、エルはまるで栄光の“光”のように感じた。それと同時にその周りを占める夜空を“闇”に感じ、ただただ立ち尽くすことしかできなかった。 

 



 《今日も来ないのかな・・・》

 夕刻が近づく箱庭の中でレウィがつぶやいた。イリスは声の聞こえた方を向いてみると、その先から、逆に熱い視線が返ってきた。

 《・・・って顔に書いてあるよ》

 レウィが笑いを堪えながら言った。イリスは急に恥ずかしい気分になってきた。

 「ち、違うっ!なんか、ほら・・・いつも来てたから。だから・・・」

 《寂しいとか?》

 うろたえるイリスの反応を楽しそうに見ながらレウィは言った。

 「・・・」

 何を言ってもレウィに負けるのが分かったイリスは何も言えなくなってしまった。そんなイリスをからかうようにレウィはイリスの周りを飛び回っていた。

 

 からかうレウィをよそに、イリスは本当に自分の今の感情が何なのか分からなかった。エルは恩人であるため、もう毛嫌いすることはなかった。毎日のように来ては、イリスに質問してきた。特に庭の一番大きな樹については何度も聞いてきた。しかし、イリスにとってはあの樹はあの樹であって、植物学者が知りたがるような情報は何一つ持っていなかった。

 代わりにイリスはエルが話す「外の話」に興味を持っていた。今までコトリ達が帰っていく場所が自分の行けない場所であっても割り切って考えていた。しかし、エルの話を聞いているうちに初めて外の世界に惹かれるものを感じ始めたのだ。自分には決して行けない場所と分かっていても、最近は割り切れない感情が湧きあがってきていた。


 《飽きちゃったんじゃないの~?》

 緑色のコトリがイリスの周りを飛びながら言いだした。

 《ほら、おもてなしとか何もしてなかったじゃん~。もう来ないかもね~》

 からかう様な言葉が続いたが、イリスは気づかない。

 「オモテナシ?」

 《お客を迎えるときに、丁寧に接することだよ~。例えばお茶を振舞うとか~》

 架空の客人を迎える手振りを加えてコトリが説明する。

 「オキャク?」

 《あ~、大切な人とか、めったに来ない珍しい人とかのコト~》

 その答えに、エルは“大切な人”の部類に入るのかイリスは真剣に悩んだ。そんなイリスの考えはお見通しであるレウィは笑いながら助言をした。

 《もう一度来てほしいなって思える人は大切な人でいいんじゃないの?》

 レウィの言葉にまだ完全にスッキリとはしてはいなかったが、イリスは次にエルが来た時、何のオモテナシをしようか考えてみるのだった。




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