1
よろしくお願いします。
「ああもう! 割に合わねえ仕事だなくそったれが!!」
森に男の叫びが響く。若い男だ。体格は標準、顔は整っているが、というか下手に整っているせいで三白眼がやたら凶悪に見える。腰に大きな二丁の拳銃を捧げ、やたらとポケットの多い戦闘服を着込んでいる。名前は尾張清一郎という。
走る清一郎の背後から木々をなぎ倒す轟音と背筋を凍らせるような咆哮。
男がチラリと見やった先には鬼がいる。二メートル半の体躯に太い手足をつけた灰褐色の人型の妖怪。爛々と輝く赤い目が男の方を見ている。
「さすがに鬼は予想外だよなぁ」
清一郎のやや後ろから男の声がする。
清一郎よりも大柄で、青い肌に白髪、額には角が二本生えていて、白目が黄色で瞳が赤。典型的な魔族、片手に刀を握っているという例外を除けば少々大柄で筋肉質なだけの普通の魔族、ペレ・ハムハム・重蔵だ。
「真正面から足止めしろよ似非サムライ!」
「そういうことはマリーに言えって! 今日はいないから帰ったらな!」
騒ぎながら走る二人にむかって、鬼がへし折った木を掴んで振りかぶる。そして振りかぶった木が爆散した。
鬼の視線が重蔵と清一郎から外れる。鬼の視線の先には女がいた。
二人と同じような戦闘服に身を包み、弓を構えた小柄な女が木の上にいた。まるで夜の闇のような美しい黒髪に計算して造り込んだような美貌、特徴的な長い耳が髪を突き破って自己主張している。エルフのウエサトミヤウメコだ。
鬼の視線が通った時にはすでに構えを解いて木の上を飛ぶように移動している。鬼が再度木を投げつけるが、ウメコが空中で放った矢が当たって真っ二つに分かれる。彼女の弓は張力一トンという、同族のエルフですら耳を疑う超豪弓だ。矢によっては装甲車すら貫く。
「やっぱりエルフは自然の中だと生き生きしてるよな!」
男二人のそばまでやってきたウメコに重蔵が言った。
「冗談! 私は都会の女よ! コンクリートジャングルでこそ輝くの! ところであんた顔色悪いけど大丈夫なの?」
「森林ばっかの田舎からきた田舎者は知らんだろうけども、魔族ってのはこの青が絶好調の証なんだよ!」
清一郎は二人の言い合いを聞きながら拳銃を二丁とも抜く。
でかい。その回転式拳銃を見た最初の感想はだれもがそうだろう。銃そのものもでかいが特に弾倉がでかい、というか長い。理由は単純で薬室が三八規格と呼ばれる小銃弾規格だからだ。
清一郎は人間には射撃不可能と思われる拳銃を両手に持って鬼に向かって発砲。両腕から見える青白い光は義体の魔力回路だ。義体で強化された両腕で強引に小銃弾を放つ拳銃の反動を押さえきっていた。
小銃弾は鬼に食らいついた。弾丸を喰らった鬼は特にダメージを受けた様子はなく、忌々しそうに清一郎をにらみつける。
「やっぱ通常弾じゃ無理だよな」
特に落胆する様子もなく清一郎は言った。その間に薬室から空薬莢がこぼれ落ち、胸ポケットからひとりでに出てきた弾薬が装填される。そして清一郎は拳銃を拳銃嚢へと戻すと右手の人差し指と中指を耳の下に当てる。
「姉さん、そっちは大丈夫?」
『問題ない。右手三百メートル』
清一郎の脳に艶めかしい女性の声が響く。言われた方向を見るとこんもりとした人影が走っていた。
走っていたのは戦闘服を着ていても分かる女らしい体型をし、魔族とは違う角とうろこのような皮膚を持つ龍のような頭をした龍人。井苅恵子だ。恵子は肩に人を二人、中年の男とボロボロの格好の少年を担いで走っていた。
『ま、鬼の視界からは外れたんじゃないの。ん? 先生、ここは男を見せるところでしょ。頑張って』
「依頼人には丁寧に接してくれよ、たのむから……」
嘆くように清一郎は言った。清一郎の逆らえない人物の一人なので語尾が大分弱くなっている。
「依頼人と要救助者の安全確保はできたってことでいい?」
「俺とウメコが援護するからとどめは頼むぞ」
「とどめは私じゃないの?」
「金がかかる! 結城に言い訳するならいいぞ」
「一撃で決めなさいよ」
ウメコは重蔵の肩を叩くと木々を蹴りながら木の上に登った。
重蔵は身を翻して刀を抜く。構えは上段、構えたまま鬼に向かって走る。鬼はやや細めの木を掴むとへし折って自らの武器とする。
