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月夜の真実

 イリスが巻き起こした風がコトリ達の羽をとらえて、ゆっくりと落ちていった。

最後の羽が地に舞い降りた時、ウルフ達がイリスに一斉に向かってきた。


「ごめん」


そう呟いたイリスは再び風を起こし、ウルフ達を跳ね飛ばしていった。



 

 風が変わった。

そんな感じがした。

正確にはわからないが、澱んだが空気が一瞬張り詰めたかと思ったら、今は風が乱れている感じがしている。

エルはもう箱庭の外に出てきてしまっていた。振り返ると目の前には今まで以上に壁が高くそびえている。地面に刻み込まれた文字が頭をよぎった。

しかし、風の乱れと同時に植物たちの声も聞いた気がした。植物学者ではあるが、今まで一度も植物の声など聞いたことはなかったが、植物たちの悲鳴に似た叫び声を聞いた気がしたのだ。

そして、何よりもあの樹から助けを求められているような気がしたのだった。




 「アルトキュムラス!」

箱庭の中では何度も爆風が起こり、ウルフ達は吹き飛ばされていた。

しかし、風はウルフ達を遠ざけるだけでダメージは弱い。


《イリス!このままじゃ…》

レウィは思わず叫び、言葉を濁した。

致命傷を与えられないイリスは、ウルフのキリがない攻撃に息が上がってきた。

ウルフ達は何度倒されても、変わらず襲い続けてきた。ダメージは弱いだけで効いていないわけではない。それでも、彼らはダメージを感じないかのように襲い続ける。血走った目が赤く染まっていく一方である。イリスはそんなウルフの異変にも気が付いていた。

 

 ウルフ達は同時攻撃をやめて、小隊を組んだかのように代わる代わる襲うようになっていった。イリスを休ませないためだった。

止まない攻撃の中、巻き起こされた風に乗って一匹のウルフが着地したのはコトリ達のすぐそばであった。最初に標的にした、か弱い生き物を確認したウルフはためらいもなく襲ってきた。


《…!!》

突然の攻撃にレウィは声が出なかった。しかし、ウルフの牙はまたしてもレウィに届かなかった。

「アンシーナス!!」

イリスが起こした風がウルフを正確にとらえ、上空高く放り投げたのだ。しかし、その一匹に攻撃を向けたために、残りのウルフへの防御を捨ててしまっていた。

《イリスーーー!!》

レウィは攻撃を避けられそうにないイリスを見て絶叫した。

イリスも振り返り、いくつもの牙が一斉に自分に向かっているのを感じた。


「タイム!!!」

身構えるイリスの耳に、忘れられない声が聞こえた。コビトでもウルフでもなく、人間の声だった。

次の瞬間、イリスとウルフの間に壁が生まれた。

石でも土でも鉄でもなく、植物の壁だった。小さな丸い葉をいくつも付けたその植物はイリスを守るように、あっという間に成長した。飛びかかっていたウルフ達は皆、タイムの茎や葉に絡まるようにして捕らえられ、身動きが取れなくなってしまった。


 突然の救援に呆然とするイリスの耳に再びあの声が聞こえた。

「はぁ、はぁ…間に合った。良かった。」

声の主は息を切らして駆けつけてきた。

イリスはしゃがみこんだまま動かない。エルはカーテンの布を被っているイリスに大きな外傷がなさそうなのを確認した後、再び袋から一つ種を取りだした。そして、青々と茂っているタイムの壁の中心に投げた。


 「頼む、ディル。」

すると、細い茎がすらっと伸びてきてその先端がいくつにも分かれていった。そして、その先端に小さな黄色い花を次々とつけ始めて大きくなっていた。

そのディルの成長とともに、ウルフ達の唸り声が小さくなっていき、一匹また一匹と大人しくなっていった。タイムの葉に捕らえられていないウルフ達も落ち着きを取り戻し、各々その場に座り込んで行ったのだった。

 その光景を感じとったイリスは自分もまた、興奮が収まっていくような感じがした。

そして、全てのウルフが大人しくなったのを確認したエルはタイムの成長をとき、捕らえていたウルフ達を解放した。しかし、ウルフ達はどこに帰るわけでもなく、皆居心地がいいようにくつろいでいる様子をみせていた。その光景に首をかしげながら、エルはタイムとディルを消していった。


 最後のタイムの葉を小さくし、地に返しきった時、ウルフ達は突然機械的に一斉に立ち上がった。

反射的にエルは身構えたが、ウルフ達はエルとは反対側を向いており、風のように去っていった。

呆然とするエルの傍で、今度はイリスが突然立ち上がった。驚き振り返ったエルから逃げるようにイリスは後ずさりしたが、エルはイリスが足を引きずっているのに気がついた。

 イリスは逃げる前に自分がカーテンの布をまだしっかりと被っていることを再確認した。ここで、エルに出会ってしまうかもしれないことは想定内であったし、そのための布でもあった。イリスは目の前の人間がまだ生きて立っていられるのは自分が見られていないからだと信じて、このまま逃げ切ろうとした。

 しかし、間合いをはかり、イリスが駆け出そうとした瞬間、エルはイリスが一番聞きたくない言葉を発した。


「待って、キミ、右足を怪我してる。足首の傷から血が出てる。」


 エルの言葉の衝撃に身体が動かなくなってしまったイリスは、駆け出そうとしたままバランスを崩し倒れそうになった。

そのイリスを支えようと駆け寄ったエルはイリスの腕を掴み、引き寄せた。

しかし、引き寄せた反動でイリスを守っていたカーテンの布がゆっくりとイリスから滑り落ちていった。


 月明かりの中、初めてエルはイリスを正面から見た。

そして、言葉を失った。

いままで、目の前で魔法を編み出してウルフと戦っていた少女の姿がそこにはあった。

細い体にすらっとした手足。白い肌に、いままでに見たことのない白く長い髪。

歌声を聴いたあの月夜のおぼろげな記憶から、想像していた通りの少女であった。

しかし、一つだけ、想像と違うところがあった。

彼女の眼には月明かりさえも遮断しているのではないかと思われるほど、上から頑丈に布が被せられていた。

彼女は目が見えていなかったのだ。




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