015「密談」
コンコン⋯⋯。
「入れ」
「失礼致します、国王様」
「もう、やめてよ、オリヴァー! ここは僕の部屋なんだから。いつも通りに!」
「⋯⋯わかったよ、ジャン」
「うん、そうそう」
私の名はオリヴァー・ヴァンデラス。
アリストファレス王国の王宮魔術士をしている。
『王宮魔術士』とは、アリストファレス王国内の魔術士の中で『最強』の者に与えられる称号で、その王宮魔術士になった者は、身分が貴族であろうと平民であろうと『公爵と同等』な扱いを受けられるが、実際は平民よりも貴族のほうが魔力は高く、また貴族間でも『魔力』の差が『身分差』となっていることもあり、これまで平民はおろか下級貴族でも『王宮魔術士』になった者は一人もいない。
そんな中、私は下級貴族でありながら魔力が異常に高かったことと、吸収力も高かったこともあり、下級貴族で初めて『王宮魔術士』になることができた。
そんな自分が『王宮魔術士』になった時と同時期に先代の国王様が亡くなり、当時十一歳のジャンノアール・アリストファレスが国王に就任した。それからの付き合いである。
ジャンは何かと私に懐いてきたので最初は『同じ時期に就任したきっかけで親しみを湧いたのかな?』くらいに思っていたが、実はジャンは私ではなく私のお師匠様である『アシュリー・ブロッサム』と接点を持ちたかった為、私をダシにした⋯⋯と後日教えられた。
初めてジャンと接したときは見た目もあるが子供っぽい喋りや態度だったのでそのつもりで対応していたが、それはすべてジャンの計算だったらしく、自分の見た目や口調も利用して私に近づいた、とこれも後日教えられた。
この時初めて、私はジャンノアール・アリストファレスが『突出した天才』と言われる所以を身を以て知った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「珍しいね、オリヴァーが僕を呼び出すなんて。何かあった?」
「とぼけるな。ハヤトのことだ」
「あ、やっぱり?」
「どういうことだ! どうしてジャンはハヤトを知っている? しかも話によるとかなり親しいみたいだが一体何が⋯⋯」
「まあ、まあ、まあ⋯⋯今日のオリヴァーはおしゃべりだね」
「茶化すな、ジャン!」
「まあ、まあ、そう怒らないでよ、オリヴァー。これにはちゃんと理由があるんだから」
私は少し声を上げてジャンに迫るが、ジャンは特に気にすることなくゆっくりと話を始める。
「まず⋯⋯今回僕があえて学院でハヤトとの親密さをアピールしたのは君のお師匠様のアシュリー・ブロッサムとの相談の上で行ったことだ」
「え? お師匠様と?」
「うん。僕たちが動き出すにはどうしても『最後の駒』が必要だったこと⋯⋯そして、その『最後の駒』がハヤトであることを君も知ってただろう?」
「ああ。ん? ということは⋯⋯」
「そう。今回⋯⋯このハヤトの入学を機にいよいよ僕たちも動き出す」
「⋯⋯っ!? な、なるほど。そうだったのか」
私はジャンの言葉に納得しつつもこれからのことを考えて少し緊張の糸を張った。
「⋯⋯これからハヤトを中心に学院は荒れるだろう。しかし、そこからすべては始まるのだ」
「う、うむ」
「というわけで! ここからはこの方に説明をしてもらうとしよう」
「む? この方?」
「ふん⋯⋯相変わらず隙だらけじゃな、オリヴァー」
「え⋯⋯っ!?」
突然、私の真後ろから声が聞こえた。私はその気配に全く反応できなかった。
「三年ぶりじゃな、オリヴァー」
「お、お師匠様っ!?」
この後、気配に気づかない私を相変わらずの厭味な言葉で軽く落ち込ませる。
「⋯⋯さて、では本題に入るとしよう。このことはこの三人以外、他言無用じゃ」
「は、はい」
私はここで初めて二人の計画の全貌を聞くこととなる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
——とある城の地下施設。
そこは、外からの光を一切遮断している為、蝋燭の灯だけが唯一の光源となっている。周囲を囲む石の壁には頭から足まで黒のマントを被った数人の者たちの影がユラユラと映り、その様がこの集団の『異様さ』をより一層際立たせていた。
「第二柱⋯⋯よろしいでしょうか?」
「なんだ?『第八柱』」
『第八柱』と呼ばれた者が話を始める。
「『アリストファレス防衛学院』にて奇妙な動きがありましたので一応、ご報告をと⋯⋯」
「アリストファレス防衛学院? ああ⋯⋯あの片田舎の小国アリストファレス王国の教育機関ですか」
「はい。そこに今年入学した一年生が少し気になりまして⋯⋯」
「気になる人物?」
「はい。その者はどうもアリストファレス国王のジャンノアールと親しいようでして⋯⋯」
「何? どういう関係ですか?」
「現在、総力を上げて調査しておりますがわかっていることは以前にジャンノアールが魔物に襲われたところをこの一年生が助けたというくらいです」
「ジャンノアールを助けた? あのS級魔術士(クラスS)でもあるジャンノアールを? 今年入学した一年生が? もしかしてS級魔術士(クラスS)以上の実力ということですか?」
「いえ⋯⋯それがそいつの魔術士ランキングは『下級魔術士』でして⋯⋯」
「何っ?! 下級魔術士? 下級魔術士がS級魔術士(クラスS)の天才ジャンノアールを助けたとはどういうことですか?」
「申し訳ありません、詳細はまだ不明です。あともう一つ⋯⋯その者はアリストファレス王国の王宮魔術士であるあの『水のオリヴァー』こと、オリヴァー・ヴァンデラスの養子であるようでして⋯⋯」
「何? オリヴァー・ヴァンデラスの養子だと?! なるほど、これは少し気になりますね〜」
第二柱がオリヴァー・ヴァンデラスの名前が出た途端、怪しく唇が歪む。
「わかりました。その情報、私から総統に報告しておきましょう」
「ありがとうございます」
「では、第八柱は引き続き、その者の調査を継続し逐次報告しなさい」
「はっ!」
「ところで、その者の名は?」
「ハヤト・ヴァンデラスという男です」
「ハヤト・ヴァンデラス⋯⋯。ふむ、一応覚えておこう。下がれ」
「はっ!」
「ハヤト・ヴァンデラス⋯⋯さて一体何者でしょうか? できれば、私をワクワクさせてくれる者であればいいのですが、フフフ」
そう言うと、第二柱という者がマントを翻し奥へと姿を消した。その際、翻ったマントの後ろに『剣と盾に絡みつく二つ頭の蛇』の紋様が薄っすらと映った。




