痛み分け
「久しいな、ヘルメス」
「……もしかして、女神か? おぉ」
――会いたかったよ。
「僕を助けに来てくれたのか? さすがに君達も良心の呵責が嫌になったとみる」
「お前の奴隷が、私の奴隷と戦っているようなんだが?」
「ああ、さっきキングが報せて来た相手はそういうことだったのか」
「ヘルメス、交渉しないか?」
「内容次第だ、だが僕は否定的な物腰じゃない。君との交渉には乗り気だ」
「お前をここから出してやる代わりに」
「いいだろう、交渉は成立だ」
「……相変わらずだな。そんなにここが嫌なら自力で出ればいいだろ」
「どうしてなんだろうな、どうして僕の周りには虫が湧くんだろう」
「愛されてるのさ、昆虫の神様から」
キングとの試合を繰り広げていて、つくづく地の利が大切なことがわかった。
「っ!」
キングが俺の左手に回り込もうと疾駆している。
「っ!」
だから俺もキングの左手に回り込もうと、感覚を頼りに地を蹴る。
そして両者は正面からぶつかり合い、拳を繰り出すのだが。
「っ!」
キングの拳は俺の目尻に当たり、一方の俺の拳は空を切る。
キングには見えるものが、俺には全く見えない。
それが両者の攻撃の手を変化させて行く。
依然としてキングは俺の死角に回り込むよう周囲を走る。
一方の俺は足を止め、キングの出方を窺う。
とりあえず適当にモルドレッドの秘技である掌底打ちを繰りだした。
「っ!? 何だその攻撃は」
「……内緒だ、そうに決まっているだろ」
適当に繰り出した遠距離攻撃はキングに当たってくれたようだ。
しかし、キングが俺同等の堅さを持ち合わせるのなら、効果はない。
「っ!?」
そうこう考えている間に、キングは死角から奇襲して来る。
相手に考える隙すら与えない奴の瞬発力は見事だ。
防御の構えに転じ始めた手合いを、キングは戦いながら考え抜くだろう。
――どうやったらこいつを仕留められるのか。
キングは罪を犯した蟲詠み達と死闘を繰り広げて来た歴戦の闘士だ。
何かしらの必殺の手があるような気がしてならない。
その時、キングの足音が消えた瞬間――胸騒ぎがした。
これは避けなくては駄目だ!!
「ッ!」
キングが迫りくる気配を、五感を全開にして察知し、全力で逃げるよう避けた。
「っハァ! よくぞ今のを避けたなヴィラン!」
「……キング、もう止めないか?」
この死闘は、お互いに無傷じゃ済みそうにない。
いくら俺達が不死の奴隷だからとは言え、痛いのは嫌だろ。
「戯言をほざくな! 見損なったぞ!」
「キング―、いるかい?」
「っ!? その声は主ですか」
暗闇の中から中性的な女性の声が聴こえた。
声はキングを呼び寄せ、何かを話しているようだ。
「ヴィランくんを排除する必要はなくなったから安心して欲しい」
「……主よ、ですが俺はヴィランと雌雄を決着する必要があるのです」
「どうしてもかい?」
「どうしてでもですッ!」
キングが主の命に反論している。
俺からすれば残念な内容だ。
けど、キングの気持ちも判る。
「ヴィラン、お前は一体何様なんだ」
そこで俺の主である女神が声を発した。
内容はさておき、主には憂いを帯びた声音で進言した。
「主、この暗さをどうにか出来ませんか。戦い辛くてしょうがない」
「自分でどうにかしろヨモギダちゃん……それよりも」
主は俺に向かって言い辛そうな声音を取っていた。
「何です?」
「キングとヘルメスの二名をお前の部隊に加えることにしたからな」
「ヘルメスとは?」
「神さ、神の一柱を担っている」
「それでいてキングの主であるお人なのでしょうか?」
「さぁ、それは知らないな」
主はとぼけたように飄々と返答する。
キングとヘルメスの二名を連れて行くことには不満はない。
むしろ歓迎する。
「で、女神達の話し合いは終わったのかな?」
「ああ、ヘルメスは私の奴隷であるヴィランの付き人となれ」
「了解だよ、それで僕をここから出してくれる。それでいいんだね?」
交渉は主の先導のもと、手短に終わったようだ。
内容を汲むに、ヘルメスと呼ばれた神の一柱は俺について来てくれるらしい。
素性は定かではないが、ヘルメスの能力は奴隷であるキングから窺えた。
ヘルメスは間違いなく、俺の主に匹敵するほどの実力者だ。
「ヴィラン! 貴様と俺の闘いはまだ終わってないぞ!」
「……もう止めようキング、俺達は仲間になるんだから」
「何を日和ったことを抜かしているッ!!」
――貴様は悔しくないのか?
