願ってもない話
思えば俺は主からの寵愛を、普通の価値観で受け止めていた。
彼女からの施しを軽率にするわけでもなく。
彼女からの施しを重宝にするわけでもない。
その昔、俺は主のことを自分の母親と信じて疑わなかった。
主も強く否定しないし、俺は女神の子供として周囲を軽蔑していたような気がする。
「……と言いますと?」
「ヨモギダちゃんはおつむの出来が悪いでちゅねー」
主は俺の頬を片手で掌握し、左右に振り始めた。
「出来ればやめへくれまへんか?」
今の俺は一国を代表する立場であって。
主との戯れのような失態を見せて今の座を失脚したくないし。
「ヨモギダ、お前が異世界ギオスにやって来た本当の理由は」
「本当の理由は? 俺は主の後光に魅了されて、貴方の御言葉に従っただけです」
「……そうか」
――私はひょっとしたらと思ったんだがな。
「まぁいいさ、とにかくミランダから進言された以上、引き受けるしかないだろ?」
「そうなりますね、極力争いごとは避けたかったんですが」
と言えば、主は皮肉気味に「奴隷から成り上るのに争いごとは避けられないだろうな」と、やや視野の狭い言葉を告げてくる。主の言葉を素通りするように俺は重役の前へと向かった。
「聞いての通りだみんな、今から遠征軍を編成し、当該国へ出向くぞ」
今回もまた二年前のように長い旅路になるだろう。
だから、集った重役にはしっかり準備しておくよう言いつけた。
「レギ、俺達が国を不在する間のことは任せたぞ」
「は! 了解で、ええ!? 自分はお供出来ないのですか!?」
「ああ、悪いがお前は戦力にはならないから」
きっぱりと、レギに断言すると、重役の一人であるエッザが異議を申し出た。
「ヴィラン、レギが行かないのなら私も残るぞ」
「さすがはこの国におけるおしどり夫婦、お熱いことだ」
二年後、誰よりも環境に変化があったのはこの二人だ。
レギとエッザはいつの間にか恋人になり、結婚までしてて。
レギの口から結婚の報告を受けた時は、耳を疑ったものだ。
「今回の遠征、レギとエッザには国の保安を任せる。それでいいか?」
「チ」
「隊長……自分は隊長が無事に帰って来ることを祈っております」
と言うのが今回の話の始まりだった。
俺達は可及的速やかに遠征軍を編成し、エルドラード帝国方面へと進軍を開始する。
遠征先はエルドラード帝国を跨いだ西側にある。
道中蟲詠みの国を通り――
「ドロシー、同盟国であるお前らに頼みがある」
「話は聞いている、我らもいくらか兵力を貸そう」
「……意外と素直に応じてくれたな」
「当然だろ」
ドロシーは非常に晴れやかな顔つきで、俺達を歓待し。
あまつさえは気風よく兵力を貸し与えてくれる。
兵力を増強した俺達はアスター川を下降し、次はミランダの母国を来訪した。
「ミランダー!」
「あ……」
そこには先発隊を通じて俺達の来訪を知ったキャシーや。
「ヴィラン、ちょっと見ない間にまた大きくなったようだな」
「久しぶりにしてますねマスカル」
俺の恩師であるマスカル。
「クラナも久しぶりだな」
「およそ二年ぶりですね」
ミランダの親友であるクラナや。
「他のみんなも、久しぶりだな」
踊り子クラスで苦楽を共にしたみんなが、待っていてくれた。
◇
カリン王国に辿り着いた後、遠征軍に一時の休暇を与えた。
何しろ、この遠征の雲行きが怪しくなるのは次の国境からだ。
カリン王国に滞在している間に、先遣隊が帝国に話を通してくれるといいのだが。
「やあやあやあ、ヴィランの顔が意外に広くて僕も愉快だよ」
して、現状の俺達はカリン王国が開催した祝賀会に出席している。
祝酒に酩酊したヘルメスは千鳥足で俺に近寄る。
どうでもいいが、仮にも神格を与えられた奴がおいそれと酩酊しないで欲しい。
「キングは?」
「キングだったら、向こうで女子に囲まれてたよ」
「どうして?」
「ほらあ、キングって意外とモテるからさ」
「そう」
なのか? それは知らなかった。
「と言うことで僕の相手は君しかいないんだよー、ヴィラン」
「ミランダは?」
「旧友達と昔話に花咲かせていたよ」
なるほど、二年ぶりに再会したキャシー達と話し込んでるのか。
ふと部屋の入口を見やると、人垣が二つに分かたれていた。
月読と、マスカルのご両人のようだ。
聞けば俺達が立ち去った後、カリン王国はその後順調に国の統合が行われている。
「ヴィラン、一応までに父上を連れて来たぞ」
「助かりますマスカル、月読にはお願いしたいことがあったので」
「……久しぶりだな、豪放磊落者よ」
月読は俺を不敵と褒めるように称し、その眼差しからは酷い警戒心が汲み取れる。
「……まったくもって、お前の運命には驚かされ、そして悟らされる」
月読は隣の席に腰を下ろし、マスカルは月読の逆隣りに腰を落ち着けた。
「悟らされるとは?」
「自分という存在の矮小さにだよ」
「そう謙遜なされても、貴方がいなければ今の俺はありません」
「だろうか? この際そんなことどうでもいいのだ」
月読が愚痴のような不満を打ち明けると、耳元で手を鳴らすと。
闇夜に派手な色彩で浮かんでいた祝賀会の空気が変わる。
「お呼びでしょうか閣下」
「お主の出番だぞマスカル、今宵の宴を盛り上げて見せろ」
「御意に御座います」
すると隣に座っていたマスカルが指名を受け、音も立てずに立ち上がる。
見れば、マスカルの顔にはいつの間にか黒いベールが付いていた。
「天に咲く太陰が、我らがカリン王国に加護を齎し早二年」
マスカルの神妙な口上に、会場にいた幾人かが群れから飛び出し。
俺がこの国を去った日を彷彿とさせるような、フラッシュモブをし始める。
「思えば、我らは尊い友人を失った。しかし離別した友は今も我らを慕い、不敵な笑みを湛えまた手を差し伸べてくれた。今宵、我らが踊るは友への感謝の印、今も変わらぬ友への」
――愛の証。
「では舞うとしよう、我らが尊敬する友のために」
「……」
息を吐くように薄く開いた唇を、すぐに閉ざした。
彼女達が口にした友情やら、愛情を肌に感じて。
この二年間に何があったのか確認し、興じたい気持ちを抑え。
今とて変わってないこの国の踊り子のみんなの舞踏を網膜に焼き付けては。
……マスカル、この後また夜を共にしませんか。
と言った、マスカルへの口説き文句を脳裏で湧き上がらせる。
「ヴィラン」
「何でしょうか?」
月読は俺と同じ感じに頬杖をついていた。
彼が携える立派な黒髭は所々、痛んだように白くなっている。
「残念なことに、この国の世継ぎはマスカルしかおらんのだが……マスカルを娶る気はないか?」
マスカルを? それはそれは。
願ってもない、話だ。
実は私、サカイヌツクは随分と前からテレワークしておりました。
テレワークの魁、男塾ッッ!!
しておりました……が特に何ら変わりありません。
私は私のままです。




