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地獄


「単なる人間風情が逆さの巨塔の最難関とされる地獄の門によく来れたな」

「お前のことは色々と聞かされている」


「……誰からだ?」


 第七十九階層に辿り着くと、地獄の門と呼ばれる仰々しい鉄の扉があった。

 その前には幾人もの蟲詠みがいて、中でも俺に声掛けたサソリ男は自慢の毒針をちらつかせる。


「お前の名はトミーであってるか? 幼い頃、学校の先生に一目ぼれして思い切って告白したのはいいが実はその先生は幼い蟲詠みを片っ端から喰っていたシリアルキラーで、お前も喰われる寸での所で無造作に毒針を出し、偶々先生の」


「待て、どうして俺の幼少時代の話を知っている」


 本当に誰から聞かされたのだ。とサソリ男のトミーは困惑していた。


「続きがあって、お前が二度目に恋した相手は初恋の先生の娘だった。その娘とお前は恋に落ち、やがて結婚するのだがお互いに素性を知らなかった。そしてお前だけがある日、隠されたその事実を知ってしまい、寝る際は必ずと言っていいほど部屋に鍵を閉めてから寝るのが通例なのだが、奥さんもすでに事実を知っている様で」


「待て! どうして俺すら知らないことを知っていると聞いてるんだ!!」


 もうヤメテ、俺のライフは0よ。と言いたげなのか。

 サソリの蟲詠みであるトミーは目に涙を浮かべている。


「ここに来るまでに蟲詠みが何人か配置されていただろ? そいつらから聞いたんだ」


「……ならば、貴様は生きて返しておけないな。名は何というのだ」

「ヴィラン」

「いい響きじゃないか。お前が討ち取った蟲詠み達の御霊に懸け――」


 サソリの蟲詠みが油断しきるように口上を連ねると同時に、俺から仕掛けた。


「貴さッ!?」


 連中の目には一瞬で懐に潜りこまれたように映ったことだろうな――ッ!


「トミー、出来れば俺達を蟲詠みの街に通して欲しいんだが」

「……」


 しかし、俺の声は届いてないようだ。

 トミーは俺にわき腹を穿たれ、失神してしまった。

 門番していた他の蟲詠みが援軍を要請しようとしていた所を。


「ちょっと待て、その必要はない」


 俺の背後から現れたドロシーが、事情を説明するのだった。


 ◇


 逆さの巨塔の八十階層から九十階層までは吹き抜けの構造をしている。

 その空間には彼ら――蟲詠み達が独自に発展させた街があった。


 その名も『金々蟲々(きんきんちゅうちゅう)』だ。


「ここは私達の故郷であり、絶対防衛圏だ。本来なら蟲詠み以外が立ち入っていい場所ではない」


 ドロシーの助力がなければ、双方にとって大参事を招いていたことだろう。


「ありがとうドロシー、感謝する」


 だから俺は素直に彼女に礼を言った。

 ただそれだけなのに、シャムは俺を小突くんだ。


「ドロシーはヴィランに気があるみたいじゃない」

「そうなのか?」


 尋ねるように言うと、ドロシーは視線を逸らす。


「私の姿を見て、微動だにしない人間は珍しいからな」

「良かったわねヴィラン、本当に」


 シャムの嫉妬混じりの飄々とした態度に、心が温かくなる。


 明日からは、蜘蛛に対する苦手意識も消えてくれそうだな。


 心を改めると、街の入り口へと続く長大な階段を下り切った。


 入り口で待っていたのは、蟲詠みの面々だった。


「トミー、これはどういうことだ?」

「悪ぃ、今度やって来た冒険者は強過ぎて、手に負えなくてな」


 俺に斃された門番のサソリ男が町民から事情を訊かれている。


「けど、こいつらは他の人間と違って、余り俺達を忌諱(きい)してないようだ」

「そうだ、だから大婆様の許へ案内しようと思う」


 ドロシーがトミーをフォローするように発言すると。

 群衆から「ドロシー様だ」「お帰りなさいませ」という声も聴こえる。


「通らせて貰うぞ、こいつらには地獄の鬼達を一掃してもらう」


 ……地獄の鬼達?


「地獄の鬼達って何のことだ?」


 小声で近くにいた蟲詠みの一人、蝶人間のゲジュに尋ねる。


「地獄の鬼達とは、街で大罪を犯した蟲詠みの通称ですよ」


 何でも、この街でも犯罪を犯す奴は居て。

 中にはこの街の者では殺しきることも出来ない屈強な蟲詠みもいるらしい。


 そんな連中の扱いはどうするのかと言えば。

 今いる九十階層から下の階層に追放するというのだ。


 蟲詠みから言わせれば、ここより下の階層は鬼が住まう地獄だった。


 ◇


「只今戻りました大婆様」


 ドロシーは俺達を蟲詠みの長老の所へと案内した。


「……」


 大婆様と呼ばれた、ドロシーよりも一回り大きいジョロウグモは瞑想している。


 通された長老の家屋は、他のものよりもやはり立派だ。


 蜘蛛の巣を模したハンガーラックのような物が赤い壁に点在してて。

 何より立派なのは大婆様と呼ばれたジョロウグモを迎える大きな部屋だ。


 彼女は白いソファーの上に蜘蛛の下半身を鎮座(ちんざ)させ、目を開き、俺達を睨んだ。

 

