人生初の巻き戻し
「何? 私とお前の間にそんな話が出てるのか?」
「俺はてっきりマスカルも承諾しているものかと思ってました」
「……父は昔からそういう所があるのだ」
明朝、マスカルと寝所を共にした後。
例の婚姻の話を出すと、このような反応だった。
「ヴィランには確か奥方がいたよな?」
「ええ、シャムとミランダの二人ですね」
「私に彼女たちの輪の中に入れと言うのか?」
「無理にとは言いません、ですが」
――その話、ちょっと待ったぁあああ!!
唐突に響き渡った大音声に、俺とマスカルは身体を強張らせる。
「……ドロシーか」
「ヴィラン、お前とマスカル皇女が結婚したら、蟲詠みの国はどうなる」
蟲詠みの国は俺の国とカリン王国に挟まれるように位置している。
もしも俺達とカリン王国が親愛になれば、蟲詠みとしては危惧するのだろう。
「お前らの気持ちもわからなくもないが、そう心配することはない」
「先に言わせて貰う、ヴィランとマスカル皇女が結婚するのなら」
のなら? と問い気味にドロシーを見詰める。
「私もお前と結婚するッッ!!」
「……とにかく、私とヴィランの婚姻は父に説明してもらう。話はそれからだ」
マスカルは自分の衣服を腕に抱え、立ち去ろうとする。
「前向きに考えてくださればと思いますマスカル」
そしてその場には俺と、蜘蛛の下半身を持ったドロシーが残された。
「ドロシー、俺と結婚して具体的に何がしたいんだ?」
「……それを聞くか!?」
◇
マスカルとの結婚、ドロシーとの結婚。
二人の姫との恋愛を続けるには、先ずは母の件を片付けないとならない。
エルドラード帝国に先遣隊として送ったニードルの帰り待つこと数日――
「ヴィラン! ニードルが帰って来たらしいわよ」
シャムの言葉でニードルの帰還を知った俺はソファから立ち上がった。
「どこにいる?」
「さあ? 直に来るんじゃないかしら」
「……いよいよだな」
「ええ、若干緊張してきたわね」
「ミランダ」
シャムの緊張を受け、同室にいたミランダを呼び寄せる。
「何でしょう?」
「現状の未来はどうなってる?」
「まだ変わっておりませんね」
現状の因果では、まだ俺の母親は死ぬ運命を避けれてないらしい。
恐らく、これから取る行動次第で俺達の未来は大きく変わって来るはずだ。
「ヴィラン、今帰ったぞ」
「お帰りなさいニードル、それで?」
「ああ、エルドラード帝国に掛け合った所、ある条件を提示された」
「条件ですか……」
するとニードルは一通の用紙を取り出した。
「それに皇帝ベガから打診された条件が記載されている」
「ありがとう御座いますニードル、貴方は少しの間休みを取ってください」
「そうさせてもらう」
受け取った用紙のリボンを開き、シャム達と一緒に中を拝見する。
『初めまして東方の国の王、ヴィラン殿。私の名はベガ――貴方と同じ星の許に生まれた童貞だ』
……童貞?
『貴方がエルドラード帝国の領地を通りたいと聞き、私の中の童貞心は嫉妬して死にそうだ』
……はぁ。
『本来なら貴方のエルドラードの通行を快く許可するところだが、家臣から反対されてしまった』
……ほぅ。
『であるから、今から条件を提示する。一つ、通行料のギオス金貨十万枚を支払うこと。二つ、エルドラード帝国での補給物資の調達は認められない。三つ、私の恋人を募集中につき、誰かいい人を紹介してください』
……。
「ふざけてるのかしらね?」
「これは一体どういう意図でしょうか」
シャムとミランダの二人が書いてあった内容を疑うほど皇帝ベガの思惑は見てとれないが、ギオス金貨で事は足りるようだ。
「冗談じゃないわ、他を当たりましょう」
シャムはもたげた疑問と一緒に振り払うように条件を否定した。
「そうだな、ギオス金貨十万枚払うのはいいが」
「よくない! それで?」
「補給物資の確保が出来ないのなら、帝国をまたぐ必要性はないからな」
「宜しい、ならもう直接向かいましょう」
地形的には今の所在地と、一旦の目的地である西大陸は竜の翼で二日間掛かる広大な砂漠と、その先の海峡を渡った所にある。エルドラード帝国を介して向かえば、砂漠の横断を癒すことも出来るはずだったんだ。
この遠征軍の編成は竜を二十五翼、馬を一万頭、後は歩兵の組み合わせとなっていて。
砂漠を横断する労力を考えると、やはり帝国に一度立ち寄りたかった。
「……母か」
そんな血のつながりだけの存在が、今の俺にとって何になる。