と吼えたてるキングは察するに、未練があるようだ。
俺との死闘の決着を付けられないことに。
さすがは戦闘狂を自負するだけはあると思えるが。
「今日の俺は不調なんだよ、実力が十分に発揮できない相手と闘っても、キングにも不満が残るだろ? もちろんそれは俺にしたってそうだ」
「それは嘘だ、今日のヴィランは気合いが乗っている」
「も~、何でもいいからさー、早くここから出ようよ君達ー」
ヘルメスが俺とキングの話し合いに介入して来た。
ヘルメスは闘いの行く末などどうでもよくて、俺も基本的にやりたくない。
キングだけが闘いの続行を熱望している。
「……キング、交換条件に応じるなら、お前とやり合ってもいい」
「何であろうと応じるぞ」
「俺が勝ったら、妖精王に謁見させてくれ。それとも妖精王はヘルメスのことなのか?」
「妖精王と呼ばれる『もの』の正体は我が主ではない、それと――!!」
と、キングは言うが否や、俺に拳を繰りだしたみたいだ。
キングの殺気を気取り、俺は瞬間的に横に避ける。
「我が主を、呼び捨てにするなッッ!!」
キングの奇襲を皮切りに、死闘は再び始まってしまったようだ。
主は非協力だし、キングの主であるヘルメスは。
「キングー、とりあえず頑張れよー」
「は!! 主の期待に必ずや応えてみせます!」
キングという油に火を注ぐ。
神々という存在は意外と戦いが好きなんじゃないだろうか。
主にしたって、長年俺を闘技場で使役していたぐらいだし。
何にしろ――この勝負に必勝することしか頭にない。
闘技場で培った勝負勘を頼りに、俺は敢えてキングと交錯するように動いた。
防御に転じていても、キングの例の必殺技の餌食にしかならない。
「ッッ!」
依然として、キングの攻めだけが俺の身体にヒットしている。
俺の攻撃は暗視が利いているキングにかわされ続けていた。
「口惜しいなヴィラン! 貴様の目が利く所で存分にし合いたかったぞ!」
「……ほざけキング、お互いに勝負を長引かせる訳にはいかないんじゃないか?」
「それもそうだ、ならば――次の一手で勝敗を決してやる」
するとキングは殺気を鎮め、完全に気配を断った。
肌に感じるものと言えば、我が主の麗しい香りと。
ヘルメスと呼ばれた一柱の神の。
「二人とも頑張れー」
調子外れの声援だった。
……なんとなくだが、キングは俺の目の前に位置しているような気がする。
勘頼みの予測を打ち立てた俺は、キングと同じく勝負に打って出よう。
もしもキングが俺に――――ッッ!
「っゴブォ」
「ヴィラン……この勝負は俺の勝ちだッ!!」
キングは予測通り、俺の正面から攻撃を仕掛けた。
キングの魔手は、俺の腹を刳り貫くように背中へと貫通したようだ。
堪らず血反吐をつき、俺は突かれたキングの左手を掴む。
主の奴隷でなければ即死していただろうけど。
「ッ――――」
「オォ!? ハァッ、まだやる気かヴィラン!」
掴んでいたキングの左手を、引きずり出すように上に放った。
これは賭けだった。
キングが神の奴隷だったとしても、空中で身動きは取れなければ。
この勝負は、俺に左手を掴まれた時から決していたんだ。
「キング……」
「これでトドメだな、ヴィラン!!」
「ッ――――ッッッ!!」
◇
「っ!? 何かが下からせり上がって来る! みんな伏せて!」
「これはモルドレッド様の!」
俺の上空に放られたキングに向けて、モルドレッドの秘技である光のブレスをぶっ放した。光のブレスはキングに直撃し、カウンター気味に入ったこともあってそのまま勝負は決する。
――っ。
「主……今、キングがっ、落下したと思うのですが、勝負は、おれの」
「ああ、この勝負はお前の勝ちだヴィラン」
「……ありがとう、御座います」
俺の意識はそこで途絶えた。
主から勝利宣言を受けたが、俺の意識もほぼ同時に無くなった所を鑑みるに。
この勝負は、結果的に痛み分けだと思えた。
何だろう、この異物感は……。
私は一体、何を呑み干してしまったのだ?
ゴックン。
ああ、これ、喉を通って行くこのゴリゴリとした感触は――
私「キン! キン! に冷えてやがるぜぇえええ!!」
神「うるさ! うるさいなぁもぉ~」
某日、私は居酒屋で神と一杯引っ掛けました。
続く。




