046「選手交代」
「げふ、げふ、げふ⋯⋯ニンゲン、よくもやってくれたな。しかし、驚いたぞ? おれの腕を手刀で斬り落とすとは。ニンゲンにしては上出来だぞ、げふ、げふ。だが⋯⋯」
クリムゾンオークが再生した両腕を揺らし、ゆっくりとハヤトに近づいてくる。
「ニンゲン風情の分際でっ! おれ様のう、う、うううう、腕を、腕をぉぉぉぉ、斬り、斬り、斬り落としやがってぇぇぇぇぁぁぁぁあぇぇぇーーーー!!!」
ドン!
クリムゾンオークもハヤトと同じように膨大な魔力を放出する。しかし、その放出の威力は、
「ハ、ハヤト・ヴァンデラスのよりも⋯⋯ずっと⋯⋯強大⋯⋯」
「ふむ。S級魔物の上位ランカーは伊達じゃない、ということか」
そう、クリムゾンオークの魔力の放出量がハヤトの上をいっていたのだ。
そして、それは同時に⋯⋯⋯⋯魔力量がハヤトよりも上であることを意味していた。
「や、やっぱりまずいわよ、ハヤト・ヴァンデラス! クリムゾンオークはあなたよりも強いわ! 一応、二対一という構図になってはいるけど⋯⋯⋯⋯正直、私は何の役にも⋯⋯立たない」
ハヤトとクリムゾンオーク両者の膨大な魔力が放出された状態の戦場では、ベロニカはその地に立つことさえできない。その為、ベロニカは今、ハヤトに片手で抱えられている状態だった。
それはハヤトにとって手助けするどころか、かえって足手まといとなっている。そして、そのことを誰よりも痛感しているのがベロニカ本人であった。
「さっきまでは生徒達を逃がす側だったけど⋯⋯これじゃあ、私⋯⋯みじめ⋯⋯すぎ⋯⋯る⋯⋯じゃな⋯⋯い⋯⋯」
「⋯⋯」
ベロニカは『何もできない悔しさ』と『圧倒的な無力感』に血が出るほど歯を食い縛り涙を溢した。ハヤトはそんなベロニカをソッと眺め、そして、
「ふむ。では、かわりに⋯⋯⋯⋯お前にクリムゾンオークを倒してもらうとするか」
「⋯⋯え?」
ハヤトが軽く放った言葉に一瞬、聞き間違いと思ったベロニカはキョトンとした顔をする。
「だから⋯⋯ベロニカ・アーデンブルグ。今からお前にクリムゾンオークを倒してもらうと言った」
「?? な、ななな、何を言って⋯⋯わ、私ではどう足掻いたって⋯⋯勝ち目は⋯⋯」
「問題ない。俺がお前に『一時的』に力を与える」
「えっ?! そ、そんなことが⋯⋯」
「ただし! 力を与えるだけで実際にどう戦うかはすべてお前がやることになる。俺は力を渡すので一時的に動けなくなるから手助けはできないが⋯⋯⋯⋯やってみるか?」
「⋯⋯っ!? や、やるわっ!」
ベロニカは一瞬⋯⋯ほんの一瞬だけ怯んだが、すぐに力強く返事を返す。
「うむ。その意気だ。では、いくぞ⋯⋯」
そう言うと、ハヤトは抱えているベロニカを強く引き寄せる。
「ちょっ?! ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと! な、何を⋯⋯っ?!」
「動くな! 今から直接魔力を送るからジッとしていろっ!」
「!? は、はいっ!」
さっきまで淡々と喋っていたハヤトが突然怒鳴った為、思わず素直な返事を返すベロニカ。
「はぁぁぁぁ⋯⋯⋯⋯⋯⋯ぬんっ!」
「きゃっ!?」
——瞬間、ハヤトの体から神々しい膨大な光がスッとベロニカの体に移動した。
「な、ななな、何よ、これ!?⋯⋯⋯⋯何なのよ、この⋯⋯⋯⋯膨大な魔力はっ!」
ハヤトから魔力を受け取ったベロニカがそのハヤトの魔力の質、密度、膨大な量にただただ呆然としている。
「はあ、はあ、はあ⋯⋯⋯⋯では、頼んだぞ、ベロニカ」
そう言うと、ハヤトは一旦、クリムゾンオークから距離を取り、近くにあった大木へと体を預けた。
「はあ、はあ⋯⋯これで俺はしばらく動けん。大丈夫か、ベロニカ?」
ハヤトはベロニカに自身の魔力を与えた為、一気に体が消耗していた。
ハヤトはベロニカの目をみつめる。
「⋯⋯うむ。その目なら大丈夫のようだな」
さっきまで恐怖と無力で非力な自分に対し悔し涙を流していた弱々しい目はもうそこにはなく、ベロニカ・アーデンブルグらしい憎らしいほどの自信と高貴さに満ち満ちた目を輝かせていた。
「では、頼んだぞ、ベロニカ・アーデンブルグ」
「わかってるわよ、まかせなさい!」
ニコッと自信満々の笑顔で返事をするとベロニカはクリムゾンオークへとゆっくり歩き出した。
「⋯⋯ありがとう、ハヤト・ヴァンデラス」
ベロニカはハヤトに聞こえないよう、小さな、小さな声で感謝の言葉を呟くと、眼前の敵に向かって勢いよく駆け出した。




