028「お昼休み -ティアラ・ヴァンデラス視点 後編-」
「それにしても問題なのはD組よね⋯⋯」
イザベラが難しい表情で呟く。
「そうですね。D組の女子にもハヤト君を狙っている子がいたようですし⋯⋯」
「あ⋯⋯」
いた! そういえばハヤトのことをやたら瞳をうるませて嬉しそうに話す可愛い女の子が⋯⋯⋯⋯確か猫型獣人の子で名前は⋯⋯リンガだっけ?
「クラスが離れているというのは致命的よね。だって授業はもちろんこういった合宿や研修とかでもずっと一緒のクラスなんだから⋯⋯」
「そうですわね。イザベラの言う通りです。このクラス違いという差はとても痛いです。ですので、どうにかハヤト君との接点が増えるために今後の行動を考えなければいけませんわ」
イザベラとマリーが熱をこめて真剣に論じ合っている。鬼気迫るという言葉が頭に浮かび思わず二人の熱量に引いた。すると、
「あれ、ティアラ? あんた姉弟だからって余裕があるとしたら大間違いよ?」
「そうです。実家通いならまだしも寮生活なんですから基本クラス単位で接することが多くなります。そうなるといくらティアラさんが家族でもハヤト君との接触機会は極端に減りますよ?」
「あ⋯⋯」
た、確かに。
「それにティアラさんはA組の副委員長ですからむしろカルロさんとの接触が多くなります。そうするとカルロさんの強引さと真面目さに案外コロッと籠絡するのではないかと私は感じます」
「なっ?!」
マリーの言葉に思わず衝撃が走った。
確かにあのカルロの強引さには対処が難しい。というのも、私の位は一応お父様が『王宮魔術士』なので『四大公爵扱い』となっているのだが、カルロのマキャヴェリ家は四大公爵の中でも最も影響力のある家だからだ。
それに、そんなカルロを私はそこまで嫌いではないという点も含めてマリーは指摘している。
もちろん、恋愛の意味で好きとかそういうことは現時点ではない。あくまで『人間的に』という部分でだ。しかし、マリーはその感情がカルロとの接点が多くなることで『恋愛感情』に転化してもおかしくないということを言っていた。
マリー、おそろしい子。
「というわけですのでティアラさん。『ハヤトさんから愛されているから大丈夫』などというものは今後は『過去の栄光』だと切り替えないとD組のあのリンガという子に持っていかれますよ?」
「は、はひ⋯⋯」
マリーの的確な状況把握と今後の予測の話を聞いて私は姿勢を正した。
「とりあえずさ、食事も済んだことだしD組への敵情視察に行こっ!」
イザベラの合図で私とマリーはテーブルから腰を浮かそうとしたその時、
「待て、ティアラ・ヴァンデラス、イザベラ・カンツォーネ、マリアンヌ・ベルガモット⋯⋯」
「「「ソ、ソフィア先生⋯⋯っ!?」」」
ソフィア先生に私たち三人に声をかけてきた。
「三人とも話があるのでちょっと座ってくれるか?」
「「「は、はい⋯⋯」」」
ソフィア先生の真剣な表情に少し緊張しながら私たちは再び腰をかけた。ソフィア先生は一度大きく深呼吸をしてから話を切り出した。
「実はな⋯⋯今日この時点をもって私はD組の副担任となった」
「「「ええっ!? D組の⋯⋯⋯⋯副担任ですかっ?」」」
「そうだ」
私たち三人は呆然とする。だってそうでしょ? D組からA組へだったら『昇格』みたいなものだけど、A組からD組へ行くなんて『降格』じゃない!? しかも、担任から副担任だなんて⋯⋯。
「先生⋯⋯⋯⋯ついに誰かを殺めたんですか?」
「そんなわけあるか! ていうか『ついに』てなんだ!?」
イザベラが先生から特大のゲンコツをもらった。自業自得である。
「で、でも、どうしてまた⋯⋯⋯⋯そんな降格に?」
「そうですよ。何か降格になるようなことでもあったんですか?」
私とマリーが先生に尋ねると、
「いや? 私が学院長の⋯⋯ジャンノアール・アリストファレス国王様に直々にお願いをして異動させてもらった」
「「「はあぁぁぁ???」」」
まったく意味がわからなかった。
わざわざ、自分から『A組の担任』から『D組の副担任』への異動を申し出たって⋯⋯⋯⋯降格異動を自ら希望する人なんて初めて見た。
「私のことはまあどうでもいい」
いやどうでもよくないでしょ?!
