キングの蔑視
グリモアの国境侵攻戦は、俺達の優勢に傾いている。
ドロシーを筆頭とする蟲詠みの軍勢が、その異様な出で立ちから敵を怯ませ。
キングやエスパダを筆頭とする戦狼の軍は、飢えを満たすように敵を追い詰める。
わかっていたこととは言え、連中は人間じゃあないな。
「ヴィラン、この戦で私は証明してみせますね」
という台詞と共に、脇からミランダが顔を覗かせた。
彼女の髪はこの戦のために短くまとめられていて。
隣立つ姿勢からは、彼女の勇気が汲み取れるほど壮観だった。
「証明するって何を?」
「私が、いつまでも貴方に守られるような立場ではないことを」
……確かに、俺はメルラシエの修行場で彼女に後方支援に徹して欲しいと頼んだ。
しかし局面としては、ミランダはこの戦場でも屈指の強者だった。
逸早く彼女を投入した方がこちらも兵を失うことはない。
「俺は君やシャムに伝えたと思う、君達を失った時の気持ちを」
「えぇ、わかってます。私はヴィランの涙を見て、悟ったのです」
彼女の表情はとても澄んでいた。
彼女の微笑みを見受け、安堵しながら「何を?」って口にする。
「貴方が失ってはいけいなものを見出したと同じく、私が失ってはいけないものを」
彼女はそう言うと、国境沿いに敷かれた砦に向かった。
ミランダの神速の如き体捌きは、気付かぬ間に敵の懐に潜り。
「――!」
胆力を籠めた打撃を流れるように繰り出し、敵を一掃していた。
かつて、俺が彼女の母国でのいざこざで見せた舞踏のように。
今の彼女は戦場の中で、赫奕たるダンスを舞っているみたいだ。
――しかし。
「痛っ! これしきのことでぇッ!」
ミランダによって砦から振り落とされた敵が地に落ちてもなお、戦意を見せている。
「おい! あいつが敵将だぞ!!」
「ぶっ殺せッ!」
そして連中は俺に気付いたようだ。
一斉に落ちて来たからな、三十人ぐらいいるな。
「後方上空に飛び退きなさいヴィラン!!」
敵が俺に迫る中、その声が耳に届いたもので、言われるがまま飛び退き中空を漂った。
上から見えるのは俺の後方で魔法を狙っていたミラの姿だ。メルラシエの修行で彼女の力も格段に上がり、放たれた絶対零度の魔法は扇状に広がるよう敵を呑み込み、氷像化させていた。
そしたら氷像と化した悪魔軍に、ラシェットがでかい得物を持って近づき。
「……悪いなお前ら、俺達に敵対しちまったのが運の尽きなんだよォ!」
ッッ――氷を破砕してみせる。
「ここまで木端微塵になれば、奴隷と言えど再生出来ないだろ? 次行くぞミラ」
「ヴィラン、さっきからボケっとしてどうしたの?」
眼下からミラに激を飛ばされるが、俺はそのまま中空に漂い一人戦況を達観していた。
そして妥当なことを思い付き、恐らくこの戦場での敵頭目である奴に視線をやる。
奴は今、キングと激しい戦闘を繰り広げていた。
二人の戦闘で被害が出ないよう、ヘルメスが周囲にへらへらと指示している。
「だからぁ、ここは危険だから避けて通りな~」
「え!?」
「だからぁ、危険なんだよー」
「全く聞こえないのですが! 何て!?」
キング達の戦闘が一番激しく、轟音を発している。
戦場で戦略的脅威を示す指数の一つとして、『音量』が上がるんだろうなと思えた。キングと奴の攻防は戦場で上がる爆音や断末魔をかき消し、二人の存在性を主張し合っている。
「お前、名は何と?」
「こざかしいよキング、私の名を明かして何になる?」
「お前は強い、この先お前を討ち取ったことが武勲になるだろうからな」
「……私の名は、マラコーダ、私はきっと、お前達に敗れるだろう」
「敗北を悟ってなお闘争に身を投じる、その心意気、気に入った」
……どうやら敵将も戦況を見越しているようだ。
されど、マラコーダは降参の意志を見せなかった。
どのような絡繰りかは知らないが、マラコーダが繰り出す攻撃は必ず二回つながる。
キングは奴の攻撃を上手くしのいでいるとはいえ、やり辛そうだ。
「キング、私はお前の主ヘルメスにどんな罰を与えればいい?」
「主は唯一無二のお方だ、矮小な人間の尺度で語れる存在ではない!」
「そうか、つまりヘルメスを罰することができるのは女神だけと思っているのだな」
