異世界の女神に拾われ、底辺の奴隷にされた俺が大君に成り上がろうとしたその理由は不明です
意識が醒めると、俺は大きな円状の光に向かっていた。
これは以前覚えがある、蓬田塔矢が死んだ時分に味わった感覚だ――
円はヴィランが最も愛した図形であり。
円とは、この時見受けた壮観な景色のことだった。
絶景だよ――生きている身では到底見ること叶わない理想郷の景色だ。
その円の中に、どうやら俺は吸い寄せられ、埋没したようだ。
茫漠な光と一体化して、感覚は常に恍惚としている。
頭がぼうっとする、というか頭と呼べる部位が存在するのかわからない。
全身に意識が宿っているような気がする。
その意識さえも、感じた先から光と一体化して、漠然とするんだ。
――ヴィラン!
……懐かしい声がする。
これは彼女の声だ、アビー。
彼女達はあの後どうなったのだろうか。
今の俺は、どうなっているのだろうか。
「自分が今どうなっているか知りたいか?」
すると主がその御姿を見せてくれた。
ワイシャツの上に銀色のベストと合わせたスーツズボンを着込んだ格好からは女神性など一片たりとて汲み取れないけど、紅の隻眼や、主の身体を構成するパーツの全てが、神々しかった。
膨大な光の中でも、主が背負う極彩色の後光は本当に美しい。
「っ何も泣くことないだろ、私に会えたのがそんなに嬉しいのか?」
違うと思います。
「言ってくれるなヨモギダちゃん」
俺の周囲をぐるりと回り、主は右手で優しく俺に触れた。
今の俺は一体どうなっているのだろう。
「今のお前は魂になっているだけだ、安心しろ、次の転生先も保証してやる。今度は奴隷じゃないぞ、お前の次の転生先はある国の大君なんてどうだ?」
……主がそう仰るのでしたら、俺はつつしんで受け入れいます。
「お前って、そんなに従順な性格だったか? まぁいい」
従順になった俺を、主は諧謔的に笑んで、その魅力を見せつける。
「それじゃあヨモギダ、異世界ギオスに残して来た連中に伝えたいことはないか?」
腐る程ありますよ、そうと答えれば主は俺を抱え。
「ヴィラン……ごめんね、僕がもっと早く、合流していれば」
「ア、ぅぁ…………っ!」
メフィストと決闘を繰り広げていた場所まで、連れ立ってくれた。
そこには俺を悼むアビーや、泣き崩れているシャムがいた。
「正気かシャム? たかが男が一人亡くなっただけで泣きわめくな見っとも無い」
主は彼女達に近寄り、シャムに発破をかける。
するとみんなは一瞬驚くんだ、まるで俺達がここに居るのが不思議なように。
「女神様……まさか本当に実在していたなんて」
中でもシュウヤが主の出現に瞠目しているようだ。
「さて、お前らも周知のように、ヴィランは死んだ。今後はどうするんだ?」
主から今後の相談を持ち掛けられても、皆は呆然としている。
その光景に良き思いと、みんなの情けなさに呆れる思いとか、色々想起した。
だけど――シャムは俺と約束したよな?
この戦争が終わったら、幸せな国を作るんだって。
俺と一緒にという願いは、もはや幻想となったけど。
「シャム、お前はヴィランと約束したんだろ?」
「約束……?」
主は夜空の上で交わした彼女との、代えがたいそれを促してくれた。
「作るんだろ、天国にいるヴィランが安心できるよう、幸せな国を」
「そんなの……ヴィランが――」
「ヴィランがいなくちゃ叶えっこないか? 女々しいなシャム」
シャムが主から奮起させられている。
それは主の加護を受けているも同然だった。
すると主はポケットの中に手を入れ、何かを取り出し。
シャムに向かってそれを――ギオス金貨を弾いてみせた。
「やるだけやってみろ、もしも本当に幸せな国がつくれたら、ヴィランをお前たちの許に返してやってもいい」
「……今の言葉、嘘じゃないでしょうね」
「さあな、じゃあ私はこれで立ち去るが、お前たちのことはずっと見ていると思え」
して、主は俺の魂を連れて再び円状の光の中へと戻った。
今さら思えば、そこは天国や極楽浄土と呼ばれる場所だったのだろうか?
「ヨモギダ、お前はここでしばらく休んでいろ」
主はどうなされるのでしょうか?
「私は忙しいんだよ、お前ばかりに構っていられないほどにな」
……シャムと交わした口約束は、いつ果たされるのでしょうか?