いや、もしもミランダが示唆しているのがあの人のことだとすれば。
もはやそこには血のつながりすらない訳で。
説明すれば、蓬田塔矢の最期を見送ったあの人は継母だ。
継母と俺は幼い頃から顔見知りで、年も十歳しか離れてない。
彼女と父の再婚を打ち明けられた時、俺はまだ十五の時分だった。
「……二人はどうするべきだと思う?」
「そうねぇ……ヴィランのお母さんの状況や立場にもよるけど」
シャムは二年前から変わらないポジティブさで、悩む俺にある提案をする。
「ヴィランのお母さんだけを、連れ出すって方法は駄目なの?」
「出来れば私はその案を指し止めたいですね」
ミランダがその提案に難色を示すと、シャムはどうして? と尋ねた。
「列国の侵攻を受けて、困っているのはヴィランのお母様だけではないからです……先方の国には幾万もの難民がいると思われます。私が見通した未来は実際そのような光景でした」
なら、俺の母だけを連れ出す案は最悪のケースに取るべき方法なのか。
ミランダの未来視は主の奴隷になって以降、色強くなったとはいえ。
完全な力とは言い難かった。
「で、どうするのヴィラン? このまま遠征軍を動かしていいのかしら?」
シャムが俺の顔色を窺っている。
出来れば彼女とは互いの気持ちを忖度し合うのではなく。
彼女とは、阿吽の呼吸で互いを理解し合える仲になりたいものだ。
「……そうだな」
◇
結果的に、今回の遠征は大失敗だったと後悔している。
まさか遠征先に『彼女』がいて、俺達が駆けつけるのを待っていたとは露知らず。そのことを知ってしまった俺は功を焦って軍を無理な使い方をしてしまい、結果的に瓦解させてしまった。
そして俺はシャムを始めとした忠臣達を――失ってしまった。
俺一人が生き残っても、喪失感に堪えることしかできない。
その後数日、俺達生き残りは喪に暮れるように大人しく過ごしていると。
「やあ、ヨモギダくん、久しぶり」
「……お前はどこの誰だ」
「僕を覚えてないのは無理もない。今回は旧友の君を助けにやって来た」
自国の玉座の間は、今や斜陽を伴った静けさに包まれていた。
俺を王としたこの国に、明るい兆しはもうないだろうと言うくらいに。
「もう一度訊く、お前はどこの誰だ」
「自己紹介が遅れたね。僕の名前はベガ。エルドラード帝国の皇帝やってる」
遠征軍に非協力的だった、エルドラード帝国の皇帝か。
お前のせいで、シャムは死んだ――と、一瞬あらぬ加害妄想に駆られる。そんな非建設的な邪念に囚われていて、俺は奴の動向に注意が行ってなかった。
「……その眼は?」
気付けば、皇帝ベガの双眸が主と同じ極彩色の光を放っていた。
「良かったなヴィラン、今回のお前の失態は、お前の旧友が救ってくれるらしいぞ」
「主……」
――でもどうやって?
「今に分かるよヨモギダくん、今から君を過去に送る。君はあの時、エルドラード帝国を介在していれば未来はまた違ったかも知れないね。と言うことで、次こそは遠征軍を帝国に遣わしてくれよ」
俺を、過去に送る?
謎が謎を呼び、脳裏をクエッションマークで一杯にしていれば。
俺の周囲の大気が歪み始めた。
「……主、これが瞳術なのでしょうか」
「そうだとも、お前が自分の力を過信し、返り討ちにされたのも瞳術だったな」
――ヴィラン、この世はお前が思っている以上に広大だ。
「次は失敗しないようにな」
そう言い、空気の歪みに呑まれ、俺は虹色の光の環の中に溶け込んだ。
「で、どうするのヴィラン? このまま遠征軍を動かしていいのかしら?」
「……」
気付けば、俺の隣には失ったはずのシャムが居た。
俺の顔色を窺うように、彼女から円らな瞳を向けられて。
「……っ――シャム、そしてミランダ」
「何でしょうヴィラン」
二人の名を呼び寄せ、信じ難い現実を目の当たりにして。
「俺は、俺はもう二度と――」
声を震わせながら、俺はもう二度と――君達を失ったりしないと誓うのだった。
どうも今日は、今『小説家になろう』様で二作同時連載やらせて頂いているサカイヌツクです。
……が、本タイトルとは別の作品『皇帝に成り上がった男が帝室で起こるトラブルをチートパーティーの力で解決していくようです』の展開が一向に定まっておりません。
ピンチです、皆さんどうかお祈りください。
皆さん「我々は、数多の妨害工作を駆使し、この時を持ちて冥府の神アヌビスに祈ろう――どうかサカイヌツクの連載よ、エタり給え」
残酷か!!




