029「姉弟喧嘩勃発」
お昼が終わり、自分たちの演習場へと戻った俺たちとソフィア先生は軽く体を動かしたりストレッチなどをしてハヤトの例の『大気からの魔力供給』の準備をしていた⋯⋯その時だった。
「ハヤトっ!」
「「ハヤトくーんっ!」」
「ティ、ティアラっ! そ、それにイザベラとマリーも⋯⋯」
なんと、A組の紅蓮の乙女ティアラ・ヴァンデラスと、イザベラ・カンツォーネ、マリアンヌ・ベルガモットが現れた⋯⋯⋯⋯なんで?
「遅かったな」
「せ、先生がイキナリだったからでしょ! 寮の荷物を移動するのが大変だったんですから!」
「そうですよっ! これでも急いだんですぅー!」
「⋯⋯疲れました」
寮の荷物を移動⋯⋯? どういうこと?
「ソフィア先生、これは?」
「ん? ああ⋯⋯お前が言っただろ?『自分の信頼のおける者たちを強くしたい』と。だから三人をD組へと移動させた」
「「「「えええええええっ!!!!」」」」
マ、マジ⋯⋯っ?!
「あと、私も今からこのD組の副担任となった。ちゃんと学院長の許可は取ってある」
「「「「はぁぁぁぁぁーーーっ???」」」」
ソ、ソフィア先生が、本当にD組の副担任に?
う、嘘だろ? ほんの数時間前のハヤトとのやり取りだけで即実行したのかよ!?
こ、これは、さすがにハヤトも、
「そうか。話が早くて助かる。さすがソフィア先生だな」
え? ええええええええっ?! それだけ?! 嘘でしょ!? すぐに受け入れやがったよ、ハヤトの奴。いや、むしろ「よくやった」くらいの感じなんですけど?
「や、やめろっ!? せ、生徒のくせに大人をからかう⋯⋯もんじゃ⋯⋯な⋯⋯い」
そして、ソフィア先生がハヤトのただの感謝の言葉になぜ頬を染めて過剰反応してるんだ!? ソフィア先生のキャラがどんどん崩壊していっているようで僕は心配です。
「ティアラ⋯⋯」
ハヤトが姉のティアラ・ヴァンデラスに声をかける。すると、ティアラ・ヴァンデラスは一度大きく息を吐いてからハヤトに言葉をかけた。
「⋯⋯ソフィア先生が突然D組への移動の話を聞いたときはビックリしたけど、でも、先生から『ハヤトが信頼のおける人を強くしたい』ていう話を聞いて、そしてその数に私たち三人も入ってるって聞いたから⋯⋯⋯⋯でも⋯⋯」
「でも?」
「私的には少し⋯⋯⋯⋯納得いかない部分があるわ」
「え?」
ん? あれ?
なんかティアラ・ヴァンデラス⋯⋯⋯⋯怒ってる?
「だってそうでしょ!? どうしてあんた私に何も相談せずにこんなこと始めようとしてるの!」
「いや、それは⋯⋯後から⋯⋯話をしようと思って⋯⋯」
「はぁ?! 後からぁ〜!? 私はあなたの姉よ! どうして私に先に相談しないのよ!」
「いや、クラスも違ってなかなか会えないから⋯⋯合宿の後に言おうと⋯⋯」
「じゃあ、今日の朝一番に私に言いなさいよ! なんで事後報告なの!!」
「ス、スマン⋯⋯」
「スマン〜⋯⋯?」
「ごっ!? ごめんなさい!」
「「「「!!!!!!!!!」」」」
ハ、ハヤトが⋯⋯⋯⋯ハヤトが謝ったーーーーっ!!!!
しかも「スマン」から「ごめんなさい」へ下位互換させて!
ソフィア先生にさえ、ここまで明確に謝ることはなかったのに!
これにはソフィア先生も驚いた顔をしていた。
「私、怒ってるのよ! あんたが全然話してくれないから! 家族になってもすぐに修行に行って三年間も帰ってこないからゆっくり話せなかったし! それに帰ってきたら何か昔のひねくれてたけど素直なあんたじゃなくなってるし!」
「ティアラ⋯⋯」
「でも、話してみたら変わっているようで昔と変わっていなかったのには安心したしーっ!」
ティアラ・ヴァンデラスは前にハヤトが話してくれた二人の出会いについての話を途切れることなく話まくった。相当ハヤトに対してストレスを抱えていたのがよくわかる(おっかねー)。
「それで、学院が始まったら今度は次々に問題起こすし!」
「いや、別にあれは⋯⋯不可抗力⋯⋯」
「おだまり! 私がまだ話してるでしょ!」
「は、はい! す、すみません!」
そこにはティアラ・ヴァンデラスが怒っていることにどうすればいいのか狼狽しているハヤトの姿があった。あと、ティアラ・ヴァンデラスへの言葉遣いが俺たちとは違って明らかに丁寧になっていた。完全服従である。
「ハヤトをどうにか助けようと思っても声を掛ける機会はないし、クラス離れているから会うことさえままならないし⋯⋯もう! どうしてクラス替わっちゃったのよ、バカーっ!」
「いや、だから、それは不可抗力で⋯⋯カルロ・マキャヴェリが勝手に⋯⋯」
「言い訳しない!」
えええええええーーーーっ!!!!
