どうか来世でも
死神が嗤っている。
そう口にしたのは愛する妻の父親だった。
彼の口元は吐き出した血に塗れ、黒々としている。
一見にして彼を取り巻く景観は凄惨で。
これ以上彼を生かしてはおけないと、真っ当な感情が湧き上がって来る。
が、彼は限りなく不死身のように在れば。
「では、次の攻撃だ。つまり婿殿はこの次の攻撃で死を迎える」
「……これは当然思うことなのですが、まだ死にたくないですよ」
「そうか、しかし婿殿が死ななければ平和は訪れない」
「貴方が代わりに死ねば戦争は終わりますよ」
「蒟蒻問答はやめよう――ッ!」
彼からの奇襲を、巧みに受け流し、致命傷を負わせても。
彼は不死身の如く蘇り、「死神とは彼のことじゃないか?」という妄念が彷彿する。
だとしたら、彼が俺に向けて嘲り顔をしているのもうなずける。
「さあ、これで最後だ。遺言があれば承ろう」
「遺言?」
そんなの、ある筈もない。
「俺は生きる、そしてこの戦争を終わらせ」
――大事な人たちを救うんだ。
「そこが俺の居場所だから」
「……君は自身の生について、理解していないように私には思える」
俺の決意を表明すると、彼は無感動な面持ちでそう答えた。
「確かに、生きるために居場所は必要だ。それが大自然の中だろうと、大都会の中だろうと……だがな婿殿、この世の人間のほとんどが、大事なものをかなぐり捨てて生きている」
――ならば君はこの世を敵に回したも同然だ。
「婿殿は現実が嫌でしょうがないと見える」
「何と言われようと、俺は貴方を打ち倒す」
「……よかろう、では宣言通り、次がラストだ」
メフィストは手にした大鎌の刃を右下に引くように構えた。
彼は接近すると同時に全身全霊の切り上げを見舞うつもりなのだろう。
ならば俺は、彼とは対比的に――
「剣を捨てたのかね」
両手に持っていた聖剣を納め、全身にモルドレッドの力を通わせた。
体を流れる血液から、光を湧き立たせるように。
すると、メフィストが創り出した黒煙が霧散し始めた。
黒煙は俺の光を受けると、対消滅を起こすように薄らいで行く。
「「……」」
お互いに、相対する者を倒すための力を蓄えている。
正にその時だった。
「ヴィランッ!!」
シャムがグレッグの背に乗ってこの場に駆けつけてしまった。
「シャム、今は大事な時なのだ、怪我所じゃ済まないぞ」
「メフィストの言う通りだ、下がっててくれ」
「……一つだけ言わせて欲しいことがあるの、メフィスト」
二人の制止を受け、それでもシャムは俺の傍に近寄る。
「何かね?」
「今までありがとう。貴方のおかげで私は彼に出会えた」
「……お礼など、言われることではないが、君が幸せならばそれでいい」
メフィストはそう言うと、漲らせていた殺気を解かないまま「これでいいかね?」といい、シャムが怪我しないよう離れろと、雰囲気で伝えて来る。その雰囲気を真っ先に気取ったのはまだ幼い竜のグレッグだった。
「暴れないでグレッグ、わかってるわよ。ねぇヴィラン」
「離れていてくれ、次の一撃で決着をつける」
「……頑張って、っ」
彼女は俺の右頬にキスして、グレッグに促されるまま離れた。
「……」
「何ですか?」
「何、とは?」
気のせいか、今の俺の目にはメフィストがにやけているように映っている。
それを勘ぐって、恐らく彼に最後の会話を投げかけたつもりだった。
「俺に何か伝えたいことでもあるのでは?」
「……娘が君を気に入る理由は結局、最後までわからなかったな」
「そうですか、俺も自信を持って言えることじゃあないのですが」
「何かね?」
「彼女との出逢いは、運命だった。ただそれだけです」
そう言うと、メフィストは息を深く吸い込み、周囲の黒煙を飲み込むようにしている。
「ならば、君とシャムが死別する今も同じく運命だったのだろう」
――そう、運命なのだよ。
「……」
「……」
して、俺達の最期の駆け引きはメフィストが口火を切った――――っ。
彼は視覚でしか伝わらないほど、無音で間合いを詰め素直に左下から大鎌を切り上げた。
「っ!」
その切り上げを警戒していた俺は天地をひっくり返すように身体を横回転させて避ける。
「ッ!!」
切り上げを避けられた彼は予備動作なしで大鎌を返し、逆側からさらに切り上げの連撃を繰り出す。
それは、正に俺の読み通りの動きで。
長年にわたり闘技場で駆け引きのような試合を繰り返し、培った『予測』が的中していた。
「――ッ!」
二撃目の切り上げに対し、俺は彼の首に両足を引っ掛け、腰の膂力を頼りに縦に回転しながら地面に打ち付けるよう全力で投擲し。
「ガッ!」
彼の身体は上空から黒煙が蒸しかえる地に落とされ、大地を陥没させ。
「アァアアアアアアッッッ!!」
そして次には、渾身の力で打ち下ろした俺の拳を胸に喰らい、赤黒い血を酷く上げていた。
「ヴィラン!」
「来るなシャム!」
勝負はあった。と思ったが、何か様子がおかしい。
「ごふっ……ふ、はっは! まさか私が人間の手によってこうなるとは!」
メフィストは心臓を貫かれても、哄笑をあげる。
それはまさに悪魔染みた光景だと思える。
いくら主が擁護しようと、結局はそう思ってしまう――彼らは悪魔なのだと。
「婿どの……君に、っ……私が魔法をかけてあげるのだよ」
「魔法?」
「ああ、素晴らしいだろ……私は常々こう思っててな」
――独りで死ぬのは、怖いんだろうなあ。
「だから私は、私を手に掛けたものを道連れにするよう、自身に魔法を掛けた。当初こそこれは私達をここに遣わしたファウストのために用意した代物だったのだがね……君が連れそいでよかった」
その後、メフィストの下半身が灰となっていった。
生きることを観念した彼は、静かに瞼をつむり、死を受け入れていた。
「ありがとう婿どの」
「――っ」
彼からお礼をつらねられると、俺の身体にその異変が起きる。
メフィストを穿った右拳が、分子崩壊を起こしたかのように崩れた。
「ヴィラン!!」
そして次は両足が砂のようになり、崩れ去って。
俺の身体は討ち取ったメフィスト――悪魔の墓の上に転がったようだ。
全身にみなぎっていた生気が、天に還っていくような気がした。
「ヴィラン!!」
主、女神よ。
俺の異世界生活は、もうこれで終わりなのですか。
「何で、こうなるのよ……! ヴィランっ」
俺の命は、愛する彼女を残し、無責任に終わるのですか。
こうなることが、主の奴隷である俺の運命だったのでしょうか。
だとしたら、俺にまたとない一生を与えてくださった、貴方に……一つだけ、願ってもいいですか。
どうか、来世でも。
「シャ……ム」
「っ、何ヴィラン、平気よ今ミランダがやって来て」
「…………――来世で、また会えない、かな」
どうか、来世でも、彼女達と出逢えますように。
その願いだけが消え行く俺の脳裏に焼きつき。
次第に俺の意識も、メフィストと同じく大気に還って行った。
お疲れ様です読者の皆様。
サカイヌツクですぅ~。
もう少しで、今作も一区切りつきそうなのですが。
その後の構想もありますので、今作はもうしばらく続きます。
ですが――ストックがなーい!!
なので、物語が一区切りついた後は、三週間ほどの猶予を頂きたく思います。




