030「圧倒」
俺はライオット・シャゼルバイゼン。
合宿初日の午後、突如、A組のティアラ・ヴァンデラス、イザベラ・カンツォーネ、マリアンヌ・ベルガモットがD組へと編入。さらにソフィア・ハイマン先生も正式にD組の副担任としてやってきた。
合宿初日ですでに訳のわからない状況であるが、さらに今度はティアラ・ヴァンデラスがハヤトに説教をし、そしてなぜか組手演習をすることとなった。
「お姉ちゃんの強さ⋯⋯⋯⋯見せてあげる!」
魔力解放をし戦闘準備が整ったであろうティアラ・ヴァンデラスがふっと呟いた直後、姿が消えた!⋯⋯⋯⋯いや、姿が消えたのではなく、一瞬でハヤトの目の前に出現したので超加速だったのだと思うが、もはや俺たちD組の生徒には動きが追えなかった。
「ダダダダダダダーーーっ!」
「は、速い⋯⋯っ?!」
ソフィア先生がティアラ・ヴァンデラスが放つ体術連撃の速さに驚いている。しかし、
ガガガガガガガガ⋯⋯!
ハヤトはティアラ・ヴァンデラスの連撃を完全に捌いていた。本来、D組にいる生徒はほとんどが下級魔術士でハヤトと同じだ。なのに、俺たちはティアラ・ヴァンデラスの連撃どころか何をやっているのかさえわからないくらいなのに、同じ下級魔術士のハヤトが完全に捌けているのはあり得ない。
「やるじゃない⋯⋯ハヤト。ちなみに、あんた、この時点で下級魔術士という評価が完全に破綻しているんだけど?」
「まあ、そうだろうな」
「なんで下級魔術士がそこまで余裕かまして⋯⋯⋯⋯A級魔術士の私の連撃を完全に捌いてんのよっ!」
「これが⋯⋯俺がこれから皆に教えたい『新魔力供給』で得られる現象だ」
パン⋯⋯っ!!
二人がバッと一度距離を置く。
ティアラ・ヴァンデラスは「じゃあ今度は魔術攻撃よ」と言って魔力を高めようと再び魔力を放出しようとした⋯⋯⋯⋯が、それは叶わなかった。
「え? な、なに? 大気が⋯⋯震えて⋯⋯」
すると、ティアラ・ヴァンデラスが先に『異変』に気づく。
「え? ちょ、ちょっと待って⋯⋯⋯⋯あ、あああ、あんた、何よ、それ? それ、魔力放出⋯⋯⋯⋯なの?」
ズズズズズズ⋯⋯。
ティアラ・ヴァンデラスが指摘したのを聞いて俺たちはハヤトに目を向ける。すると、ハヤトの体から魔力のオーラが放出されているのだが、その放出の形が見たことがない出方だった。というのも、本来であれば魔力放出は魔力量によって爆風のように勢いよく外側へと放出される。しかし、ハヤトの魔力放出は周囲にではなく上へと放出されていた。
ゴゴゴゴゴゴ⋯⋯。
しかも、それだけじゃなく、地鳴りのようなものが周囲をビリビリと震わせ、相手や周囲に対して『圧』を加えている。
「くっ?! な、なによ、これ⋯⋯。こんなの見たことが⋯⋯」
ティアラ・ヴァンデラスがハヤトからの魔力放出から放たれた『圧』だけで体を硬直させて動けないでいた。もちろん、俺たちD組の生徒や元A組のイザベラ・カンツォーネとマリアンヌ・ベルガモットもまた体を硬直させている。ちなみにD組の生徒の中で人によっては立つことさえできず地面に片膝をついてグッタリとしている者もいた。
そんな中、ハヤトの魔力放出の『圧』に当てられても動ける者がいた⋯⋯⋯⋯ソフィア・ハイマン先生だ。よく見るとソフィア先生もまたハヤトと同じ魔力放出をしている。
「ハヤト・ヴァンデラス⋯⋯⋯⋯お前、なぜ⋯⋯⋯⋯S級魔術士の魔力放出をしている?」
「「「「!!!!!!!!!」」」」
ソフィア先生の言葉に周囲が驚愕の顔に歪む。
「ク⋯⋯S級魔術士の魔力⋯⋯放出?」
「そ、それって⋯⋯つまり⋯⋯ハヤトがS級魔術士⋯⋯て⋯⋯こと?」
「な、なんで? な、何が⋯⋯何がどうなってるんだよ、おい!?」
皆が各々動揺の言葉を発する。
「ハ、ハヤト⋯⋯あなた⋯⋯一体⋯⋯」
苦悶の表情で何とかティアラ・ヴァンデラスが体を少しずつ動かして魔術を放つ構えをする。
「たぶん、この世界で⋯⋯常識的に生きてきた人たちにとっては信じられないかもしれんが『大気からの魔力供給』には魔術士ランキングは⋯⋯⋯⋯意味をなさない」
「⋯⋯えっ?」
「な⋯⋯っ!?」
ハヤトの言葉に呆然としたティアラ・ヴァンデラスの後ろからソフィア先生がハヤトに問いただす。ハヤトはそのソフィア先生の問いを⋯⋯⋯⋯行動で表した。
「⋯⋯んっ!」
ドン!
バババババババババ⋯⋯っ!!!!!
「「「「がっ?!⋯⋯⋯⋯ぐぅ⋯⋯」」」」
驚いたことにハヤトは今の状態から更なる魔力放出を放った。その放出する魔力はさっきと同じく上へと上がっているのだが、ただ上がるのではなく『渦を巻きながら螺旋を描いて』上へと魔力が放出されている。当然、その魔力放出に伴う『地鳴り』や『圧』はさっきとは比べ物にならない。俺たちは意識を途切れさせないように耐えることしかできないでいた。
俺はチラリとティアラ・ヴァンデラスとソフィア先生を見た。ティアラ・ヴァンデラスは完全に体が動けずにいるようで歯痒い顔をしている。ソフィア先生は「信じられない」という表情で何とか体を動かすことはできているもののまともに闘うことはできないようだった。
「恐らくソフィア先生は気づいていると思うが、これが魔術士ランキングで言うところの最高峰⋯⋯⋯⋯特S級魔術士の魔力放出だ」
「「「「なっ⋯⋯?!」」」」
皆がハヤトの言葉に絶句する。
「な、なんという⋯⋯圧倒的な⋯⋯」
ソフィア先生がハヤトを見て愕然とした表情で呟いた。
オ、特S級魔術士の魔力放出?
な、何が、どうなってんの?
すると、ハヤトが「これ以上は危ないな⋯⋯」ということで魔力放出を解除する。その瞬間、その場にいた全員が膝をついた。しかし、その中の数人は気絶している者もいたのでソフィア先生が治癒魔術で回復させるべく、バタバタ動いていた。
「これが大気から魔力を供給することで得られる力だ」
「「「「⋯⋯⋯⋯っ!?」」」」
「まあ、でも今の特S級魔術士に至るには個人差があるだろう⋯⋯⋯⋯が何人かはそこまでいけると俺は思っている」
一人立ち尽くすハヤトが起こした規格外の現象に呆然とする俺たちだったが、
「と、とりあえず⋯⋯⋯⋯とりあえず皆、一旦⋯⋯⋯⋯落ち着こ?」
リンガの言葉に全員が納得の声を上げ、その場に座り込んだ。
合宿はまだ初日の午後を迎えたばかりである。




