死闘
「妖精王か、ヴィランはその正体を掴んでいるのか?」
この声は。
「主ですか? いつからここに居たのです」
「今だ」
「……今日は不機嫌そうですね」
主の声音にはいつもよりも圧迫感があった。
「私の機嫌が悪いのは、お前が選んだ選択肢が最悪だったからだ」
「でしたら引き返しますよ」
「もう遅い、奴らはお前の存在に気が付いた」
主が仰られると同時に、前方から人の足音のような物が聴こえ始める。
「ヨモギダ、お前が取った選択肢は最悪だ。この選択のせいで、お前の人生はますます荒れるぞ」
足音は前方およそ四百メートル付近から一気に加速して、こっちに向かっている。
「ではやはり引き返しますよ」
「言っただろ、もう――遅いって」
と、主が言うや否や、胸部に激しい衝撃が走った。
「っ!?」
衝撃に反発するよう足で踏ん張ろうとしたが。
地面にはぬめり気があって、むしろ体勢を崩す。
そのまま後方に飛ばされた俺は壁に激突し、鐘を突いたような音を轟かせた。
「……今の感触は、もしかして蟲詠みではないのか」
「急に人を襲うな、それもこんな暗闇の中で」
前方の真っ暗闇から人の声がした。
声の主は俺を蟲詠みと勘違いしていた。
そう言わんばかりに殺気を鎮める。
「どうしてここへ参った、お前の名前は何という」
「……俺の名はヴィラン、お前こそ何者だ」
「俺は主よりキングと呼ばれている、しがない戦狼だ」
「って言うことはお前も俺と同じ奴隷か?」
「ああ、と言うことはお前もか……まさかとは思うが、お前の主は蟲詠みではないだろうな」
違う。と断言するとキングはひたひたと足を鳴らし、俺に肉薄したようだ。
互いの吐息がわかる距離まで接近しても、彼の相貌は目に映らなかった。
それほどにここは光が無い世界だったらしい。
「貴様の目的は何だ」
「俺の目的など訊いてどうする」
「返答次第では殺す、そう言っている」
僅か三十センチほどの距離から殺意を表明され、内心少し臆した。
しかし、仮にここで嘘を吐いても、結局はこいつとの戦闘は避けられそうにない。
何故ならば――
「俺は妖精王に会いに来たんだ」
「では、――死ぬがいい」
何故ならばキングにとって妖精王の謁見はタブーだったみたいだから。仮に嘘を吐き、妖精王の目に掛かっても、俺がここにやって来た経緯と、彼の蟲詠みへの酷い敵意を汲むに、この戦闘は避けられない事象だった。
キングは再び殺意を発露すると、全力の拳を繰りだしたようだ。
こいつから貰った衝撃の感触は確かに人の拳の形をしていた。
だからキングの身体は人体に酷似している筈だった――
「っ!?」
「いいパンチだが、打ったら即座に拳を引っ込めないとな」
キングが放った拳は的確に俺の鳩尾を穿つ。
お世辞ではなく、今の拳は凄く痛かったし、息も多少苦しくなった。
むしろダメージが大きかったのは俺よりも背中の壁だ。
背後の壁は俺の身体によって二度打ち付けられ、陥没している。
キングが放った一撃の、拳の筋道を辿るように手で掴んだ。
左手の手のひらには人体の腕の皮膚と骨格、それと鍛え抜かれた靭帯があった。
「キングはこんな真っ暗闇の中、よく目が効くな」
――けど、それだけでは俺は斃せないよ。
「無益な殺しはしたくない、だから」
「……初めてだ、俺の攻撃に二度も耐えた手合いは」
――あまつさえは俺の腕を掴みやがった。
「一人の戦闘狂として、こんな好敵手には二度と出逢えない確たる予感がするのだ!!」
戦闘を平和的に治めようと説得しても、キングの返答はこうだった。
だとしたら仕方ない、俺はこいつを斃して妖精王のお目に掛かろう。
「であれば、地上に出ないか? ここじゃあ俺は全力を出せない」
「それは待て、主のお許しを得て来る……それまで待てるなヴィラン」
「子供じゃないんだ。それに、俺もお前との手合わせが少し楽しみだ」
手を離すと、キングはひたひたと足裏を鳴らし、奥手へ消えて行った。
このままキングの後をひっそり付けてもいいが、すぐにバレルだろうな。
だから暗闇の中でキングを待つことにした、にしても。
「戦狼、確かに毛深かったな」
◇
数分後、キングが帰って来る。
「キング、一つ訊かせてくれないか」
「何だ」
「お前の主って妖精王なのか?」
「……ヴィラン、主にお伺いしたのだが、お前の申し出は却下された」
――だから、今この場で俺とし合え。
「できるな?」
「……もったいないと思わないか? 俺達は互いに認めるほどの好敵手じゃないか」
何て詭弁を用いて、少しでも地の利を見出そうとしていた。
俺はこの世の誰にも負けない自信はあるが、万が一の事態だって考えることが出来る。
ここでの戦闘は完全にキングに地の利があるし、キングの攻撃は俺に通用している。
だからこう考えた、もしかして。
――もしかして、キングの今さっきの攻撃は全力じゃなかった。
だとすれば、キングを生かしたまま決着させる方法は無理なように思える。
生かす必要があるのかと問われれば、是と答えよう。
彼は敵ながらも天晴なほど、実直な性格の持ち主だとわかるから。
生かす必要というよりも、彼を殺すことが惜しい。
「主は蟲が大変お嫌いである、だから一時でも蟲詠みを見たくないそうだ」
「ならお前の主にこう言ってくれよ」
「主への挑発的な発言は一切聞き入れられない」
「俺はまだ何も言ってないだろ」
それからほどなくして、俺とキングは臨戦態勢に入った。
こういう手合いは良い。
俺と同じ姿に近くて、無手の手合い。
呼吸も思考も同じで、好む間合いも同じくらいか。
もしもここが闘技場であれば、観客を圧倒する自信があった――
「「ッッ!!」」
俺達の魂を乗せた初撃が交錯し。
人生で数えるほどしかない死闘はこうして始まった。
草木に水をやりませう。
お花に水をやりませう……さ、水を与えた所で本番。
私「神よ」
神「なぁーにぃー?」
軒先にあるプランターに水を与え、私は神の名を意味深な空気で呼ぶ。
私「……」
神「どぅしたのぉー?」
神は優しいから、意味深な態度を取る私を気遣ってくれる。
私「なんでもないさ」
私は、こういう一時が好きだ。
神との生活も早云十年、退屈と言えば退屈だが。
それでも、児戯のような神とのやり取りは、気に入っている。
神「めんどくせぇーなー」
私「そう言うな」
私は微笑みをたたえ、神にほっこりとするのだった。
続く。




