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肉の話


「くっそ! ヴィランの奴め! いつか寝首掻いてやる!」

「少し落ち着いたら?」

「しかしマミー、俺はあの野郎に散々な目に遭わされたんだぞ?」

「ふーん、私もそうよニードル保安官。けどね」


 その時、テント内に阿呆な声が上がる。

 声の方を見やるとニードル保安官が派手に後ろに倒れていた。


「誰がマミーだよ、私はまだ十五!」


 激しい拷問のような竜との初戦を戦い抜いた兵士達と陣営に戻り、夜を過ごした。


 俺達の陣地に張った野営テントではシャム達が給仕に徹している。


 シャムの奴隷は戦いに草臥(くたび)れた兵士達の癒し手として有能だった。


「ヴィラン、どうして? どうしてなの?」

「今度は何だシャム」

「このクソ連中、私を何て呼んでるか知ってる?」

「……マミー?」


 言うと、シャムはよよよと膝から崩れた。


「私、そんなに老けて見えるのかしら」

「便宜上そう言ってるだけだ、彼らに他意はないよ」


 マミー、訳すと『お母さん』であるが。何故かシャムは兵士達からマミーの愛称で親しまれている。シャムには便宜上と嘯いたが、真相は俺も知らない。でも恥ずかしくないか? 自分より年下の娘をお母さんと呼ぶのは。


