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二重帝国のはぐれ者達  作者: ✝漆黒の陽炎✝
強制捜査
2/11

2

 東京で最も目立つものと言えば『門』だろう。西暦一九三四年三月二八日未明、世界中に現れた異なる世界を繋ぐ空間異常で現在残っている四つのうちの一つ。テロを警戒した帝国政府が当時の歌舞伎町を大改造して作り上げた防衛都市の中央に位置する、高さ百メートルはある防壁に囲まれた広大な広場。現代の技術で可能な限り広げ、なおかつ周囲を広場にすることで塞ぐことをほぼ不可能にした空間異常を中心とした『門』こそが最も目立つ建造物だ。


 その『門』を中心に新たに区分けされた新宿区の一等地。『門』へと続く大通りのすぐ裏道にある小さなビル。一階に喫茶店があり、二階の窓に『尾張請負事務所』と書かれたビルが清一郎達の職場だ。


 そんな事務所の前に一人の小柄な、中学生ほどに見える少女が歩いてくる。今日は平日ということもあり近くの大人達は怪訝な様子で彼女を見るが、彼女は一切気にした様子もなく歩いている。彼女は来栖蓮華、元々幼く見られやすいドワーフの上に童顔という二十二歳だ。


「店長、おはよう!」


 少女は喫茶店の中に手を振って挨拶をすると階段をカツカツと階段を上がっていく。


「おはようございまーす」

「おはようございます」


 蓮華の挨拶に最初に答えたのは実物大のビニル人形。五年前ほどに流行った漫画の主人公をかたどったそれに憑依した付喪精霊健二だ。事務所の雑務担当である彼はティーカップに入れたコーヒーを運んでいた。


「はよー!」

「おはよう」


 次に聞こえたのはパソコンのスピーカーで、もう一人は電算機の鎮座する机の前で画面をにらんでいる所長の尾張清一郎。電算機から聞こえてくるアニメ声は電子精霊結城、事務所の会計事務だ。


「……おはよう」


 最後に答えたのはピコピコ動く猫耳が可愛らしい獣人、ローゼマリー・ボルネフェルト。ソファーに座って本を読む彼女は獣人としてはかなり珍しい純正魔術師だ。今読んでいるのもかなり高度な魔導書で、専門外の蓮華には内容はさっぱりだ。


「ほかの三人は?」

「重蔵は上、ウメコも上、恵子はまだ来てない」


 蓮華の質問にわずかにガリア訛りの残る発音でローゼマリーが答えた。


 事務所ビルの三階は訓練場になっている。重蔵の鍛錬にウメコが付き合っているのだろう。


 蓮華はローゼマリーのすぐ隣に座る。


「恵子さんは……昨日の子供?」

「そのはず。気に掛けてたから」


 魔導書から目を離さずに起伏のない声色でローゼマリーは言った。


 昨日の依頼で助けたという少年は結局山を下りても意識を取り戻さなかったため病院へ搬送している。元々、医者を志し医師免許を持っている恵子は事情聴取も含めて彼の一時保護を担当している。


 依頼のことを思い出した蓮華は清一郎を見る。


「所長、腕は大丈夫?」

「違和感はない。まぁ、あの程度でいちいち違和感出てもこまるんだがな」


 清一郎は画面から目を離してにらみつけるように蓮華を見る。にらみつけているようで、実際は三白眼のせいでそう見えるだけだが。出会った頃はビビっていた蓮華だが、もうなれた。


「だからってちゃんと見ないとだめだからね。いざというときにおかしくなったら困るのは所長なんだからね」

「分かってるよ。おまえの言いつけを破るほど馬鹿じゃない」


 清一郎は鼻を鳴らすと画面に視線を戻した。事務所の機械技術担当である蓮華は清一郎の義体の担当でもある。まだ技術的に浅い義体技術には不具合は付きものだから無理をしたら毎回蓮華が見ているのだ。


 昨日の磁場砲ぐらいじゃ無茶とは言わないけれど。


「どうぞ」

「あ、ありがとう」


 健二が蓮華の前にコーヒーカップを置いた。


「体の調子はどう?」

「問題ありません。蓮華様には感謝しかありません」

「いいよもう、何度も何度も言わなくて。私だってやりたいからやってるんだし」


 健二の体はビニル人形だが、中には義体技術が詰まっている。蓮華が事務所に入った際に、動きにくそうにしていた健二の足を実験的に軽く義体改造したらなめらかに動くようになったのだ。元々、義体技術に興味を持っていた蓮華はこれ幸いとばかりに健二の体をやりたい放題したのだ。そしてその成果が安定版として清一郎の義体に使われている。


「で、今日の仕事は?」

「とりあえずは姉さんが来てからだ」


 清一郎は恵子のことを姉さんと呼ぶ。当然のごとく本当の兄弟ではないが古い馴染みではあるらしい。清一郎の次に事務所に長くいる人で、清一郎は恩があって頭が上がらない、という程度のことを蓮華は知っている。


 噂をすればなんとやら、話をしていたところに恵子が現れた。


「おはよう」


 妙に色気のある声で挨拶しながら入ってくる恵子の後ろを壮年の男がついてくる。カッチリとしたスーツ姿のその男は物珍しそうに見回しているように見えるが、視線が妙に鋭く感じる。まるで情報収集か、それとも監視をしているかのように思える。


「依頼人、連れてきたわ」

「どうぞ、お座りください」


 清一郎がソファーを依頼人にすすめ、反対側に座る蓮華とローゼマリーに払うような手振りで指示をする。


 蓮華は素直に退いたがローゼマリーは一切動かない。


 清一郎が目を細めてローゼマリーをにらむが、ローゼマリーは清一郎を一瞥しただけで動こうとしない。


 清一郎は舌打ちをするとローゼマリーの隣に座った。


 ローゼマリーは清一郎から離れるように間を開ける。


 清一郎の顎にぐっと力が入り、拳がぎゅっと握られる。


 見かねた蓮華がソファーの後ろからローゼマリーを抱え上げて回収する。ドワーフとしても小柄とはいえ並のドワーフ程度には蓮華も力があるのだ。


「恥ずかしい姿をお見せしました……」

「いえ、文化の違いは大変ですから。特に獣人ともなればガリア出身でしょうし……」


 『門』ができて以降、日本側は文化の違いというものに大変苦労した。黒人白人黄色人種なんてくくりより遙かに性質が違う人種が一気に現れたのだ。八十年経った今でも地方の田舎では他人種に驚く人がいるぐらいだ。


 清一郎は気を取り直して依頼人を見る。


「所長の尾張清一郎です」

「警視庁公安三課の泉浩二です。君が清一郎君ですか……」


 名刺交換をしたところで泉が懐かしむように清一郎を見た。


「どこかでお会いしましたでしょうか?」

「いえ、前所長から君のことを聞いていたんです。あのときは仕事で葬式にも行けなかった……」


 泉は悔やむように視線を伏せる。


「立派に事務所を運営しているようで、大沢さんもきっと安心しているでしょうね」

「枕元で説教されないように頑張ってるだけです」

「それは……考えただけでも恐ろしい」


 二人が故人を思い出すようにクスクスと笑う。


「あまりあの人の話をしたら本当に枕元にたたれそうですし、そろそろ本題を話しましょう」

「あの少年の件ですか」


 清一郎が問うと、泉は頷いた。


「ええ、彼はまあ、過激派に誘拐されていました。依頼はその過激派の強制捜査です」


前話では四話まで一日ごとと言いましたが五話までです。

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