と問えば、主は絶対的な存在感を、目付き一つで体現していた。
銀色の髪が光る風に撫でられ、優しく揺らぎ。
紅色の瞳は、自分を取り巻く黄金平野を鏡面反射していた。
「……ヨモギダちゃん、私は思うんだがな」
何でしょう?
「お前を異世界ギオスに招いて、良かった。お前と過ごした日々は楽しかった」
主からお褒めの言葉を受け、文字通り魂が震える。
蓬田塔矢をやっていた時分では到底味わえなかった――幸福に。
嗚呼、やっぱりこの人こそが、俺の理想だと思えた。
◇
――あれから三年後。
俺は主からシャム達のその後を聞かされていた。
あの後、シャム達は第三帝国との争いを制したシュウヤ達と正式に協定を結び。その戦力を脅威とみなした、神竜のアーサーが率いるブリタニア国とも停戦条約を結んだらしい。
シャムはミランダやキング、ラシェットにミラの助力を得て拡大した国を安定化させていった。
時々主がシャムに会いに行くと、彼女は胸を張ってこう言うらしい――
「どう女神、私達の国はあの時言った通り、幸せな国そのものになったんじゃない?」
「その台詞を言うには百年早いな」
主は今、シャムを王女に据える国――ハピスが開催する舞踏会に足を運んでいる。
そこにはエルドラード帝国からの賓客も多数いて。
俺の恩師であるマスカルや、ミランダの親友のキャシーやクラナも参加している。
「毎回毎回、無理しなくていいんだぞ」
「無理なんかしてないわよ、これはヴィランのためにやってるの」
「ヴィランのため?」
主が問うと、アビーが今とて変わらぬ姿で二人の間に割って入った。
「二人とも、こんな日に飲み物も持たずにどうしたんだい?」
と言い、アビーは二人に強めのお酒を差し出す。
シャムは渡されたお酒を勢いよくあおぐと、少し目を回したようだ。
「ヴィランはね、舞踏会を愛好しているのよ」
「そうだったかな、私の目にあいつはこういった場を苦手としていたように映っていたがな」
「それはないわね、ヴィランは絶対、好きよ」
何を以てしてシャムがそう言ったのかは判らない。察せるのは、彼女は俺との出逢った思い出を美化しているのだろうということで。
俺は主より授かったその名の通り、――悪役だから。
シャムの発言にはちょっと苦笑いを浮かべてしまう。
するとアビーがシャムの言葉に嘲笑していた。
「ないないって、ヴィランはむっつりだから」
朗らかな顔で俺をむっつりと断じる彼女を否定はしないけど、肯定もしたくない。
「やめてよねアビー、こんな時ぐらい感傷に浸からせて」
シャムはアビーの切り返しにちょっとだけ憤懣していた。
「……また来る、この調子で行けばヴィランもあの世で満足するだろ」
「消えたわね、いつも唐突で……勝手でさ」
「しょうがないよ、あれでも一応この世を司る女神だしね」
「はぁ」
「シャム、それよりも今日の舞踏会も粒ぞろいだよ、誰に声掛ける?」
「あんたはまたそうやって媚態をふりまくのね」
シャムがアビーと何気ない世間話をしていた時。
「ん? おいそこのお前、もしかしてヴィラ――」
会場で踊っていたマスカルに見つかってしまい、人差し指で静かにするように頼んだ。
「お帰りなさい、ヴィラン」
「今までありがとうミランダ」
マスカルの傍にいたミランダが俺を真っ先に出迎えてくれ、拙いお礼を返した。
そこで思ったんだ、何も彼女達に無理に近寄らなくとも、ミランダと踊っていれば気付いてくれるだろう。
「一曲付き合ってくれないか?」
「誘い方がなってないな」
ミランダを誘うと、マスカルに怒られはしたが。
「ええ、私で宜しければ」
彼女は朝露の蕾のように清楚な表情で申し出を受けてくれた。
して、俺は主より賜った黒いスーツを身にまとって、ミランダの手を引き。
「シャム、今年の舞踏会の費用は最終的にこんな感じになった」
「げぇ、何よこの数字、天文学的じゃないの。ラシェット、まさかとは思うけど横領してない?」
「そんな訳ねーだろ」
「はぁ、幸せな国作りも、前途多難ね……ねぇラシェット」
「なんだよ」
「あそこに……ヴィランがいるような気がするんだけど」
ミランダと踊っていると、会場にいる旧知が徐々に気付き始めたようだ。
「やったねキング~、ヴィランが帰って来たよ~」
