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「おっ、これこの前のやつじゃん
」
重蔵の言葉に事務所にいた全員がテレビを見る。
写っているのは先日自分たちが強制捜査へ向かった建物だ。ドカドカと何十人もの警察官が建物の中になだれ込んでいく様子が映っている。
「あれ? 私達は?」
「流せるわけねえだろ。そもそも録画すらしてねえ」
蓮華の疑問に清一郎は鼻で笑って答えた。令状を出したところで撃たれ、適度に顔面に弾丸をたたき込みながら進み、最後は子供を上下に分裂させたのだ。録画していたとしても報道に流すのは阿呆のすることだ。キャッキャ大喜びで連日叩き続けるのは間違いない。顔をすげ替えられ手足を縛られた公安にとっても、なぜかやたらと叩かれる請負人にとっても大衆報道は敵なのだ。
報道映像は建物内部まで進み、頭の少年達が出てきた地下室を映す。中は病院にあるような機械群や化学実験に使うような器具が置かれた部屋がいくつもあった。
「ずいぶんと中まで映すね。公安は秘密主義じゃないの?」
「中で怪しげな実験をやってたって流させて、公安は正しいことをしていると印象づけさせたいんじゃないの?」
清一郎の背にもたれ掛かっているウメコの言葉を裏付けるかのように専門家が解説している。
「で、実際の所どうだったの?」
「……十中八九超能力に関する研究をしてたんだと思う。私は超能力は詳しくないからそれ以上はなんとも」
戦闘後、清一郎達は地下施設を捜索して中を検めている。技術者である蓮華と医者である恵子が戦闘に参加していたのはその探索のためだ。魔術の専門家であるローゼマリーもいるので尾張事務所の面々で地下に何があるかの判断はある程度できる。
「ただね、暁だっけ? 連中が揃えられるような機材とは思えなかった」
「どう考えても裏がいるな。何の研究をしていたのやら」
清一郎は誰もいない方を見る。そこは恵子の定位置、超能力の専門でないにせよ医学が関わってくる分、事務所では彼女が一番詳しい。ただ使うだけの清一郎に研究の知識はない。
「問題は設備そのものよりも何もなかったことでしょう?」
耳元で紡がれる蠱惑的な声に清一郎は顔を顰めた。
そう、設備はあったけどそれだけだったのだ。使われた形跡があったにも関わらず実験対象は一人もおらず、残っていた資料は当たり障りのないものばかり。まるでこちらの行動を察知して逃げ出したかのごとく何もなかったのだ。
「公安の動きが見破られたの?」
「いや、見破られる状況じゃないだろ」
清一郎達が少年を救出したことで発覚したのだ。少年が逃げた時点で撤収をしたとしても遅すぎる。少年を助けて一日で公安は場所を特定しているのだ。人や資料を運び出して公安が見逃すとはとてもじゃないが考えられない。
事務所の玄関が開いて恵子が入ってきた。
「おはよう」
「おはよう、みんなで報道なんて珍しいこと」
「今ちょうどこの前の強制捜査の特集やってたんすよ」
重蔵が言うと、恵子は苦虫をかみつぶしたような顔をする。その表情に清一郎はピンとくる物を感じた。
「……逃げられた?」
「ええ、跡形もなくね」
「どういうこと?」
「助けた少年が黒幕だったってことだろ」
首をかしげる蓮華に重蔵が呆れるように答えた。
「え? だって偶然助けたんでしょ? 妖怪まで操ってたって言うの?」
「まず間違いなく妖怪は偶然だ。おそらく、衰弱して逃げ出したフリして公安に保護されるつもりだったんだろ。で、公安に場所を吐いてやれば強制捜査で潰してくれるというわけだ」
「……黒幕、というか裏についてたんだよね? なんでわざわざ潰させるの?」
「謀反でも起こしたか、邪魔になったのか。自分たちで潰すよりも俺たちに潰させた方が手間がなかったんだろうな」
清一郎達は少人数で潰したが、戦力三十人規模の中堅事務所が相手して二割死傷当たりが順当だっただろう。「暁」は割と戦力としては上等と言える規模ではあったのだ。伊達に『門』のすぐ近くなんて一等地に事務所を構えていない。
「一体どこがそんなこと……」
「さあな。分裂派に欧州同盟にアメリカ……二重帝国は意外と敵が多いからな」
成り立ちからして外国のつけいる隙が多いのだ。分裂派なんか第三国に拠点を移し、二重帝国の手の届かないところで巨大化しているなんて噂もある。
二重帝国が制度として安定するまでの職業、そう言われていた請負人が九十年近く経過しても未だ衰えず存在している。
「全く、仕事が増えてありがたいことだ」
清一郎の皮肉にその場にいた全員が顔を顰めた。
暫くは事務所のメンバー一人一人に焦点を当てた話になります。