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二重帝国のはぐれ者達  作者: ✝漆黒の陽炎✝
サイアムから来た
9/11

4

 ニーとの出会いから翌日、重蔵はいつも通り事務所に出ていた。

 

「重蔵様、昨日はどちらへ?」

 

 台所から茶菓子を持ってきた健二が言った。


「街をブラついてただけだよ」

「へえ、珍しい」

 

 本を読んでいたローゼマリーが耳をピコピコ動かしながら重蔵を見る。

 

「基本、休みでも上で無駄に体動かしてるのに」

「無駄じゃねえ」

 

 体を鍛える、技を向上させる。趣味でもあるが仕事でもある。無駄なわけじゃない。

 

「休日の過ごし方をお前にどうこう言われる筋合いはない! 昨日お前は何してたんだよ!」

「有意義に魔法の研究をしてた」

「同類という自覚がある分重蔵の方がマシだな」

 

 ぼんやりとテレビを見ていた清一郎が突っ込む。体を動かすか頭を動かすかの違いでやっていることは殆ど変わりのない二人だった。

 

「皆さん何か飲まれますか?」

 

「「「珈琲」」」

 

 健二の問いに三人は同一の答えを返した。

 ゴポゴポという珈琲抽出機の音を聞きながら、重蔵は窓から外を見る。

 ニーは今頃、組合だろうか。一日だけの付き合いだが、印象に残る女性であった。あそこまで無謀というか阿呆なエルフはウメコぐらいしか知らない。地元から出たがるエルフはやはりどこかおかしいのだろう。

 外を見て感慨に耽っていた重蔵は健二から差し出された珈琲を受け取る。

 

『海外の報道です。サイアム王国の第三王女、ダイヤモンド殿下が行方不明』

 

 テレビから流れたサイアムという言葉を聞き、珈琲を飲みつつテレビに視線を向ける。

 着飾ったニーが写っていた。

 重蔵は珈琲を思い切り噴いた。

 

「汚え! 何やってんだよ!」

 

 気管に珈琲が入り咳き込む重蔵を清一郎が驚愕した表情で罵る。ローゼマリーも重蔵を見て驚いている。

 普段はそこらのにーちゃんのような重蔵であるが、一流の武人だ。平時に突如襲撃されても驚かないぐらいに平静を保つ訓練を積んでいる。その重蔵が気管に珈琲が入るほどに驚いているのだから何事だと二人も驚いたのだ。

 

「……サイアムの第三王女を昨日見た」

 

 怪訝な表情をする二人に重蔵は昨日の出来事を話す。

 

「ナンパ小僧脅して王女をナンパしてお茶してその後に道場で試合って、常識を知らないの?」

「王女だって分かってらそんなことしねえよ」

 

 心底馬鹿にするようなローゼマリーに重蔵は牙を剝くように言った。

 

「全く王女っぽさがなかったからだよ……」

 

 今思えば言葉が通じるからと重蔵にホイホイついてきたりほぼ勢いで海外に来たようなあの危機感のなさは世間知らずの箱入り娘だと考えれば納得はできる。

 

「そもそも本当に王女なの? 似てるだけとかじゃないの?」

「顔認識だとまず間違いなく本人だよ」

 

 結城が言った。記憶のデータを渡して確認させたのだ。

 

「……どうする?」


 二重帝国と国交のある国の王族である。国民としては通報するのが義務であろう。

 

「見なかったことにしろ」

 

 清一郎は正面で手を叩きながら言う。

 

「ウチで扱うには大きすぎる。挾間とか出光とかがやるような仕事だ」

 

 挾間、出光は東京周辺を拠点とする事務所で最大規模の事務所だ。

 

「個人の護衛で海外に出張ならともかく国際問題はウチにはデカすぎる。情報を両方に売って終わり」

 

 清一郎は言い切った。有無も言わさない口調だった。

 

「……あい、わかった」

「いいの? 随分と気にかけてたみたいだけど?」

「そりゃね、全く何も思わないわけじゃないけど、事務所の方針に逆らってまで手を貸そうとは思わない。向こうも隠し事してたわけだしね」

 

 余所の事務所のように明確な上下関係のあるような事務所ではないが、それでも所長である清一郎の方針には意見をしても反対はしないのが尾張事務所の暗黙の了解だ。清一郎が苦労してこの事務所を運営してきたのを知っているからだ。自分たちが偉そうに口を挟む事じゃない。

 

「ま、縁があればいつか会えるさ」

「王女との縁とか洒落にならねえな……」

 

 肩を竦める重蔵に清一郎が顔を顰めた。

 ちょうどその時、事務所の出入り口が開く。

 

「おはようございまーす」

 

 蓮華が入ってきた。全員が出入り口の方を向く。

 

「外で迷ってた依頼人を連れてきたよ!」

 

 蓮華の後ろに立っている黒エルフに全員が注目した。

 清一郎が頭を抱え、ローゼマリーは耳をせわしなく動かし、重蔵は半笑いを浮かべる。

 

「どうしたの?」

 

 全員の反応に首を捻る蓮華。そんな蓮華に向かって清一郎が指を指す。

 

「え? は!? ええぇ!?」

 

 結城からデータを受け取った蓮華が驚愕を浮かべて黒エルフ、自称ミン・ミン・ニーを見上げた。


『これはこれはダイアモンド王女殿下。何の御用でしょうか?』

 

 重蔵は同時通訳を結城に頼んで言った。昨日、結城に頼まず有料通訳を使ったのは事務所の人間に弄られたくなかったからである。

 

『あ~、バレてた? やっぱり王族のオーラは隠しきれなかったかぁ』

『第三王女が行方不明って報道が流れてる。後は顔認証で確信』

 