「えぇ、俺も素直に嬉しく思いますよ主」
「殊勝だねキング~」
ヘルメスとキングも、変わってないようで何よりだ。
「……」
「声とか掛けねーのかよ?」
「いやだって、アレ本当にヴィランなの?」
「疑い深いのは慎重の表れだからいいとして、シャムがずっと望んでいたことだろ」
「じゃあ……私の目に映ってる彼は、幻覚じゃないのね?」
「そうだろうよ」
シャムも先程から俺を認識しているはずなのに、席を動こうとしなくて。
「ヴィラン! 本当に君なの?」
「久しぶりだなアビー、俺が不在の間、何人と寝たんだ」
「野暮なこと言うなよ」
物怖じしないアビーは真っ先に俺に声を掛けてくれたが。
「とっとと行けよ、アイツはお前の旦那だろ? 正々堂々と所有権を主張すればいーんだよ」
「……しばらくそっとしておいて」
シャムは一向にその場を動こうとしなかった。
人って千差万別で、だから面白いんだよな。
次第に曲が終わり。
「ありがとうヴィラン」
「こちらこそ、次はシャムと踊るよ」
「そうしてあげて」
ミランダにお辞儀して、シャムのもとへ歩み寄った。
「よお、死地から甦った感想は?」
「色々と言いたいことはあるけど」
傍に控えていたラシェットにそう返答し、シャムと肉薄した。
彼女は俺と合わせていた視線をそらして、余所見を決め込んでいる。
「俺と一曲、踊ってくれませんか?」
「…………無理」
シャムの返答に、ラシェットが鼻で笑っている。
見れば、シャムは緊張感からか、手を震わせていた。
「俺がここにこうして居られるのは、今日限りなんだ」
「そんなの、約束が違う」
彼女は俺の言葉に反感を覚えて、ようやく視線を戻してくれたけど。
彼女の二つの眦には、涙が込み上げているようだった。
「主は約束を違えたりしない、だって今のは俺の嘘だから」
「そう、なの?」
そこで控えていたラシェットが業を煮やしたように。
「いいから行けって」
シャムの背を押して、強引に俺の手を取らせていた。
合わさった手のひらをしっかりと握りしめ、再びダンス会場へシャムを連れて向かう。
「ちょっとヴィラン、あのね」
「何かあったのか? 今日は体調が悪いとか?」
「……実は私、踊り方を知らないの」
「舞踏会の主催者がその体たらくってどういうことだ?」
「舞踏会は、貴方の慰安みたいなものだし、私は踊らなくても何とかなってただけ……で」
言い訳をさえぎるように合わせた唇から、シャムの気持ちが伝わる。
俺にとってのキスは、何かを伝え、感じるものだから。
普段から強情で、素直じゃない彼女の気持ちに、心絆された。
そしたら舞踏会を彩っていた楽団が、軽快な曲を鳴らし始めた。
会場のど真ん中でキスに惚気ている俺達のお尻を叩くように。
「踊ろう、俺がリードするから」
リードを取ろうとする俺に、シャムは意地悪な笑みを零していた。
「言うようになったわね、あの頃とは雲泥の差」
「出逢った時のこと言ってるのか?」
「もちろん」
シャムと出逢ったあの頃の俺は、明日をどう生きるかしか頭になくて。
俺はただ主の、俺の理想の女神である主の命令に実直だった。
前世から死んだ直後の時は、底辺の奴隷になる運命を言い聞かされ。
何とも言えない虚無感を覚えたけど、暗い感情は主の光に払拭されていたと思える。
そんな風に、主の言うことに従順だった俺が、今では一国を統べる大君になれた。
でも、今さらになってちょっと不思議なんだよな。
何で俺は、『王』でもなく、『君主』でもなく、『大君』になろうとしたのか。
その理由を今さらになって疑問に思っている、とどのつまり。
異世界の女神に拾われ、底辺の奴隷にされた俺が大君に成り上がろうとしたその理由は不明です。
皆様どうもー、作者のサカイヌツクですー。
さて、今作もこの節を持ちまして『前編』が終わりとなります。
次節からは『後編』と勝手に題しまして、続きを書いて行きたいと思っております。
しかし、物語の最後の構想はあるのですが、その間の構想が全くもってありません。
ですから今日の更新からしばらく(一ヶ月程度)の猶予を頂きたく思います。
末尾になりますが、今までお付き合いくださった読者の皆様には感謝を述べるとともに、
後編に対する執筆意欲をまたとまたとお与えください<m(__)m>




