BadHabit 10
戴冠式の事件は国中に駆け巡り、国民は震撼した。
今まで権益の味を占め、贅沢な思いをして来た貴族達には何かしらの処分が下るらしい。
それでは俺達国民はどうすればいいんだ? と誰かが言った。
その問いに、国王不在の王室は「平和に従い生活しろ」とのお達しを出す。
「ヴィラン、私達はどうする?」
この際だから革命起こして、この国を丸ごと頂けないかな?
と、シャムは一転して大きな野望を俺に打ち明けた。
俺達が居る闘技場の支配人室にミハエルの姿はない。
聞けばミハエルは大事な仕事が残っているといい、王城に残っているのだそうだ。
「……シャム、今から俺とデートしよう」
「別にいいけど、どこに行くの?」
「街中を散策するだけだよ。街の人の様子も見る一環で」
「えー、そんなの部下にやらせればいいじゃーん」
「部下じゃなく奴隷だろ」
「奴隷じゃなく部下だから」
あんな大事件が遭った手前、闘技場の興行もしばらくは控えなくちゃならないようだ。
すると俺達の収入はなくなるから、別の働き方を考えないといけない。
街に出て、シャムと並んで石畳の道を歩く。
彼女の歩調に合わせると、シャムは俺の腕に抱き着いていた。
「先日の一件を、シャムは引きずってないか?」
「……正直な話し、悔しい」
悔しい?
「あんな見事な覇石を、手に入れるチャンスをみすみす逃したのが悔しい。私は元々盗賊だし」
「……確かに、肌が粟立つほど綺麗な宝石だったな」
「でしょ? ヴィランも将来的に覇石を持つような立派な人になりなよ」
俺の杞憂であっただろう彼女の心の傷は確認できない。
てっきり、シャムは王子の衝撃的な遺体を見受けてトラウマになっていると思っていた。しかし彼女は元々盗賊で、俺と出逢う前までに色々な経験を乗り越えていたようだ。
「っ、誰!?」
支配人室に帰宅すると、仮面を付けた女が待っていた。
シャムが身構えるので、二人に割って入るように体勢を整える。
「お前はどこの誰で、何が目的だ?」
「私の名は……アビー」
と言い、女は付けていた仮面を外し、俺達に素顔をさらけ出す。
青い瞳はブルートパーズのように美しく。
薄桃色の唇は男を誘惑するそれで。
長い黒髪には色取り取りの付け毛がほどこされていた。
目視で確認した限り彼女はアビーで間違いないだろう。
「どうして貴方が生きてるの?」
「それは……それは僕が奴隷だったからだよシャム」
アビーの様子はやけに物静かだった。
普段俺達と接していた極楽とんぼの彼女とはまるで違う。
「じゃあ、何しにやって来たの? 今さらヴィランに何の用」
シャムは彼女の落ち着いた雰囲気にナイフを収める。
シャムは俺とアビーにソファーに腰かけるよう促し、葡萄酒を用意し始めた。
「お構いなく……ヴィラン、今回はありがとう。君がいてくれたから今回の計画は上手く行った」
「計画? ねぇ、そう言えばミハエルは元気?」
ミハエルが居なくなって私達困ってるの、とシャムは言うが。
「俺の推理で言えば、ミハエルとはもう二度と会えないだろう」
「えー、ミハエルと二度と会えそうにないのー、残念だわー」
「……ヴィラン、もし良ければ君の推理を聞かせてくれるかな」
アビーは静かな面持ちながらも瞳は興味深そうにしている。
「先ず、ミハエルの正体に付いてだが、ミハエルの正体は本物のアビゲイル王女だ」
「ミハエルが?」
シャムはグラスを三つ用意し、ワイン瓶を一つ持ってくる。
グラスにワインを注ぎ、俺の隣に腰かけた。
「突然なる国王陛下の訃報、次いで起きたラリー王子の暗殺劇。これらは全てアビゲイル王女が仕組んだ。ヴォルフはそうとは知らず、信望を寄せる部下の一人から国王陛下を抹殺したとの報せを耳にして、内心天地がひっくり返る思いだったんじゃないか」
そこまで耳にしたアビーは少し口元を緩ませる。
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「この推理に確たる証拠はないし、根拠もない。今回は俺もお手上げするしかない。もしかしたら今言った内容は本当かも知れないし、違う可能性だって大いにある。けど、この推理はミハエルの正体を知ってしまった時からずっと考え、行きついた結論だ」
そこで俺は支配人専用の机の引き出しから一枚の写真を取り出した。
それはシャムとミハエルを試験的に写した一枚であり。
シャムに腕を組まれ、困惑しつつ片頬笑んでいる女性がミハエルの代わりに写っている。
「俺は主から聞かされてたんだ、誤認識の魔法は機械に通用しないって」
