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「晴れちゃったなぁ……」
歩きながら清一郎はつぶやいた。清一郎の言うとおり、驚くほどに快晴だった。雲一つない青空が広がっている。
「晴れはだめですか」
公安課の泉が息を切らしながら言った。
「作戦自体を考えれば雨が一番ですね。隠してくれますから、足音とか」
清一郎は地面に落ちている乾いた葉や木の枝などを避けて歩く。
現在いるのは秩父の山中、強制捜査のために超能力者達の組織の拠点へと向かっている。ちなみに、彼らは「暁」と名乗っているらしい。
泉を中心に隣を清一郎、前に重蔵とローゼマリー、後ろに赤十字の腕章をつけた恵子と小銃を装備した蓮華という陣形で歩いている。
「超能力者相手だと運否天賦になりますが」
「ないでしょう。彼から聞いた話では甲種と思われる超能力者は一人だけです」
甲種の超能力となると隠すこと自体が難しい。念力系は無意識に使うし感覚系や精神系は適切な処置がないと心が保たない。
「乙種の超感覚なら元軍人でもない限り大丈夫でしょう。ウチにはエルフがいますからね」
超能力者の軍人というのはかなり厄介だ。超能力に合わせた専門的な訓練を受けているため部分的に種族的優位を覆すほどの実力を持ちうる。
泉は驚いたように目を見張る。
「エルフはそこまで凄いのですか」
泉は公安で超能力者の案件を任せられるような人物だ。超能力者について詳しいがゆえに特化した超能力者の恐ろしさを知っている。それに匹敵すると言われれば驚くのも無理はない。
「人によりけりですよ。ウチのはエルフでも上位ですし」
伊達に張力一トンの弓を使ってはいない。
そのエルフであるウメコは先行して偵察をしている。自称都会の女であるがエルフはエルフ、森林は彼女の庭だ。それこそ、現役の超能力兵一分隊でも連れてこないとウメコを捕らえることなど不可能だろう。
「……それにしても、大都ならともかく東京でここまで他人種をそろえるのは珍しいですね」
息を切らしながらも泉の会話は止まらない。
「私みたいなのが所長やってるような事務所だと変なのが集まりやすいんですよ。『門』にも近いですし」
両腕に魔力を通して薄らと光らせる。魔力回路が光る義体というのは基本的に強化義体だ。医療用の義体はともかく自己強化のための義体というのは忌避される傾向にある。体を必要以上に弄くるのは忌避されるし、努力せずに力をつけているからズルしているとも見られる。実際は強化義体というのは十全に扱うにはかなりの努力が必要なのだが、他人からそれは理解されない。
だからこそ強化義体ということは知られない方がいいのだが、どうせ戦闘になれば分かるので隠す意味はない。それに、前所長の知り合いであれば知っている可能性もある。
『あんまり喋りすぎないでね』
『分かってるよ』
後ろを歩く恵子からの電脳通信に清一郎は表情を変えずに答えた。
やたら喋る泉は公安故の癖なのか病なのか、事務所の情報収集をしているようだ。芦原側の首都である大都ならともかく、東京は珍しくなくなったとはいえ未だ人間が大多数を占める。尾張事務所のような零細は人間ばかりというのがほとんどだ。尾張事務所はかなり例外的である。
正直気持ちのいいものではないが、重蔵やローゼマリーのような外国由来のものが所属する請負事務所を調査したいという公安の考えはわからないでもない。そもそも、合法とはいえある程度重武装を有する請負事務所は軍が警察に警戒されるのと同じように警戒されている。
公安と対立する理由はない。必要以上に深入りさせないためにもある程度話はするべきだ。本人に原因はないとはいえ、臑に傷のある者もいるし。
恵子もそれは分かっているだろうけども、心配なのだ。
「それにしても、皆さん優秀ですね。大手でも無駄話は結構あるのですけど、ここは誰も喋らない」
「零細ですから、精鋭じゃないと稼げないんですよ」
まあ、口に出していないだけで電脳通信で喋っているだけなのだが。電子精霊の結城が通信の統括をしているので盗聴される心配がほとんどないのだ。
『はーい、みんな。お仕事の時間だよ!』
唐突に甲高いアニメ声が脳内に響き、清一郎は顔を顰める。重蔵やローゼマリーも似たような表情だ。
『結城、いい加減に声を変えろよ』
『いやですぅ。変えませーん』
結城は身体がないから声は自由に変えられる。この嫌がらせのような声は所員に非常に不評なのだが、結城はなぜか変えようとしない。
『公安からのデータとウメコからのデータを統合した作戦を今から送るよ。それじゃ、準備してね』
結城の声とともに脳内にイメージが浮かび上がる。正面を泉、八郎、恵子、蓮華。裏口から重蔵、ローゼマリー、ウメコが固める。そして合図とともに突入、内部を制圧する。
建物は分断派が全盛期の時に建てた施設を再利用しているらしい。古い割に原型が保たれているあたり割と最近まで使用されていたようだが詳細は不明。地下もあるようだが……突入後だな。
全員が同時に行動を開始する。事務所の情報統括兼作戦参謀のこと結城の作戦に特に口出しすることはなかった。
「二人は?」
移動した重蔵とローゼマリーを見て泉が驚いている。通信を繋いでいない泉には何の前触れもなく別行動を始めたように見えたのだろう。いちいち全てを伝える必要はない、清一郎は端的に答える。
「彼らは裏に回ります。正面は我々です」
分かれて少し進むと目的の建物が突然現れる。魔術による隠蔽……思った以上に厳重に隠されているようだが、何かあるのか?