武器は鬼の方が長い。しかし重蔵は気にせず突っ込む。それは彼が愚かだからではなく仲間を信頼しているからであり、自身の役割を理解しているからだ。
振りかぶった鬼の膝に矢が突き刺さった。鏃が劣化ウランで造られた矢は堅い鬼の筋肉や骨を砕き貫いて地面に突き刺さった。
鬼が膝をつくが木は振り上げられたままだ。それが振り下ろされる直前で手首ごと後方へと吹っ飛んでいった。
清一郎が拳銃を腰だめ撃ちをしていた。発砲音は一発分しか聞こえなかったが、足元にこぼれ落ちた薬莢は二つ。シングルアクションの回転式拳銃だから可能な超高速連続射撃、適当な日本語がないため今でもファニングショットと呼ばれる射撃術だ。一発目は魔術弾、銃口の先に磁場を形成するためのもので、二発目を加速させて射出して威力を高めるのだ。高速射撃により磁場の維持時間を極力減らすことで魔力消費の軽減と磁場の強化をし、強化義体で反動を強引に抑え連射速度も引き上げるという、かなり強引ではあるが対物狙撃銃を遙かに超える威力を放つ強力な技だ。
武器を失った鬼に重蔵が猿叫を上げて斬りかかる。心金にミスリル、刃金にアダマンタイトという阿呆のように贅沢な刀が鬼の体をスルリと通り抜けた。
肩口から骨盤までバッサリと切られた鬼は力なくバサリと倒れ、黒い煙となって消えていく。十秒程度で塵も残さず消え去り、鬼がいたという証は破壊された木々のみとなった。
「……報奨金でるかね」
「ん~、先生いるし、なんとかなるんじゃない?」
無理をした両腕を確認するようにぐるぐる回す清一郎に、ウメコは重蔵から渡された矢を確認しながら言った。
「役人はけちくさいんだよなぁ」
深々と溜息をついた清一郎に人を担いだ恵子が近づく。恵子はその場に担いでいた二人を降ろし、意識のない少年をテキパキと調べていく。
「情けないこと言ってんじゃないの。鬼を倒したのだからそこを誇りなさいな」
「俺はあんたらみたいな戦闘民族じゃねえんだよ」
清一郎は胸ポケットから紙巻きを取り出して咥え、火をつける。そして一気に煙を吸うと、ゆっくりと時間を掛けて吐き出していく。
「まさか本当に3人で鬼を倒すとは……」
胸元を押さえていた神経質そうな中年の男が呆然と言った。清一郎達が受けた依頼、秩父付近におけの魔力濃度異常の調査のための研究員の護衛、の護衛対象だ。
鬼、というのは現在確認されている妖怪の中でも強い部類に入る。軍隊であれば一体相手するのに一小隊は投入するだろう。
「金さえ掛ければ殺せる装備はそろえられます。それこそ、大手ならあのぐらい一人でどうにかするものもいるぐらいですから」
なんでもないように清一郎は言ったが、実際は武器をそろえればどうにかなる相手じゃない。あくまで当たれば殺せるだけである。要は日本人らしい謙遜だ。相手が日本側だとそうしたほうが受けがいいと営業で学んだ。
が、今回の依頼人には受けが悪かったようで、見咎めるように清一郎を見た。
「……大変だったとはいえこんなところでたばこを吸うのはどうかね?」
「これ、たばこじゃなくて薬でして。ちょっと義体に無理をさせてしまったんで」
自身の腕に軽く魔力を流し、青白く回路を光らせる。腕の七割近くを覆う回路を見て依頼人が顔を顰める。
「体をそこまで弄る気持ちは理解できん」
「こうしないと両腕失ってましたから」
忌々しそうに視線を背けた依頼人に清一郎は失敗したなぁと内心で溜息をついた。頑張って学びはしたがおべっかは元々苦手、仕方がないと開き直り少年を処置していた恵子へと視線を向ける。
「どんな感じ?」
「軽い栄養失調以外は問題ないね。遭難した、と考えるのが不自然じゃないとは思うけど」
「情報はなかったからなぁ」
山に入る前に付近の遭難者情報を確認しているが少なくとも彼のような少年が遭難しているという情報はなかった。
「厄介ごとじゃない?」
「嬉しそうに言うな」
面白そうに身を寄せてきたウメコに清一郎は顔を顰めた。
存在しないはずの遭難者、しかも成人していないような少年。
厄介ごと以外の何かとは考えられず、清一郎は大きく溜息をついた。
短編の連続の予定です。
今の話は四話で終わり、それまでは毎日投稿します。