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二重帝国のはぐれ者達  作者: ✝漆黒の陽炎✝
強制捜査
3/11

3

3/2 訂正

「強制捜査って私初めてなんだけど」


 泉が帰った後、蓮華はローゼマリーをソファーに戻しつつ言った。


「ウチは強制捜査自体が滅多にないものね。強制捜査ってどういうものか知ってる?」

「ん~、テレビとかで見る請負人の仕事の代表だったし、ある程度は調べてるけど」


 蓮華はローゼマリーに答えつつ記憶を引っ張り出す。


 本来、警察権力である捜査を請負人に依頼するのは公安の強制捜査には外部の協力が義務付けられているからだ。その原因は公安の前身である特高警察にある。


 日本が『門』でつながった葦原と併合し葦原日本二重帝国となっておよそ三十年ほど、無理に併合した軋轢が表に噴出した。その結果分断派やら欧州同盟やアメリカのスパイやら共産主義者やらが大いに暴れ回った。それを鎮圧するため、特高警察は武力と投入した。そして投入しすぎてやり過ぎたのだ。


 結果として特高警察は解体され公安として再編成。その際に強制捜査権が取り上げられ、当時から請負人と呼ばれていた民間軍事組織、つまりは清一郎達のような存在に委託するようになった。


「正直イメージがわかないんだよ。報道番組や新聞で見かける程度だし」

「証拠品だからねぇ。特に公安関係はあんまり出ないでしょうね」

「マリーはやったことあるの?」

「ある。極力逮捕とは言われるけど基本殺す」


 実に端的なローゼマリーの答えに蓮華は渋そうに目を瞑る。


「……私には無理そうだなぁ」

「蓮華ちゃんが前線に出ることはないし気にしなくてもいいんじゃない?」

「前線に出ないからって出番がないとは限らないでしょ」


 お気楽な結城の台詞に蓮華は反論する。


 基本的には後方支援が蓮華の仕事ではあるが、現場に出る以上戦闘に巻き込まれることも十分ある。だからこそ、身体はもちろん法的にも自らを守るために注意すべき点はしっかり知らなければならない。


「大体、基本殺すって、それやったら強制捜査を私達がやる意味ないじゃん」

「大手が出張るような強制捜査で武力闘争は最近はないらしいぞ。ウチが出張ると何故か撃たれるけどな」


 混乱期を脱してもう五〇年近いのだ。反政府組織に理解を示す者はかなり減っている。武力で抵抗すれば叩かれるような世論も形成されている。武力で抵抗するよりも上手く隠す方法を模索するのが主流だ。

 清一郎達が撃たれる理由は、相手するのが半グレやら半端なヤクザやら主流から外れた阿呆を相手にする事が多いからである。


「ま、今回注意するとしたら超能力者だろうな」

「というと……甲乙丙での対応の違い?」

「ああ、その認識で問題ない。分かってるな?」


 清一郎の問いに蓮華は頷いた。


 『門』の開通以降、人間だけに超能力を持つものが現れだした。その能力は多種多様多岐にわたり、力の強弱も様々であったが、二重帝国では甲乙丙という三つの括りに分けられて管理される。


 ほぼ無害ゆえほとんど縛りのない丙種、人の身体、精神、財産に危害を加えられるため超能力者であることを示す腕輪の装着を求められる乙種、乙種以上の影響を与えられるため住居の指定と職業制限をされるが特別年金も出る甲種。


 強制捜査で気にするべき対応というのは正当防衛に関する法規定だ。簡単に言えば丙種は一般人と同じ、乙種は過剰防衛に気を遣わなくて良い、甲種は無断で能力を行使された時点で殺して良い、と言ったところだろう。


 ふんふんと記憶を探り、ふと思ったことを清一郎に問う。


「丙種ってなんか縛りあったっけ?」

「届け出義務ぐらいだな。今じゃほとんど形骸化してるが、今回の少年みたいなことがあれば照会して捜索される。ま、混乱期の名残だな」


 蓮華が清一郎に聞いた理由は清一郎が丙種の超能力者だからだ。


 清一郎の能力は念力。範囲は自らの両手のひらを広げた程度、最大で小銃弾程度の大きさのものを一〇個程度持ち上げることができたり、シングルアクションの撃鉄であれば引ける程度の力を発揮できる。能力で直接人に影響を与えられないので丙種超能力者になる。


 清一郎はその念力で銃弾を目の前に浮かべてくるくると回す。全力で回しても目で追えるほどの速度しか出ない、弱々しい力だ。


「こんな程度の力に制限掛けても無駄だからな」


 鼻で笑って念力を解いた。ポトリと落ちた弾丸が机の上を転がる。


 転がった弾丸を細い指が持ち上げる。


「あなたらしくていい能力よね」


 上の訓練場から降りてきたウメコが拾った弾丸を弄りながらにんまりと笑った。


「俺らしいってなんだよ」

「優しくて素敵ってこと」


 ウメコは流れるような動きで清一郎の膝の上に座り、しだれかかるようにしながら清一郎の胸ポケットに弾丸をしまった。清一郎は鬱陶しそうな顔をするが拒絶しない。正面に座るローゼマリーが阿呆を見るように目を細めて耳も伏せる。