疑問を抱えつつも清一郎達が建物の正面入り口へと進む。入り口には立哨が二人立っていて、清一郎達に気づくと小銃の銃口を向けてきた。
泉が懐から紙を取り出して掲げてみせる。
「警視庁公安三課の強制捜査です! 直ちに」
全て言い切る前に鉛玉で返答が来た。予想はしていたため慌てることなく防弾結界を展開。破壊される前に引く。
強制捜査は警察の担当者がいなければ行えず、行うには令状を見せて根拠を示さねばならない。ゆえに身を危険にさらしてまでやらなければならないのが今の儀式だ。公安内に特高嫌いが一定数いる理由の一つである。
「追尾弾頭、いいもん使ってるな」
結城から送られてきた観測結果に清一郎は舌打ちをする。銃弾に魔術回路を加えた追尾弾頭は確実に当たるものでないにせよ通常弾頭と比べれば命中率は飛躍的に向上する。ただし、値段は十倍近くは膨れ上がる。
「どこぞの下部組織ってこと?」
清一郎の隣で伏せて撃ちながら蓮華が言った。
「だろうな。ま、やることは変わらんから俺たちが気にすることじゃない」
清一郎は答えつつ耳の後ろを叩く。電脳通信を使え、という合図だ。まだ経験が浅いこともあってか蓮華は会話する癖がなかなか抜けない。
『考えるのは公安の仕事だ』
通信に切り替えて答えながら清一郎は拳銃を二丁とも抜き、前に出る。
先ほどの立哨が入り口を盾にして清一郎達の方へと銃口を向けて撃っている。前に出た清一郎に気づき銃口を動かすが、遅い。銃口が清一郎に完全に向く前に、視界で赤く囲われている敵二人の顔に同時に弾丸がめり込み、後頭部に大穴を開けて抜けていく。それと同時に蓮華と恵子が立ち上がり清一郎と一緒に建物入り口まで前進。裏口から突入した重蔵達に気を取られたようで入り口には誰もいない。
全員電脳化しているがゆえの連携だ。離れた味方と情報を同期し、敵の位置情報を共有して視線に表示する。
「凄い連携ですね……精鋭と聞いていましたが納得しました」
「少人数ですから、そうじゃないとやってられません」
泉に無難に答えておく。全員が電脳化しているとは考えなかったようだ。人間や魔族はともかくエルフや龍人、ましてや獣人が電脳化しているとは普通思わない。
他人種と比べて身体能力に劣る人間や魔族は身体能力を補う手段を研究し続けていた。その成果である義体や電脳を望む者はそれほど珍しくない。逆に身体能力に優れる他人種は宗教的、習慣的な忌避感から身体の欠損でもない限り人体改造は行わない。そもそも、電脳はともかく義体に関しては元々の肉体の方が基本的に強いのだから当然と言えよう。
事務所の面々が全員電脳化しているのは全員が変わり者だからという一点に尽きる。「都会っぽいから!」と電脳化したウメコが突飛な以外はそれぞれ合理性のある理由ではあるが。
「打ち合わせ通りに泉さんは後方でお願いします。基本的に自衛以外では撃たないように」
泉は頷く。分かっていることでも確認をするのは重要なことだ。特に鉄火事場では落ち着いているかどうかの確認にもなる。
公安であろうとも強制捜査に出ない者もいる。そして現在では強制捜査でも撃ち合いになることはそうそうない。確認作業は確実に必要なのだ。
清一郎を先頭に前進する。聞こえる発砲音や怒号は裏口班が理由だろう。この建物は入り口で守りを固め裏口から逃げるという構造になっている。本来なら逃げ道があるという安心感が士気向上になるはずなのだが、その裏口から侵入されたため混乱している。森の中でエルフに隠蔽は通用しない。
通路を進み、裏口班に対応している奴らを背後から撃っていく。作戦通り派手に暴れているのでそちらに気を取られていて静かに進む清一郎達に気づいていない。時折気づかれても即座に撃ち殺す上に周囲の音と状況の混乱で伝わっていない。
それをいいことに前進すると大きな倉庫らしき場所に出る。どうやら地下室への入り口があるようで、階段から慌てたように構成員が飛び出してくる。
『どうするの?』
『無限湧きするわけじゃない。出てこなくなるまで待つぞ』