「よくぞ来たものだ、矮小な人間達よ」

「お招きに預かり光栄です、私の名前はシャムと言って」

「シャム、お前が地獄の鬼を始末してくれるのか?」

「いいえ、地獄の鬼は私の夫であるこの人、ヴィランが退治します」


 お分かり? と、シャムは初対面の長老に対し尊大な態度だ。


 命を狙って来る相手に対し畏まる必要性はないと俺も思うが。

 それでもシャムの対応は無力な自分の立場を把握してない悪手に思える。


「お初目に掛かります、俺の名はヴィランと申しまして。俺の実力は竜族を率いていたモルドレッドをも凌駕するほどです。地獄の鬼と、天上の竜、どちらの方が強力だと貴方はお考えですか」


「何と、モルドレッド様を斃したと言うのか……そう言えばお前からはあのお方の気配が感じられる」


「モルドレッドは最後、俺の身体に魂を宿しましたから」


「我らは惜しいお方を失くしてしまったな……遂にその時が来たのだろうか」


「その時とは?」


 問うと、彼女は口を噤んで、下半身の蜘蛛の胴体を膨らませる。

 そしてソファーから静かに身を起こすと、天井に頭をぶつけていた。


「窮屈な家だ、だが仕方あるまい」

「大婆様はまた体が大きくなられたようだな」

「ドロシーもそのうち、私のように立派になる。案ずるな」


 この部屋の天井は優に三メーターはあるというのに。

 大婆様と呼ばれる彼女の巨体は、まだ成長しているのか。


 そして俺達は彼女に地獄の入り口へ案内される。


 地獄の入り口、それは巨大なほら穴だ。


 逆さの巨塔の九十階層から最深部まで繰り抜かれた、大穴からは断末魔にも似た風切り音が鳴り響いている。その光景を覗っていたミランダがつい立ち竦み、膝を震わせていた。


「ここから先は文字通り地獄だよ、それでも行くつもりかい?」

「……遠慮したい所だが、この先に妖精王がいるんですよね?」


 俺だとて、わざわざ危険に飛び込むような真似したくない。


 けど、ドロシーが仄めかした妖精王の正体に迫りたいし……。


 それに、これはミランダから伝えられた最善の選択肢でもある。


 逆さの巨塔を攻略している中、ミランダは例の夢見を繰り返していた。


 ある日のこと、野営した翌朝のミランダの顔色が冴えていた時があった――


「ヴィラン! 妖精王は実在するのです」

「……どうして自信たっぷりなんだ?」

「えっと、根拠を問われると……でも私は見た在りのままを」

「分かってる、ミランダが幼少の頃から見ていた予知夢なんだろ?」


 でも、どうして妖精王の存在にそんなに嬉々としているんだ?

 率直に問えば、ミランダは少し恥ずかしそうにしながら言うんだ。


「妖精王は、私の良き友となってくれていたからです」


 頼りがいがあって、優しくて、静謐としていて。

 ミランダは妖精王の人柄を羨望の眼差しで見ていた。


 思えば彼女を旅に連れて来てから、笑顔を見る機会は少なかった。

 時折話す機会を持っても、辛さや寂しさを誤魔化すような愛想笑いばかりで。


 そんな彼女が、かつてシェリーが見せてくれたような最高の笑顔をしながら、妖精王に会いたいと、妖精王と良き友人になりたいと口にしたんだ。


 だから俺は地獄と呼ばれる場所に単独で飛び込んだ。

 ここから先は俺一人の闘いとなる。


 ミランダの未来の友人である妖精王と邂逅するために、地獄へと舞い降りたのだ。


「……想像以上に暗いな」


 深淵に辿り着くと、そこは暗黒世界。

 頭上から聞こえていたシャム達の声も届かなくなって。


 一抹の不安に駆られた俺は、地獄の深淵から頭上を見上げるのだった。



神「そっち行ったよー」


 逸る心臓を抑え、私は一発必中するためにその時を待った。


私「……まだか」

神「そっち行ったてばー」


 ? 神はそう言うが、敵の姿はどこにも……まさか。


私「空か!?」


 ふと気付けば、視界には見慣れた天井が映っていた。


神「おはよよーん」

私「……これはどういうことだ神よ」

私「私は近頃、妙な夢ばかり見るのだが?」


 神を詰問するよう責めると、神はっぷりっぷりなお尻を横に振りつつ。

 ある種の真理を打ち明けるのだ。


神「大抵の夢見って、妙なのばっかりだよねー」

私「ですよねー↑↑↑」

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