生き心地の味
女神の奴隷である俺は一心に彼女の加護を受けていた。
俺にはどんな魔法も効かないし。
俺にはどんな攻撃も効かなければ。
俺には、どんな拷問も意味をなさない。
「そろそろ正直に言えよヴィラン、貴様がやったんだろ?」
「いいや」
「――ッ!!」
俺は今、リッツ領の保安部が所持する牢屋にいた。
薄汚くて、悪臭が鼻をついて、不快指数がいように高い悪辣な場所だ。
保安官の一人は功績を上げようと躍起になって俺を拷問する。
どこの世界にも自白を強要する馬鹿はいるものなんだな。
「貴様がリチャード三世を殺害したんだ!!」
「何故俺に容疑が掛かったのですか」
「貴様がリチャード三世の殺害現場に居合わせ! 律義なことに偽装の遺言状を残していたからだ。だから吐けッ! リチャード三世の遺産目当てに彼を殺害したんだろッ! 素直に吐いて、楽になったらどうだ」
「俺は貴方ほど強欲ではない、遺言状も知らない」
これでは、リチャード三世が俺を犯人に仕立てようとしている風に見える。
故人に何を訊こうが、答えは返ってこないだろうが――真相は何だ?
何故彼は殺された、何故彼は俺宛に遺言状を認めたというのだ。
「おい、その辺で止めとけ」
「何故です?」
無意味な拷問が永遠に続くものかと思っていたら、一人の保安官が現れ事態は急転する。先ほどまで拷問に熱心だった保安官は現れた一人に何事かを耳打ちされ、血相を変えるわけではないが、舌打ちをしていた。
「おいヴィラン、最後に訊くが、本当にお前じゃないんだな?」
「俺は徹頭徹尾何て言いました? 俺じゃない」
答えると、拷問していた奴は悔しそうに眉根を顰める。
「ヴィラン、俺の部下がすまなかった。どうやら犯人はお前じゃないらしい」
と言い、現れた一人の保安官が両手に掛かっていた手錠を外す。
「俺じゃないとしたら、犯人は一体誰なんです?」
「……口外しないと誓うか? 犯人はリッツ領で跋扈している盗賊どもだ」
「盗賊?」
不意に、思い当たることがあった。
舞踏会に集っていた妙に不審な輩達のことを。
どいつもこいつも得体の知れない雰囲気を放っていた。
盗賊? なるほど、奴らは盗賊団の一味だったのか。
――みんな私の知り合いだから。
「……」
「どうかしたのか?」
「部長、こいつは何か隠してますよ」
「いや、何でもありません。俺はもう帰ってもいいんですよね?」
あの時、確かにシャムは「みんな私の知り合いだから」と言った。
この言葉の意味は何だろうと思うのだが、いくら勘が鈍い俺だって想像は付く。
こうしてリチャード三世殺害の容疑で幽閉されていた俺は釈放される。
丘にある保安部の基地を出て、道なりに街を目指した。
先ずは食事を摂りたい。
たおやかな風が吹いては凪いで、丘から見渡せる石造りの街の景観は最高だ。
三日三晩牢屋にいた抑圧から、外に出る解放感が著しく心を高揚させている。
「悲惨だったなヨモギダ、まさか殺人犯と取り違われるとはな」
「主、いきなり出て来て何の用です」
「若干怒ってる? みたいだな」
「……申し訳御座いません、お腹が空いて苛立ってしまって」
「武士は食わねど高楊枝、お前の故郷にはこんな諺があるだろ」
「ありますが、それが何か? 武士とは、国内外で神聖視されている存在ですから」
それに現代日本には、武士道はあっても、武士なんていない。
「シャムは可愛かったよなヴィラン」
「……彼女は盗賊の一味なのでしょうか」
「さぁ? でも、残されたシャムはこう呟いてたぞ」
――頑張ってヴィラン、私の生贄くん。
主の言葉はシャムの声音で容易く再生可能だった。
その後、主と共に近隣の街の大衆食堂で食事を摂った。
三日ぶりに口にする肉の味は、至高の生き心地で。
感動のあまり涙しそうになると、主は唇の片端を吊り上げた卑屈な笑みを零す。
「何です?」
「命令だヴィラン、殺害されたリチャード三世の事件、その真相を暴け」
主は親指を弾いて俺にギオス金貨一枚を渡す。
「主から命令された以上従います。ですが今は食事を摂らせてください」
「宜しい、それでこそだ」
主は卑屈な笑みから得意気なそれに変貌させると、霞のように消えた。
あの女神には、何かが欠落している。
好奇心で殺人事件の真相を暴けと指示される身になって欲しいものだ。
それにおいても。
「……美味い」
ここの肉料理が胃袋、いや、五臓六腑に染み渡る。
前略、私は神と邂逅し、漫談のようなやり取りをしております。
「めんどくせーな」
神はアルカイックスマイルで、あるまじきことを言う。
それに対し私は、おもむろに神に近寄りました。
「……神様、でも私は一つだけ、これだけはどーしても、貴方に言いたい」
「何だよ?」
「先程貴方は私の幸不幸を尋ねました……私は幸せなのか、それとも絶望に身を打ちひしがれるほど不幸なのか……神様におかれましては、私は、どっち、だと……思います?」
「めんどくせーな」
神の声音が余りにも身に入らないポンコツなものだったのもあって。
私はムキになって、徹底的に面倒な態度を取り続けるのだ。
続く。