蓮華にそう返してすぐ、地下から宙に浮いた少年が現れた。一五歳ぐらいだろうか、かなり苛ついているように見える。
念力で当たり前のように自身を浮かび上がらせているとなると少なくとも乙種以上、十中八九ここの頭だろう。
案の定子供か、と清一郎は嘆息する。強力な念力で全能感を得た子供、それがこの組織の頭だというのは想像がついていた。
清一郎は拳銃を抜いて弾薬を磁場砲用に切り替え、泉に見せる。暗殺していいかという無言の問いに泉は首を振った。
清一郎は内心で舌打ちをし、銃を構えて相手に姿を見せる。
「公安の強制捜査だ。おとなしく従え」
「やかましい国家の犬が!」
少年が激高すると清一郎に向かってパイプ椅子が飛んできた。近くにいた構成員も同時に射撃を始めるが、清一郎の背後にいた蓮華と恵子が牽制していく。パイプ椅子を避けた清一郎が少年に向かってファニングショット、磁界により加速した弾丸が少年に向かって飛ぶ。
しかし、弾丸が少年の数センチ前で静止する。
「こんなもん通用しないよ!」
嘲笑するように笑いながら少年は周囲の者を念力で飛ばす。清一郎はそれを物陰に隠れてやり過ごす。かなり強力な念力ではあるが射程は短いようで、飛ばされた物の動きは全て直線的だ。
「全く、念力がなければただの世間知らずの糞ガキで済んだものを」
「ふはははは! その糞ガキに手も足もでないなんてどういう気持ちだ!?」
調子に乗った少年がソファーを浮かべて射出する。
射出したソファーが清一郎と少年の間で撃墜される。撃墜されたソファーには矢が突き立っていた。
少年が矢が飛んできた方を見る。清一郎は物陰から飛び出し、銃口を向ける。
「何度やっても無駄だ!」
清一郎に気づいた少年が、手のひらを清一郎に向ける。
少年の体が上下に分かれて吹き飛んだ。胸から上と腰骨から下に分かれ、周囲に肉片とまき散らした。くるくると回って高く飛んだ上半身は落下の途中で木箱に当たり、首を不自然に曲げた状態で床に転がった。
清一郎が撃ったのは三発、一発目の魔術弾頭で銃口に合わせて二本の鉄柱を展開、次に親指で撃針を叩いて二発目、二本の鉄柱に強力な電気を流す、小指で撃針を叩いた三発目は電気伝導体で作った特殊弾頭、強力な電磁力で加速した弾丸が念力の力を突破して少年を貫いたのだ。
この手の電磁加速砲は本来地対艦砲として運用される物であるが、電脳による超高速極短時間の魔術展開により消費魔力を個人運用可能にまで抑えて発射可能にした魔術だ。それでも消費魔力が高く人間か魔族にしか不可能で、身体能力に劣る二種族が使うには強化義体が必要になってくる。全身を最先端で固めた清一郎だからこそ可能な魔術だ。
頭の派手な死にその場にいた構成員達が呆然と清一郎を見つめる。
「全員投降しろ」
清一郎が低い声で呼びかけると全員が慌てて銃を捨てた。力の象徴があっさりと死んで心が折れたのだ。
念力系の甲種超能力者は本人が全能感に酔いしれるほど強力だ。周囲も恐怖と憧憬で彼を見ていたのだろう。しかしそれはほかを知らないからこそだ。超能力というのは戦うために生み出された能力ではないのだ。
頭の少年程度であれば事務所の戦闘要員である重蔵、ローゼマリー、ウメコでも殺すことは十分可能だ。清一郎が殺すことにこだわったのは子供を殺すという責は所長である自分が背負うものだと考えたからだ。
戦闘のための能力ではないが甲種超能力は簡単に人を殺せる。だからこそ子供であろうと敵対的な能力使用者の殺害は正当防衛と見なされる。
「全員向こうの壁際に、壁を向いて一列で並ぶように」
泉が出てきて指示をする。清一郎が促すと全員が慌てて移動する。
全員が並んだ所で銃声が聞こえなくなった。
『状況終了。おつかれさーん』
裏口組も制圧が完了したらしい。結城の声とともにウメコが小走りで倉庫に入ってきた。
分かってはいたが、怪我をしていないウメコを見て清一郎が安堵の溜息をついた。
清一郎は胸元から薬を取り出て食み、火を付ける。そして一気に肺に煙を含み、苦みとともに吐き出す。
胸くその悪い仕事だった。