1
ペレ・ハムハム・重蔵は両親がアトランティス魔法王国から二重帝国へと移民してきた在帝二世だ。二重帝国とアトランティスは技術同盟を結んでおり、人材交流もかねてそれぞれの国に人を送り合い、気に入った人間が定住するということがよくあるのだ。元々、日本の中世文化を研究していた両親は正にその典型例だが、その中でも日本側に定住した珍しい例でもあった。
そんな両親に影響されてか、重蔵は幼い頃から侍が好きだった。時代劇が大好きで、刀の展示会に行ってははしゃぎ倒す子供だった。両親はそんな重蔵を見て、やがて自分の後を継いでくれるだろうと思っていた。ゆえに剣術を学びたいと言われたときには驚いた。
魔族というのは学者肌の者が多く、暴力を嫌う傾向にある。とはいえ例外が居ないわけでもなく、武を極めようとした魔族もそれなりに居たため両親は息子の願いを聞き入れた。
剣術道場へと入門した重蔵は魔族の発揮して剣術を貪欲に学んだ。剣術家として強くなるために体を鍛え、学問を学び、そしてひたすらに鍛錬に打ち込んだ。
文字通り大きく育った重蔵は自身が学んだ剣術を活かせる職に就こうとフラフラしていたところ、尾張請負人事務所が目に留まった。新宿区の歌舞伎町付近という、『門』が目の前にある激戦区の見本のような場所に事務所を構えながら、大手ではなく個人規模としか思えない小さな事務所。興味を持った重蔵はそのまま事務所へと足を運び、入所することに決めた。
知性の代名詞である魔族とはとても思えない行き当たりばったりな人生を送っている重蔵は、休日も行き当たりばったりに過ごす事が多い。いつでも好きに鍛えられるからという理由で事務所の三階の鍛錬場に居座ることが多いが、本日に限っては町を目的もなく歩いていた。たまにはフラフラしてみようと思ったのである。
お上りさんの如くキョロキョロしながら町を歩く重蔵はかなり目立っていた。基本大柄な魔族の中でも背が高い上に筋骨隆々、その上で人間と全く違う青い肌に黄色と赤の目、二本の角に透けるような白髪。魔族という存在は誰もが知っているが、殆どはテレビ番組などで見る程度で実際に見たことある人間は東京でも少ない。観光客かなと遠巻きにチラ見されるのを重蔵はいつものことだと気にせずにいる。
コンビニを冷やかしたり野外の店舗でクレープを買ってみたり指を差してきた子供を相手して泣かせたりなどしていた重蔵は、フラフラしていた視線を止める。
視線の先では男数人が女性をナンパしていた。それ自体は珍しいものではないが、女性が濃い褐色の肌に銀の髪のエルフであったのが目を引いた。二重帝国に住まうエルフは黒髪に白い肌が基本だ。葦原のエルフ自治州のエルフがそういう人種だからだ。
彼女のようなエルフは葦原側の大陸南方、国を二つほど挟んだ先にある、エルフの国であるサイアム王国のエルフだったはず。
国交はあるので居てもおかしくないのだが、基本出不精であるエルフが外国へと行くのは珍しく、なおかつ『門』を間に挟む日本側に居るのはまず考え辛い。ウメコの同胞ですら東京で見かけた記憶はない。
「おーい、兄さん達や。お姉さんが困ってるのが分からないかい?」
重蔵は声をかけることにした。どうも、ナンパされて困っていると言うよりも言葉が通じていないように見えたからだ。
ナンパをしていた男達は重蔵を見てギョッとした。流暢な帝国語で話し掛けてきた相手が魔族だとは思わなかったのだろう。重蔵が彼らの立場だったとしても驚く。エルフも驚いていて若干怯えていた。
「なんだよ、あんた関係ないだろ」
男の一人が威勢良く言うが、腰が引けている。
「おい、ヤバイって……」
男の内の一人が重蔵の腰を見て顔を青くしている。重蔵が高身長のためあまり目立たないのだが、腰に刀を差しているのだ。腰に刀を差して町中を歩く者など警察か請負人ぐらいしかいない。
重蔵の腰の物に気付いた男達は何か言いたげにしながらもその場を去って行った。
エルフは毅然としつつも少々怯えが見える表情で重蔵を見る。
「ア、ア~、オカネ、ナイ」
「いやいや、違う違う違う」
慌てて否定しながら電脳を電界へと繋ぐ。検索エンジンを使いサイアム語同時通訳サービスを見つけ、料金に唸りつつも支払う。
『通じてる?』
エルフは突然のサイアム語に目を見開く。
『サイアム語を喋れるのか!?』
『……違うけどその認識で問題ない』
重蔵の物言いにエルフは怪訝な表情を浮かべる。実際は聞いたことを通訳サービスにそのまま流し、サービス側の通訳者が通訳してくれた内容に返答し、通訳者がそれを通訳し、電脳で口を制御してサイアム語を発音している。使用しているのは最新技術なのにやってることが妙にアナログである。
『困ってたでしょ? あの兄ちゃん達がよかったなら悪かったけど……』
『あいや、言葉が通じなくて困ってたんだ。助けてくれてありがとう、それと変な勘違いをしてごめんなさい』
先ほどの怯えが嘘だったかのように笑顔で感謝を述べた後、申し訳なさそうに頭を下げた。片言でしか喋れない外国で困っていた所に母国語の通じる相手が出てきたら心を開くのは当然だろう。
『ところで、一体何に困ってたんだい? 道が分からないのなら案内するけど?』
『あ~、いや、特に目的があって歩き回っていたわけじゃないんだけど……』
エルフは気付いたようにポンと手を叩く。
『私の名前はミン・ミン・ニー。ニーと呼んで。名前を聞いても大丈夫?』
『ペレ・ハムハム・重蔵。重蔵が名前だ』
重蔵はそう言って手を出した。
エルフ、ニーは不思議そうに手を見つめた後、ハッとしたように重蔵を見て、躊躇いつつも手を握った。
握手、という文化は日本のある第三惑星側独自のものなのだ。