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決心と今一瞬の幸福


「痛いです、もっと優しく頼みますよ」

「捕虜である貴方からいかような指図も受けたくありませんので」

「お淑やかな見た目とは裏腹に酷な性格しているのですね、ミランダ」


 マラコーダはキングから受けた傷の手当てをミランダにして貰っている。

 どうやらミランダは修行によって治癒の魔法を習得していたようだ。


 グリモアの国境侵攻戦は、最終的にマラコーダが降伏を唱え無事終わった。


 この戦に投入されていた七割の敵勢力を、無力化したが。

 残った三割の敵はグリモア本国に引っ込む形で逃してしまった。


 まぁ、俺の意向としても殲滅はしたくない。


「……しかし、貴方達も馬鹿なことしますねぇ」

「確かに馬鹿な真似だったかも知れない」


 マラコーダの挑発には理解を示す。


 戦争は外交手段の一つ。

 と考えるのも一興かも知れないが、戦争で産まれるのは支配と悲しみだ。


 生来から自由な暮らしを夢見ていた俺としては、支配は嫌う所だった。


「私達がグリモアとダイダロスの戦争に介入するのは避けられないことです」

「ミランダさん、それってどのような理由なんですか?」


「私達が歩む道は決意の上で成り立っているのです。貴方の国がダイダロスの人間にして来た悪逆非道の数々はとうてい容認出来たものじゃありませんから」


 マラコーダの治療を終えたミランダは、早速次の重症人の許へと向かうため、この場を辞去する。マラコーダはミランダに特にお礼も言わず、呑気な面構えで明後日の方向を向く。


「ヴィラン殿、貴兄にグリモアを陥落することができそうですか?」

「なんとかなる、俺と頼もしい仲間達がいてくれれば」

「頼もしい仲間? それはそれは……」

「それよりもマラコーダ、グリモアの情報を横流しして平気なのか?」


 国境侵攻戦を敗北したマラコーダは、俺達にグリモアの情報を教えてくれた。

 あることないこと、真偽が疑われる情報の数々はそれでも役に立った。


 今俺達はマラコーダから得た情報を頼りにダイダロスへと続く道のりを進軍している。

 グリモアの狙いはダイダロスが産業革命で開発した例の覇石を用いた新技術だ。


 一先ず、ダイダロスへの主要ルートを確保する。

 それが俺達に課せられた次の作戦内容だった。


「それほどにグリモアは新技術を脅威とみなしているのか……」

「ですよ、ファウスト閣下は是が非にでもダイダロスの技術が欲しいようです」

「素直に外交して得ればいいじゃないか」

「生憎、私も閣下や首脳陣のお考えは分かりかねますね」


 と言い、マラコーダは逸らしていた視線を正す。

 透明度の高い彼の白い瞳は、まさに悪魔らしかった。


 ◇


 ダイダロス方面へと続けた進軍だが、今日はこの辺にしておこう。

 もう陽も無く、辺り一面真っ暗闇だ。


「全軍止まれ! 今日はここで野営する」

「各自野営の準備を、しっかりと骨を休めておけよ」


 キングと一緒になって野営の指示を出した。


「今日はここで野営なのかー、ヴィラン、僕は嬉しいよ~」

「ヘルメスはいつも嬉々としているが、何が嬉しいんだ?」


 尖った外耳の先っぽを手ですいてるヘルメスに尋ねると。

 彼女は一瞬だけ幽玄な面持ちをして、俺に抱き付いた。


「僕は神だけど、人間と一緒さ、時には寂しいし、時には孤独を怖れる」

「……そう言えば、ヘルメスも俺の主に転生させられた口だよな?」

「そうだとも」


 と言いつつ、彼女は抱きしめていた腕を解いて距離を置く。

 彼女から抱きしめられた感触は、妙に澄み渡っていて心地よかった。


「主、こいつのような弱虫と馴れ合うのはお止めください」

「キングぅ、それってひょっとして自虐?」

「俺は事実を言ったまでです。向こうで夕餉の用意をさせていますのでそちらへ」

「ありがとうキング、僕は嬉しいよ~」


 傅かせている奴隷と一緒に闇のヴェールに包まれ消えるヘルメス。

 そんな彼女の、得体の知れない色香に若干呆然としてしまった。


「ヴィラン、貴方の女好きな性格は治さないとこの先後悔するわよ」

「シャムか」

「えぇ私、貴方の初恋の相手で、今の貴方とは一蓮托生の間柄」


 お分かり?