「それよりも次の話が重要なんだ」
「次の⋯⋯話?」
「できれば君たち三人もD組へ移動して欲しい」
「「「え? ええええええ〜〜〜〜!!!!」」」
ソフィア先生の言葉に私たち三人がつい叫び声を上げると周囲の生徒がチラチラとこちらを見だしたので慌てて声を抑える。
「せ、先生⋯⋯どうして私たち三人なんですか?!」
「私たち⋯⋯何か成績で問題があったということですか?!」
イザベラとマリーがソフィア先生に抗議をする。確かにA組とD組では学院内外でも評価は雲泥の差があるので本当にA組からD組への移動するとなれば周囲からは良いように見られないのは明らかだ。それに将来のことを考えてもD組に移動となるとかなり絶望的となる。二人が抗議をするのは最もだ。
しかし、それはソフィア先生もよくわかっているはず。おまけに先生はD組の副担任への降格異動を学院長に直訴したという。通常ではありえない。となると、こんな異常なソフィア先生の行動や私たちにD組へ移動してほしいという言動から推察するに⋯⋯、
「ハヤト⋯⋯⋯⋯ですね?」
私はソフィア先生の瞳をジッと見つめながら言った。
「⋯⋯そうだ」
「「え? ハヤト君? な、なんで?」」
イザベラとマリーがきょとんとする。
ソフィア先生によると、ハヤトがこれまで修行で得たものを信頼できる人たちに伝授して強くしたいとのことでその頭数に私たち三人も入っているとのことだった。
「実際、ハヤトの持つ技が本当に身につけることができれば、体内魔力の多さ、少なさに関係なく強くなれると私は感じた」
「「「せ、先生⋯⋯っ?!」」」
私たちは先生の言葉に思わず驚く。ソフィア先生がここまで⋯⋯しかも一人の生徒をそこまで高く評価することは今までなかったからだ。
「そこで私は学院長に君たちの移動についても直訴すると『三人が了承するのであれば』ということだった。それでこうして今、君たちにこんな話をしている」
ソフィア先生の話を聞いたが正直⋯⋯意味がわからない。
ハヤトの技を身につけることがそこまで重要なのかが全く理解できないのだ。それはおそらくイザベラもマリーも一緒だろう。なので二人はそんな話は当然お断りするだろう。しかし私は⋯⋯、
「「「わかりました。D組へ移動します!」」」
「えっ?! イ、イザベラ? マリー? どうして⋯⋯?」
私はまさか二人がD組への移動を受けるとは思わなかったので驚く。
「えー、だってD組へ行ったほうが何かと⋯⋯⋯⋯面白そうじゃない!」
「イザベラ⋯⋯」
「そうです。それにハヤトさんと同じクラスになるという点でも好都合じゃありませんか」
イザベラとマリーが笑顔で答える。
「で、でも、将来のこと考えたら⋯⋯」
「大丈夫よ! 私たちは四大公爵なのよ? いざというときは家の権力でなんとかするわよ!」
イザベラが怖いことを言う。
「そうです。だからティアラさんは何も心配しなくてもいいのです!」
マリーが腰に手をかけ胸を張って私に主張する。
「「さあ、ハヤト君の元へ行くわよ、ティアラ(さん)!」」
「二人とも⋯⋯⋯⋯うん、わかった。ありがとう!」
「決まりだな」
こうして私たち三人(とソフィア先生)は、午後からD組へ移ることが正式に決定した。