 俺であれば顔から火が出るほど恥ずかしい。


「もしかしてシャム」

「何?」


 あることを訪ねようと呼びかけると、彼女も疲れている様子だ。


 給仕用の紺色のワンピースの上に、白いエプロンを付けて頭にはカチューシャ。

 いわゆるメイドさんって奴の格好を彼女達はしていた。


「マミーって呼ばれるってことは、懐妊したんじゃないか?」

「ヴィラン、私はまだ処女! 鉄の乙女とは私のこと、お分かり?」


 つい、彼女に喉を鳴らしてしまった。


 蓬田塔矢の時分から、俺は熟女スキーを自負していたが。


 シャムのようにうら若く、瑞々(みずみず)しい幼な妻の良さも最近理解して来た。


「所で、アビーの姿が見えないみたいだけど?」

「彼女は帝国に今回の成果を報告しに向かった」

「だといいけど、どうせまた適当な将官でも引っ掛けてるんじゃない?」


 あいつの尻の軽さは異常、などとアビーを揶揄するシャム。

 さすがは自称鉄の乙女を名乗る貞操観念の強さだと思えた。


 シャムと身内話に興じていると、兵士達が声を掛けてくる。


「隊長、あんたは最高の隊長だ!」

「ずっとエルドラードで活躍してくださいよ、俺達の隊長として」

「……すご、かった」


 彼らのような歯に衣着せぬ素直な賛辞に俺は弱くて。


 つい、顰め面したまま下をうつむいてしまう。


「ありがとう、お前らみたいな部下を持てて俺も幸せ……?」


「マミー、君のためにとっておきの花束を用意した」

「マミー、愛している。俺の気持ちに素直になって欲しい」

「……マミー、好き」


 ……寝よう、そして金輪際奴らの言葉は信用しない。


 食堂代わりのテントを出て、夜空に輝ける月を仰ぐ。

 異世界ギオスの月は地球のものと比べ青く、そして大きいのだ。


 今日はスーパームーンなのか、いつもよりも雄大だ。


「愛とは素晴らしいよなヴィラン」

「……いたんですか主」

「シャムが何故マミーと呼ばれているか知っているか?」

「いえ、何故なんです?」


「奴隷兵士達が戦場に出て、心を喪失したあと、シャムの笑顔で心を取り戻すからだ。こう言ってはなんだが、シャムは私よりも女神に向いている。そう思わないか?」


「シャムは主のような威厳を持ち合わせてません、比べようがない」


 今日の主は謙遜が過ぎるようだ、どうやら。

 竜との戦闘で兵士達がゴミクズのように中空を舞う姿がツボ過ぎたのだと思う。


 そして主は心の底から高笑いするのだが、次第に気付く。


 私は一応女神の一柱、自重しなくては。

 と言う流れで今日の主は謙遜が過ぎるのだと思う。


「……私がそんな理由で何かを口にすると思うのか?」

「思考は読まないでくれませんか」


 共に月を仰ぎつつ、その晩は主から急所を突かれるようで心苦しかった。


 ◇


「お早うヴィラン、昨晩はどんな思いを?」

「アビーか」


 翌朝、アビーの桃色した口づけの感触で目が覚める。

 アビーは俺の隣に寄り添うように寝ていた。


「……昨日は戦果を報告しても、皇帝には取り合ってもらえなかったよ」

「アビー、何度も言うように、お前に期待してるのは経理の面だ」


 上半身を起こし、俺の右腕を名乗る彼女と肌を離した。


「ふーん、けど僕に出来るのは、ヴィランの息子を喜ばせるだ――」


 俺のズボンの裾を広げ、手を入れようとした所で彼女を叩いた。

 思わぬ急襲にアビーは頭頂部を手で押さえている。


 そのまま一緒にテントから外に出て、給水場へと向かった。


「酷いなぁ、闘技場の興行は皇帝から禁止されてるんだ。仕方ないだろ」

「リッツ領の税収は?」

「徴税も今は低率にしろとのお達しだろ」

「じゃあクラックの商店グループの売り上げはどうなってる」

「幸運だねヴィラン、クラックから譲り受けた商店は軒並み差し押さえられた」


 ……これでは四千の軍を率いることなど無理だ。

 軍は人で成り立ち、人は金によって雇われる。


 今は名目上、エルドラード帝国からの出資がある。

 がしかし、もしも俺が本当に成り上った時、経済を疎かにしては回らない。


「……」


 つい、瞑想するしかなかった。


「……今のは全て嘘だ。忘れてくれ」

「嘘?」

「ああ、嘘だと思っていて欲しい。『今』は」


 居づらくなった途端、アビーの言い訳が苦しくなる。


 その時アビーの後ろから主がひょっこり顔を出し。

 愛とは素晴らしいな、と、俺の不幸を皮肉っているようだった。


「勉強アレルギーを言い訳にしているお前よりは、殊勝じゃないか」

「と言われましても主、俺の貧困は貴方へとつながるのですよ?」

「なら何とかしろ、お前もさっき心で思っただろ。どうにかしろアビーって」


「僕は自分の役目を把握しているつもりだ、ご心配なく」


 アビーはそう言うとこの場から立ち去った。

 止めるべきかどうか迷ったが、一回ぐらいは好きにやらせてみよう。


「お早うヴィラン」

「ああ、お早うシャム」


 給水場でシャムが顔を洗っている。

 俺もシャムにならって顔を洗い、歯磨きをした。


 異世界ギオスの文明は主に魔法が基盤となっている。そのため給水場にはエルドラード帝国の錬金術師が作った『水の魔石』による給水が行われていた。帝国のライフラインの整備力だけは見上げたものだ。


「にしても、魔法って便利。どこかの肉団子とは違ってね」

「俺のことだったりするのか?」

「ニクダンゴか……久しぶりに食いたいな」


 シャムから肉団子という単語を聞き、主が欲しがっていた。

 だから俺はマミーの愛称で親しまれている彼女を連れ、調理場へと向かえば。


「ん? ああ隊長」

「レギか、お前も?」

「えぇ、見ての通りつまみ食いです」


 猫目の軍師レギが保存されていた肉を自分で調理している。

 ステーキか……俺も無類の肉好き、堪らない匂いがする。


「はは、そんな物欲しそうな眼をしないでください隊長」

「何の肉だ?」

「昨日隊長が仕留めた竜の肉ですよ」


 ほう、と感嘆する俺の傍らではシャムが、うげ、と苦い反応をする。


「隊長も一口行きますか?」

「ああ、毒が入ってないのなら」

「んー……一応毒抜きはしてるのですが、生憎、見様見真似ですからね」


 とレギは不安げな表情で言う。

 竜の肉で食あたりなんかもあり得るのだろうか?


「止しなさいよヴィラン、竜族は特にこの世で神聖な生き物なんだから」


 この時、シャムが俺を止めてなかったらあわや大惨事になっていたと思う。

 そうでなければ、この後で起こるレギの変貌は説明が付かないのだから。



 時代は印税乱世の時代だ、と私サカイヌツクは勝手に思っております。

 だから某皇帝の御言葉を拝借致しまして、こう唱えましょう。


 人は、皆平等では……ない。

 不平等ゆえの平等なのだ……。

 ぶるぁあああああああああああああああ!!


 正に乱世って感じで、私も激しい動揺を隠しきれません(鼻ほじ)。

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