 シャムはそう言って小首をかしげ、手の平を返すよう人差し指を突き付ける。


「……なぁ、マラコーダをどうやって説得したんだ」

「丁度そのことで話があったの、出来れば二人きりで話がしたい」


 その時、竜の翼が羽ばたく音が聞こえ、グレッグが近くに降りた。

 シャムはグレッグを指でさし、俺達は夜空の中へと向かった。


「……話って?」


 グレッグの手綱を握るシャムの背中はやけに悄然としていた。

 頼りなくて、脆そうで、儚くて。

 彼女と出逢った時のことをついつい思い出す。


「これは」


 するとシャムは声を張り上げるように口を開いた。


「これは、ミラやラシェットも知らないことなんだけど」

「……何だ?」

「実は私には父親が二人いるの。育ての親と、血が通った親と」

「そうなのか」


 何たる奇遇だろうか。

 蓬田塔矢に実母と継母がいたように。

 彼女にも実父と、義理の父親がいるようだ。


「私は国王夫妻の娘、っていう体だったけど、本当は違うわ。私は母である女王の不義理で出来ちゃった子供なのよヴィラン。私の本当の父親は元国王ファジールじゃないの」


「なら本当の父親は誰なんだ」


「つい先日までは知らなかった、けどメルラシエの修行場で教えられたの。私の本当の父親はファウストが召喚した悪魔の一人だったってこと」


「何者なんだ? ファウストって言う奴は」

「女神が言うには今から四十年ほどまえに転生させた人間なんですって」


 主による異世界転生は、異世界ギオスに悪影響を及ぼしているようだ。

 主はひょっとすると、この世界を混乱させたいのかも知れないな。


「ファウストは悪魔を召喚できるらしいの。無際限にね」


 そして、ファウストという男はシャムを産ませた悪魔を召喚し。

 それから十数年後にはクーデターを起こし、玉座を簒奪したらしい。


「私達は命からがら逃げたけど、その手招きをしてくれたのが私の本当の父親」

「……つまり、悪魔がシャム達を逃がしたのか?」

「そう、悪魔なんて呼ばれてるけど、ファウストが勝手に呼称してるに過ぎないわ」


 とすると、俺はマラコーダ達に謝罪しないとな。

 敵連中を一方的に悪魔と詰ってしまったが、あれは良くない。


「シャムの父親の名前は? 今も生きてるのか?」

「父の名はメフィスト、マラコーダに聞いた限り生きてるらしいわ」

「その人は今どこで何をしてるんだ?」

「……ねぇヴィラン、このまま私の父に会いに行ってみる?」


 このまま?

 そう言われて、前方に開けた視界を意識すると。

 視線の先には巨大な月があった。


 眼下は暗澹としていてよく見えないが、きっと幻想的だった。

 聞いた話によると、グリモアは魔法の国だから。


「その提案には応じかねる」

「どうして? どうしてよ?」

「敵に、シャムの父親がいるからといって、気を許すと手酷い目に遭いそうだから」

「……」


 シャムは俺の考えに口を噤み、反論の余地を探しているようだった。

 シャムの実父のことは、正直わからない。


「シャムのお父さんって、どんな人だ?」

「頼もしい人だった、それでいて、変な人だった」


 時には怒られたし、時には妙な所でこだわるし。

 などと、シャムは実の父親のことを回想している。


「本当に変な人だった。けど、彼が私の父だとすれば、少し理解が行く」

「そうか」


 それで。


「まさか本当にこのまま、会いに行くつもりじゃないだろ?」

「行くはずがないでしょ」

「にしては野営地から少し距離を取り過ぎだ、引き返そう」

「えぇ、帰るわよグレッグ」


 もしも――本当にこのままシャムの父親に会いに行っていたとしたら。

 それはそれでドラマチックな展開だが、仲間を悩ませるだけだ。

 俺はこの世界に生かされている一人として、そのような傲慢は出来ない。


 だから俺達はみんなが待っている野営地へと、半円を描いて引き返した。


「どうヴィラン? グレッグも安定して来たでしょ」

「ああ、グレッグは非常に頼もしいよ」


 俺達に褒められたグレッグは喜ぶように喉を鳴らし、鳴いた。


「でもあんまり調子に乗らないことねグレッグ」


 と、シャムがグレッグの鼻っ柱を折ると。

 グレッグは憤るように速度を上げ始めた。


「そうやってすぐ感情的になって、修行で何を学んだのよあんたは」

「……シャムは随分と余裕そうだな、普通だったらこの速度は息苦しいのに」


 今は時速にして優に150キロは出ていると思う。


「このくらいなんてことないわよ、何だったらもっと速度上げてもいいのよグレッグ」


 もっと?

 するとグレッグはシャムの命に従うよう、急加速し始めて。

 俺は振り落とされないようシャムのお腹に手を回した。


「どうしたのヴィラン? まさかビビったの?」

「驚いただけだ、シャムやグレッグがこれほど」


 これほど、強くなっているなんて夢にも思わないじゃないか。


 シャムとグレッグの二人には以前にはなかった自信が備わっている。


 二人にはもう俺の助けが不要なぐらい、屈強になったようだ。


 その確信を得た時、グレッグは高度を上げ始めた。

 上空に掛かっていた雲の中に飛び込んで、翼を目一杯広げて。

 ふと後ろを振り向けば、ひこうき雲が尾を引いていた。


「……このまま大気圏を超えそうな勢いだな」

「え? 今なんて言ったの?」

「星に手が届きそうって言ったんだ」


 雲の上空に抜けると、急激に気温が低くなった。

 シャムの身体を引き寄せて、二人で温もりを分かち合う。

 そして彼女は俺の腕に手を掛けては。


「……私、今回の戦争が終わったら、ヴィランと」


 ――きっと、幸せな国をつくる。


「たった今そう決心したから、ヴィランも覚えておいて」


 一緒になって、幸せな国をつくろうと提案して来た。

 予想だにしなかったその打診に、瞼を閉じて瞑想する。


 異世界ギオスに、主の奴隷として生を受け。

 彼女と出逢ってから始まった数奇な人生を、運命を、今は甘受する。

 そうすると、今一瞬の幸福で全身が打ちひしがれるのだった。



い、なせだね更新を連れてきたひと。

な、ぎさまで噂走るよ――め!!


どうもこんにちは、コロナ自粛ムードの中、アマゾンミュージックでラッツ&スターの『め組のひと』をヘビロテさせてます、サカイヌツクです。


『こんな時だからこそ』、との台詞は私はおこがましくて使いませんが。


なんにせよ、世界のコロナショックが一刻でも早く収束することを願ってます。


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