ティアラ・ヴァンデラス、理不尽っ!
「それに、あんたが下級魔術士ていうから私、何とか学院ではいろいろとフォローしようと思ったらソフィア先生と互角に渡り合ったなんていう話を聞いてもう意味わかんないし! だから⋯⋯」
そこでティアラ・ヴァンデラスがキッとハヤトをキツく睨んだ。
「私と組手勝負しなさいっ!」
「ティ、ティアラっ?!」
ティアラ・ヴァンデラスがハヤトに組手を申し込んだ。いや、というよりもこれはただの⋯⋯⋯⋯姉弟喧嘩だっ?!
「お、おい、ティアラ・ヴァンデラス。今は授業中だ⋯⋯姉弟喧嘩は⋯⋯」
「先生は黙っててください! これはD組に移動する上で必要なことなんです!」
「な、何?!」
「ソフィア先生から確かに話は聞きました。ハヤトが持つ『力』には可能性があると。先生がそこまで言うくらいだし、それにハヤトがこんなことをするってことは本当に何かしらの『力』を持っているんだろうとは思います。恐らく、それはハヤトが修行した三年間で身につけたものなのでしょう。ですが、私はそのハヤトの強さを⋯⋯⋯⋯自分の肌で確かめたい!」
「⋯⋯ティアラ」
「「「「!!!!!!!」」」」
するとティアラ・ヴァンデラスの体から魔力解放であろう魔力のオーラが揺らぎ出した。
「確かにハヤトは魔術士ランキングでは下級魔術士であることは間違いない。なのにソフィア先生の指導で互角にやり合ったなんて聞いたら⋯⋯⋯⋯気になるじゃないっ!」
「!? 紅蓮の乙女⋯⋯」
ハヤトに対峙するその美少女は紅蓮に燃ゆる赤髪にニッと獲物を捉えた獰猛な瞳と笑みを浮かべている。これが⋯⋯⋯⋯紅蓮の乙女と言われる所以なのだろうと俺は理解する。
「あんたの三年間の修行で身につけた強さ、私にも見せなさい。話はそれからよっ!」
ティアラ・ヴァンデラスが俺たちの目の前でハヤトに対し明確に戦いの意志を告げる。
「ティ、ティアラ⋯⋯っ!? あ、あんた本気で⋯⋯」
「イザベラさん! ティアラさんは本気です! すでに戦闘態勢が出来上がってますもの!」
イザベラ・カンツォーネとマリアンヌ・ベルガモットが顔を青くしながら動揺していた。どうやらティアラ・ヴァンデラスの行動は完全に予想外の展開のようだ。
「わかったよ、ティアラ」
「⋯⋯っ!」
「俺の三年間の修行の成果を見せるよ」
「ふん! いいでしょう! 言っときますけど組手とは言え、体術だけじゃなく魔術もアリで行きますからね」
「お、おい!? ティアラ・ヴァンデラス⋯⋯」
「ソフィア先生っ! もし、ケガをしてもすぐに回復できるよう治癒魔術か魔道具のご準備をお願いします! もちろん、私ではなくハヤト用のですけど」
「⋯⋯⋯⋯わかった」
ソフィア先生もティアラ・ヴァンデラスの本気度を見て止めるのを諦めたようだ。するとソフィア先生はすぐに顔を引き締め二人に声を張る。
「いいだろう! では思う存分やるがよい! そして、ハヤトの強さを確かめろ、ティアラ・ヴァンデラスっ!」
「はいっ!」
「そして、ハヤト・ヴァンデラス! お前の持つ『力』、この戦いで証明してみせろっ!」
「⋯⋯そうだな。ティアラにはいずれ話さなきゃいけないことだったし、皆にも実際見てもらって少しでもこの新しい魔力供給を理解して欲しいからな」
ハヤトが姉のティアラ・ヴァンデラスの前に立ち戦闘態勢へと臨む。するとハヤトの体に周囲の大気から魔力のようなものが集まっていくのが見えた。
「な、なあ⋯⋯何か⋯⋯ハヤトの体に魔力みたいなもんが⋯⋯入っていってないか?」
「あ、ああ⋯⋯。な、なんだ⋯⋯あれは⋯⋯?」
周囲がハヤトの状態を見て騒めき出す。
「ま、間違いない。あれは⋯⋯⋯⋯魔力だ」
「ビ、ビンセント!」
「し、信じられない!? ハヤトは本当に⋯⋯大気中から⋯⋯魔力を⋯⋯」
ハヤトの言っていた『大気からの魔力供給』が目の前で起こっていることに俺たちはもちろん滅多に感情を出さないビンセントも驚愕の表情を浮かべた。そして、対峙するティアラ・ヴァンデラスからは魔力解放が放たれ周囲に爆風が巻き起こる。俺たちは何とかその魔力解放の爆風に耐え、対峙する二人をジッと見つめた。
魔力解放をし戦闘準備が整ったであろうティアラ・ヴァンデラスがふっと呟く。
「お姉ちゃんの強さ⋯⋯⋯⋯見せてあげる!」
こうして『ヴァンデラス家姉弟喧嘩』が勃発した。