だから、アビゲイル王女は何らかのタイミングでここにやって来て。
闘技場のマネージャーとして、レオナルドの手により隠匿されていた。
生憎レオナルドは彼女に関する一切の情報を残してないようだが。
今回の犯行から推察するに、アビゲイル王女は相当王室を怨んでいる。
やがて彼女の憎悪は手段方法を選ばせず、隣国の介助へと発展させた。
「今頃王室ではエルドラードの遣いの者との交渉が行われているはずだろう。国王亡き今、そしてあの事件が遭った後の今、誰よりも発言力を有しているのは聖堂教会の司祭、アルテナだ。この国の未来は知る由もないけど、アルテナ様が上手くやってくれることを祈ろう」
これで一通りの説明は終わる。
目の前に腰かけているアビーは仮面を再度付けて、俺に居直った。
「中々に面白い推理だったよ、君は腕っぷしが立つばかりじゃなく、頭も切れるんだね。見直した。そんな君に僕からお願いがあるんだ」
「大抵の用件なら聞くよ」
なんたって向こうはこれから先、国の指導者となる手のものだ。
彼女に便宜を図っても、俺に何ら損はないと思えた。
「ヴィラン、僕を君の右腕として迎えてよ」
「アビー、貴方どの面下げてそう言ってるの?」
ヴィランの右腕の座は既に私で決まってるの。
シャムは胸に手を添え、即座に主張し返した。
「いいだろう、アビーは今日から俺の右腕として動いてもらう」
「ありがとう」
アビーに色よい返事をすると、シャムは「!?!!??」甚く驚く。
「どうして私じゃなくその女なの!?」
「シャムは、可愛いばかりで、仕事の相棒としては役に立たない」
そう断言すると、シャムはグラスの中身を俺にぶちまけ。
「最悪」
そして彼女はこの場から憤るようにして出て行く。
「後でちゃんとフォローしなよ、彼女は彼女なりに頑張ってる」
「分かってるよ」
シャムの気持ちは察せられるけど、彼女はまがりなりにも俺の妻だ。
王子の事件でも判然としたように、この世は乱世だ。
乱世の中、俺は成り上がりを目論んでいる。
その俺の右腕となるからには危険がつきものじゃないか?
まさか妻をこの先危険な目に遭わせるわけにも行かないしな。
「で、俺に迫るように肉薄している君の狙いは?」
「ヴィランが、僕を快く迎えられるように気持ちよくしてあげようかなって」
彼女はそう言いつつ俺の下腹部に手をやっていた。
気持ちよくなることに、否定的ではないけれども。
度が過ぎるとそれはもう、純然たる悪徳でしかない。
「……アビー、王女はどうして今回のような方法を取ったんだ?」
「ん? 僕も真意は知らないな」
「そっか」
◇
それから数日後、俺達は王室に召集された。
玉座には誰も座ってなくて、主を失くした姿はとても侘しい。
「面を上げてください、ヴィラン殿」
「……アルテナ様、今宵、私が呼ばれた理由は何でしょうか?」
「先ずは、アビーを引き取ってくださったこと、感謝致します」
「もったいないお言葉です」
それで、ミハエルに扮していた彼女は?
本物のアビゲイル王女はどこにいるのだ。
「貴方達も知っての通り、この国にはもう、王位継承権を持つものは居りません。この国は隣国エルドラードの支配下に置かれることが事実上決まりました。エルドラードは今、人手不足です。そこで貴方達にお願いがあります」
アルテナによる説明に、俺はこの国の悪習を胸中で皮肉っていた。
王位継承権を持つものが不在だからって、勝手に国を売り飛ばすなよ。
これじゃあ今まで王室を信望してきた人民が可愛そうだ。
だから俺は今回の事件を受けて、決意がさらに高まった。
俺は絶対必ず、何としてでも奴隷から成り上って見せる。
「お願いとは何でしょうか」
「ヴィラン、貴方の武勇は私の耳に、そしてエルドラードの皇帝にも届いています。エルドラードは今、竜族との戦争のさなかで大変な混迷を極めています。ですから貴方達には竜の討伐を――お願いしたいのです」
と言うアルテナは俺を正視している。
そう言えば異世界ギオスは剣と魔法の世界、だったな。
地球の幻想生物である竜がいても、おかしくないのか?
今まで失念していた。
それに於いても竜を相手に戦争?
やはりと言えばいいのか、その存在を耳にした俺は。
「……平気ですかヴィラン? 酷く動揺しているようですが」
動揺を抑えきれないほど、困惑していた。
右腕編はここで終幕となります。
次章は題して『竜戦編』です。
ファンタジーの代表格となった竜とヴィランの闘いを奴隷風味に描いていければなと思いますので、皆さま何卒お付き合い願います(`・ω・´)ゞ




