047「魔力の純度」
ハヤトから力を一時的に譲り受けたベロニカ・アーデンブルグがクリムゾンオークへ駆け出した。
「てやぁぁぁぁ〜〜!!」
ドカッ!
「ぐもぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
ガガガガガガガッ!
ベロニカの速度を捕らえられなかったクリムゾンオークはベロニカの魔力の籠もった側頭蹴りをまともに食らい、三十メートルほど吹き飛ばされた。
「うぐぐ⋯⋯な、何故だ? 何故、おれより魔力量は少なかったはずなのに⋯⋯こんなにも速度や威力がおれよりも⋯⋯跳ね上がる⋯⋯?」
クリムゾンオークが信じられないという表情でヨロヨロと立つ。
「わからないの? まあ、そっか⋯⋯そうよね。私だってハヤト・ヴァンデラスの魔力に触れて理解できたもの」
「な、何を⋯⋯?」
「簡単に言うと、お前とハヤト・ヴァンデラスの魔力とでは『純度』が圧倒的に差があるってこと。そして、その差は魔力量よりも重要ってことだと今知ったわ。だから、いくら魔力量が上でも純度の差でその量を補っている⋯⋯ううん、凌駕してるもの」
「なっ?! ぐ、ぐふ、ぐふ⋯⋯ざ、戯言を抜かすな、小娘」
「ん?」
「ま、魔力に純度などあるわけがない! そんなの聞いたこともないぞ!」
「そうね。私も知らなかったわよ。でも、今、このハヤト・ヴァンデラスの魔力を纏ってわかったわ。理解したというより⋯⋯⋯⋯理解せざるを得ないって感じ。それにお前だってわかったでしょ? さっきの一撃で?」
「?! ぬ⋯⋯ぬぐぐ⋯⋯」
「そ、それにしても本当にすごいわ、コレ。ハヤト・ヴァンデラスの⋯⋯あいつの魔力がこんなにも濃く、力強く、そして透き通っているなんて。魔力ってこんなにも綺麗なモノだって初めて知ったわ⋯⋯⋯⋯本当に一体何者なのよ、あいつ⋯⋯」
ベロニカはクリムゾンオーク以上に一時的に渡されたハヤトの魔力に驚き戸惑っている。しかし、
「でも⋯⋯⋯⋯おかげで下劣なお前に全く負ける気はしなくなったわっ!」
「!? ぐ、ぐぬぬぬ⋯⋯さっきまで怯え震えていたニンゲンのくせに⋯⋯⋯⋯なめるなぁーーっ!」
ダンっ!
クリムゾンオークが大きく大地を蹴り、超加速でベロニカへと迫った。これまでの中で一番の踏み込みスピードで。しかし、
ガシッ!
「なっ⋯⋯?!」
「だから言ったでしょ?」
クリムゾンオークが両手でベロニカの頭を破裂させようとしていたが、ベロニカはそのクリムゾンオークの両手を特に力を入れているようには見えない仕草でピタッと止めた。それと同時に、
「そういえばさっき⋯⋯その両腕で私の腕を引き千切ろうとしたわよね?」
「ビクッ!」
「おおおおおおおおおお⋯⋯⋯⋯はぁっ!!!!!」
ベキャ!
「うぎゃあああああああああ!!!!!」
ベロニカはクリムゾンオークの両腕を脇に抱え、腕力だけで強引に折った。
「あ、そうそう、あなた⋯⋯自己修復能力があるんだったわよね?」
「ぎくっ?!」
「あとあなた⋯⋯高貴なる私をその汚い手と足で散々痛ぶり回してくれたわよね? しかもワザとすぐには殺さずじっくりゆっくり楽しんでいたわね?」
「え⋯⋯あ、いや⋯⋯あの⋯⋯」
「さぞ楽しかったでしょう? だってあなた、弱い者を痛ぶるのが大好物な変態だものねぇ?」
「あ、ああああ⋯⋯」
「というわけで、これまでの分を利子つけて返してあげるわ。もちろん⋯⋯自己修復能力が間に合わないレベルの攻撃よ? さあ、受け取りなさい」
「え、あ、ちょ、ちょっ、待っ⋯⋯?!」
「おらぁ! おらぁ! おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
その後、ベロニカは腕と足に魔力を集中させ、魔術ではなく拳と蹴りといった体術だけでクリムゾンオークの体を抉りまくり、グチャグチャにしていった。
「お、お前⋯⋯おおお、女のくせに⋯⋯そ、そんな⋯⋯残虐な攻撃を⋯⋯平気で⋯⋯」
「あら? 私は上級貴族アーデンブルグ家の次期当主、ベロニカ・アーデンブルグよ? お前みたいな醜い者にあれだけ蹂躙されたのよ? それ相応の仕返しは自然の摂理でしょ?」
「い、いや、おれの時よりも数十倍⋯⋯酷い⋯⋯」
「死ねっ!」
グシャ!
ベロニカは顔半分になって喋っていたクリムゾンオークをさっさと足で潰した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はあ、はあ、はあ、はあ⋯⋯⋯⋯わ、私が⋯⋯あのS級魔物の上位ランカー⋯⋯クリムゾンオークを倒した⋯⋯はあ、はあ、はあ⋯⋯⋯⋯嘘でしょ? 嘘⋯⋯嘘よ、こんなの? こんなの⋯⋯あ、あるわけ⋯⋯」
戦いが終わりふと冷静に戻ったベロニカは、自分がS級魔物の上位ランカークリムゾンオークを圧倒して倒した現実を認識する。すると、そんな普通ならあり得ない現実にベロニカはまた混乱に陥りそうになる⋯⋯が、
「いや現実だ、ベロニカ・アーデンブルグ」
「?! ハ、ハヤト・ヴァンデラスっ!」
さっきまで大木にもたれて休んでいたハヤトがベロニカに声を掛けた。声をかけられたベロニカはハヤトの声にビクッと顔を赤くさせ直立不動となる。
「よくやった」
「ふ、ふふふ、ふん! と、とととと、当然の結果ですわ!」
ベロニカはなるべく、なるべく、いつも通りに振舞うよう全身全霊で言葉と態度に集中した。
「それにしても、お前⋯⋯」
「!? な、ななな、何よっ!」
「キレたらおっかない女だな」
ピシッ!
ベロニカの脳内に大きな亀裂が刻まれる。
「あ、ああああ、あれは違う! 違いますわ、ハヤト・ヴァンデラス! わ、私は、本当はすごく怖かったから、そ、そそそ、それで、ただ夢中になっていただけで! 決して、そんな野蛮な女では⋯⋯っ!」
ベロニカが必死になってハヤトに弁解言葉を連ねた。すると、
「大丈夫か、ハヤト・ヴァンデラスっ!」
「ハヤトーっ!」
「お、来たか、二人とも」
「ちょ!? ハヤト・ヴァンデラス! 私の話をちゃんと聞いて⋯⋯⋯⋯っ!? お、お前は⋯⋯⋯⋯⋯⋯ティアラ・ヴァンデラスっ!」
ハヤトに声をかけたのは、追いかけてきたソフィア・ハイマンとティアラ・ヴァンデラスだった。