 清一郎とウメコは恋人だ。蓮華が事務所に入る前から付き合っていて、入ってからずっと同じような調子でウメコが絡んでいる。


 エルフというのは奥手で気難しいというのが一般的な認識だ。ウメコほどエルフらしくないエルフを蓮華は知らない。時々、私は都会の女! といって奇行に走るあたりエルフ関係なくおかしい奴ではあるけれど。


「あー、ぱっさりした」


 上の階から重蔵が降りてくる。ピチピチのシャツに首にはタオル、訓練を終えてシャワーを浴びてすぐに出てきたのだろう。清一郎が舌打ちをする。


「そんな格好で出てくるな。客がいるかもしれんだろうが」

「そのときは俺の体を見てもらえばいいのさ! この一流の請負人って筋肉を見れば頼りになると思うに決まってるからな!」


 重蔵は筋肉を見せつけるような姿勢をとる。二メートルを少し超える長身にビニール袋に無理矢理詰め込んだような分厚い筋肉は確かに一般的な請負人に対するイメージではある。種族全体として学者肌で戦いが苦手な魔族でなければ、だが。


 これが龍人である恵子なら請負人のイメージそのものなのだが、恵子はむしろ細身で出るとこは出ているというモデル体型だ。医師免許まで持ってる本物の医者という、これまた無骨な龍人からかけ離れた人だけれども。


「そもそも、依頼人なんぞそうそう来ないだろう」

「つい寸前までいたんだよ。ほら、見てみろ」


 清一郎は首から記憶素子を抜いて重蔵に渡す。


「じゃあ、私はこっちね」


 ウメコはニコニコと機嫌良さそうに自分の首から伸ばした接続素子を清一郎に繋ぐ。何がそんなに楽しいのかと思うけど、清一郎と一緒にいるだけで常にご機嫌なウメコには何を聞いても無駄だろう。


「……ねえ、これ本当に現代の話? 四、五十年前じゃないの?」

「現代の話なんだな、これが」


 顔を顰めるウメコに清一郎は苦笑いで答えた。


 二重帝国で超能力至上主義によるテロが流行ったのは混乱期中期から後期だ。日本側の分断派の差別意識が人間にしか現れない超能力とが嫌な具合に合わさった結果、大いに盛り上がり、あっという間に消えていった。


「そういえば、お前は直接見てたんだよな」


 エルフの最大の種族特性は長寿だ。三百年から千年ぐらい生きる。寿命の振り幅は人間で言うところの黒人白人等の違いが理由だ。


「その頃はまだ田舎に引っ込んでたから噂程度しか聞いてないわ」


 今でこそ変なエルフであるウメコも昔は一般的なエルフらしく地元に引きこもっていた時期もあったのだ。そしてエルフの里は全てが田舎だ。さすがに今では電気も通っているし便所も水洗が基本だけれどもバスは一日一本だとウメコは言っていた。


 目を瞑って資料を確認していた重蔵が記憶素子を抜いて清一郎に投げる。


「基本的には普通の強制捜査と同じか。秩父の山中に拠点作ってるのが面倒だけど。頭を狙えばいいのか?」


「ああ、頭が力でまとめてるような組織だからな。甲種がそいつしかいないから後は逃がしても問題ないとのことだ。だからウチに仕事が回ってきたんだよ」


 強制捜査は基本的に人の多い大手向けの仕事になる。公安の強制捜査というのは組織に対して行うものゆえに頭数をそろえるのが基本となるし、情報保護のために複数の事務所による合同依頼というのはまずあり得ない。だから人数的に零細な尾張請負事務所に依頼されることはほとんどない。


 今回は清一郎達が助けた少年という関わりがあったのと、組織がそこまでの規模でもないから尾張請負事務所に回ってきたのだ。


「ところで、頭の能力は? 資料になかったが」

「念力だろうが確定じゃない。届け出を出してなかったようでな。どこぞの分断派に囲われてたんじゃないか?」


 丙種はともかく乙種以上の超能力者の届け出不備となると警察が動く案件になる。強力な超能力は周囲にも自身に弊害が及ぶことが多いがゆえに住居を指定するのだ。人によっては魔術なり電脳なりで制御して丙種並にまで押さえ込むこともあるぐらいだ。


「抵抗したら殺すでいいんだよな? 甲種だし」


 清一郎は首を振る。


「頭は俺が殺す。俺より先に見つけたら呼べ」

「あなたのそういう責任感強いの所、私は好きよ」


 ウメコが清一郎にぎゅっと抱きついた。


 素直なのは羨ましいけど、あんなふうにはなりたくないなぁ、と蓮華は何十回目かの感想を抱いた。


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