 自慢げだったニーの顔がつまらなそうに変化した。

 

『あなたはもう少し乙女心を学ぶべきじゃない?』

 

 重蔵はふとニーの昨日と比べてかなり口調が柔らかいことに気が付き、通訳の違いというのがこの辺りに出るんだなぁという場違いな思いを抱いた。

 

『分かってて言ってる。何しに来たの?』

『もちろん、護衛の依頼』

 

 だろうなと重蔵は頷いた。組合で重蔵の名前を出してここを案内されたのだろう。依頼に適した事務所の紹介だけではなく、目的の請負人のいる事務所の場所も教えてくれるのが請負人組合だ。

 

『悪いですが、ウチでは荷が重すぎるのでお断りさせていただきます』

 

 清一郎が割り込むように入ってきた。

 

『あなたは?』

『所長の尾張清一郎です。申し訳ないですが、我が事務所では一国の王女殿下を無事護衛できるほどの戦力は持ち合わせていません。可能な事務所を紹介致しましょう』

『別に王族として扱ってほしい訳じゃないんだけど』

『そういうわけにはいきません。報道で貴女のことが行方不明だと流れていますから』

 

 不機嫌そうなニーに対し清一郎は生真面目な表情で対応する。行方不明になってる王女なんて厄介過ぎて扱いたくないという心の声が透けて見えるようだった。

 

『まず、そこがおかしいのよ。しっかりと死んだように証拠まで作ってきたのになんでバレてるの?』

 

 ニーがわけの分からないことを言い始めた。

 

『……死を偽装して二重帝国に来たの?』

『うん。邪魔されたくなかったし』

 

 あっけらかんと言い放ったニーに事務所の全員が頭を抱える。

 

「……外に出たがるエルフってみんなここまで頭おかしいの?」

「ウメコはここまで酷くねえだろう」

「殆ど変わらないから」

 

 ウメコを擁護する清一郎にローゼマリーは突っ込んだ。

 清一郎はウメコに対してかなり甘いところがある。ウメコから攻めて攻めた結果交際を始めたという間柄なのだが、清一郎もウメコにベタ惚れしているからだ。頭はともかく性格は素直で明るい美女に好きだ好きだと攻められ続けて惚れない男などいないから仕方ない。何かしら裏があるならともかく、裏も何もないのだし。

 そんな清一郎でも頭がおかしいを否定しない辺りウメコの頭のおかしさは察せられる。

 

『……そういえば、お金はどうしてる?』

『前々から溜め込んでた秘密の銀行口座から引き出してる』

「そら偽装なんぞばれるだろうよ! アホか!」

 

 重蔵は日本語で突っ込んだ。世間知らずのお嬢様がこっそり作った秘密の口座なんぞ把握されているに決まってる。むしろ行方不明になれたこと自体が驚きだ。だれか見張ってろよ、性格なんぞわかっていただろうに。

 重蔵はツカツカとニーに近付いて両肩を力強く掴む。


『今すぐそこの電話で大使館に連絡を入れろ。無事を報告しろ。下手すりゃ俺たちが犯罪者だ』

『むぅ……仕方ない』

 

 重蔵の剣幕に押され、不平不詳ながらも受話器を手に取った。

 

『もしもし、うん私。そう、そう、うん。え? そのつもりだけど、前々から言ってた通り。今更でしょうがそんなこと。あ~、分かってる分かってる、はいはい。うん、うん、その辺りは……大丈夫、いまそこに居るから。え? ああ、分かった伝えておく、それじゃ』

 

 妙に庶民的な口調は通訳が原因だろうか?


『よろしくだって』


 受話器を置いたニーが言った。

 よろしく、という言葉に疑問符を浮かべる事務所の面々の脳内に、結城の悲鳴に近い声が聞こえる。


(大使館に電話してない。サイアム王国に電話してる)


『待て、お前何処に電話した? そしてよろしくってなんだ?』

『ウチの父さんからみんなによろしくって。あ、暫く帝国に滞在するからここで雇ってもらっていい?』

『待て待て待て待て』


 丁寧語も忘れて清一郎がニーに詰め寄る。


『ウチは知っての通り請負人事務所だ。王女がやれるような仕事なんてない』

『人手不足って聞いてるんだけど。私、戦えるからこき使ってくれればいいよ。ねえ、重蔵』

『あ~……まあ、強いは強いな。即戦力にはなり得るぐらいには』


 二人に見られた重蔵は正直に話した。エルフの身体能力も相まって即座に現場に連れて行っても不安がないぐらいには強かった。少なくとも、道場での試合からはそう判断できた。


『近接戦闘はウチは間に合ってる』

『剣よりも銃の方が得意だよ。帝国製の銃は輸入して妖怪退治に使ってるから慣れてる。豊和の八三式が私は好きだなぁ』


 銃が得意という言葉で清一郎に悩みが生まれた。事務所の戦闘要員で最も不足しているのが銃を扱う者なのだ。銃全盛のこの時代に刀で斬ったり魔法投げたり弓を射ったりしてるのが事務所の面子なのだ。清一郎自身、銃は扱うものの真っ当な扱い方じゃない。

 銃を銃として、特に自動小銃を主に扱う戦闘要員は喉から手が出るほど欲しかった。


『死んだことになってるから怪我しても死んでもあなたが責任を取ることにはならないよ。私、継承する可能性ほぼないし。そのことはちゃんと父さんと約束してる。書類を作っても良いよ』


 迷っている清一郎にニーは言った。

 清一郎は絞り出すように言う。


『……試験だ。試験をして、それから決める』

『はい、ミン・ミン・ニー、頑張ります!』

今話はそのうち訂正するかもしれません。

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