マラコーダは主の名前を出すと、唐突に距離を取った。
およそ三十メートルほどの間合いから、マラコーダは口を裂けるよう開いた。
「私を異世界ギオスに召喚した主はファウストである。お前らは女神を唯一神として崇めているようだが、女神だとて直に退廃するだろう――もはや、この世界にとって女神は無価値ッ!!」
言ってくれる。
あの人は俺の永遠の理想体であり、心の拠り所。
そんな大事な人を、愚弄されるのは心苦しい限りだ。
キングは俺の心情を慮ったのか。
「どうでもいいが、隙だらけだぞ」
「っ!?」
刹那に間合いを詰め、マラコーダの腹を拳でアッパー気味に打った。
「はは! 折角の死に際なんだ、もう少し語らせろよ!」
「ここは戦場、拳で語れ」
「たった今判った、私はお前が嫌いだ」
「俺は、嫌いじゃあないがな」
龍虎相搏つ二人の実力者の闘いは接近戦へと突入する。
キングの身体からは闘気が混じった汗の匂いが発露し。
マラコーダはキングの拳で血反吐を吐露し始める。
悪魔の血は人間と同じく赤色だった。
キングが右ひじを奴の鎖骨に落とすと、鈍い音が鳴る。
鎖骨を砕かれた奴はとっさに身体を捻転させてキングの足を払う。
がしかし、キングはその足払いに微動だにせず、左拳を下段から振り抜いて。
「っ!?」
「……これで終わりだな」
奴を後方へと吹っ飛ばし、砦に打ち付けた後。
トドメの一撃を刺すよう、必殺の構えを取っていた。
「待って!!」
その時、シャムがキングを制止する。
「どうした、初めての戦場でブルったのか?」
「違う、あいつには用件があるのよ」
「悠長なことを言うなら、その用件とやらを明かせ」
――さもなくば退け。
「退かない」
シャムもメルラシエの修行で強くなったものだ。
キングの殺気を受けても、平然としている。
けど、手負いの相手とはいえ、マラコーダに近づくシャムが心配になった。
「シャム、危険だ近づくな」
「私だったら大丈夫よヴィラン」
「しかし」
シャムを止めようとすれば、まだ幼い竜のグレッグが間に割って入る。
「……グレッグ、お前すっかりシャムに飼いならされたな」
と言っても、グレッグは俺に警戒の眼差しを向けたままだ。
グレッグの翼の脇から、シャムが奴に語り掛けている光景が見えた。
「シャムと奴は知り合いなのか?」
キングはその光景で二人の関係性をそう想起したようだ。
「さぁ、だがその可能性も否定できないな」
「……ここはお前に任せた、俺は残党を狩る」
「キング」
「何だ?」
「この戦争で、俺が最も頼りにしているのはお前だ」
だから、もしもキングが討ち死にしたらこの戦争から手を引こうと思う。
そうと言えばキングは目を細め、侮蔑の色が混じった炯眼を向けて無言で去った。
キングらしい悪態だとは思うが、これは正直な話。
俺のどうしようもない、弱腰の本音だった。
最近、夜のお供には漫画が欠かせません。
私が今読んでいるのは往年の名作『ギャラリーフェイク』です。
美芸術を題材とした作品なのですが、今から知ってる方向けに言いますと。
なんか、主人公の藤田を、自分の名前に挿げ替えて台詞読ませると愉悦です、例えば。
ヒロインのサラがピザの更新のために国に帰り、飛行機事故に巻き込まれ、サラが主催していたチャリティーオークションに、藤田が代理人としてオフィーリアを出したあのワンシーン――
サカイヌツク「ミレイ作、オフィーリア! ご存じシェイクスピア作ハムレットの悲劇のヒロインを題材とした大傑作! 19世紀英国ラファエル前派のロマンあふれる筆の冴えが見もの! どうか、ご笑納ください……」
三田村「ミスターサカイヌツク! 待ちなさいサカイヌツクさん! あ、あれがサラちゃんからの寄贈品ですって!? 礼儀知らずというか、不謹慎というか! 誰もが悲しみに暮れているときによくもあんな絵をわざと!」
サカイヌツク「……あの絵のオフィーリアはまだ死んじゃいないんだぜ。たとえ死の淵にあろうともまだ祈りの歌を口ずさみ続けるそのいじらしさ……死んじゃ、いないんだ……!」
三田村「ミスターサカイヌツクが、涙を……?」
というワンシーンが印象深いです、皆さんも是非ご一読ください<m(__)m>




