BadHabit 9
――ズチュルルルルゥゥゥ……!
「ぷはー、ご馳走様でした」
アビーとのダンスは最後、彼女の不躾な厚いキスで終わった。
と言うか、今のキスでこの国における俺の命運も終わった。
唇に吸い付くような彼女をキスを受けた俺は、トイレへと向かう。
会場から一旦抜けると――っ、っ。
俺の肩を誰かが叩いた。
「よう、ヴィラン」
俺の肩を叩いた人物はニードル保安官だ。
彼は「この怨みついぞ晴らすべし」と言うような様子でよう、ヴィランと呼ぶが。
もうこのバカに媚びへつらう必要性を感じなかったので適当に露払いする。
「どこへ行くつもりだ、え? ヴィラン」
「トイレですよ、ついて来ないで下さい」
「トイレで何するつもりだ」
「用を足すんですよ、決まってるだろ」
「いやいや、お前のことだ。きっと裏がある。さっきも入口付近で舞踏会の様子を見てたんだけどな。貴様は貴婦人と踊っている最中ずっとある人物に目をやっていた、そうだろ? な、ヴィラン」
トイレに辿り着いた俺は――ッ。
「あふん」
拳でニードル保安官の顎を打ち抜き卒倒させた。
そしてニードルの身体を縛り上げて、事が終わるまでトイレを警備して頂く。
トイレに誰もいないことを確認し、アビーから渡された紙切れに目をやった。
『明日、お前は何が起こっても動かないでくれ』
「……」
アビーからの指示を確認した後は、紙切れをトイレに捨てた。
証拠隠滅も完璧だと思うが、ニードル保安官のことが気に掛かる。
念には念を入れ、ニードル保安官の衣服を剥いで、張り紙を施しておこう。
「ヴィラン、どこ行ってたの?」
「トイレに向かったらニードル保安官と鉢合わせした」
「ふーん……誰? そいつ」
そうか、シャムはあのバカと面識なかったか。
「途轍もない大馬鹿野郎だ。それでいて執拗で横柄で横暴極まりない」
言っていて、奴が俺のストーカーのように聴こえる。
俺は蓬田塔矢の時分にちょっとしたストーカー被害に遭ったことがある。
その想起を認めると、遠目に映った主の片口が吊り上がっていたようだ。
――ヨモギダ、その話後で詳しく教えろ。
「……で、シャムは王子と既成事実作れたか?」
「ああその話ならもういいの、私はヴィランと運命を共にするから」
吹っ切れたように、それでいて諦めたかのように嘆息を吐きながら彼女は言う。
終いにはあーあー、人生もう終わりかー等とほざいている。
俺はそんな風に自暴自棄になったシャムの腰を手で抱き寄せた。
「……ヴィラン、以前も言ったと思うけど、私がヴィランに一目惚れしたって言うのは本当だから」
「リチャード三世の邸宅で行われた舞踏会の時に?」
互いの出逢いは、例えそれが一期一会だろうと共通の思い出で。
俺達は過去を美化するように、昔話に花を咲かせた。
彼女はまだ十五で、俺の仮初の嫁になって半年も経ってないのに。
俺達は若い身空で随分と所帯染みたことをしているな。
「ヴィラン様にその奥様でいらっしゃいますかな?」
そうしていると、ある老夫婦がやって来て、俺達に話しかけてくれた。
今の俺達に纏わる噂が噂だけに、老夫婦との語らいは実に趣深く感じられるものだった。
「お楽しみの最中申し訳ありませんヴィラン様」
「どうしたミハエル?」
「実は、ヴォルフ王子がヴィラン様に是非、会場内の写真を撮って欲しいと仰ってまして」
と言い、ミハエルは俺にこの世界の写真機を渡す。
「そんなの臣下がやるような仕事であって、賓客のヴィランがやることじゃないよ」
シャムが王子の依頼に少し憤慨している。
「いやいいんだ。写真撮るのは好きだし、この写真機は頂けるのか?」
「伝えておきます」
「じゃあミハエル、試し撮りするからシャムと並んでくれよ」
「いえ、私は」
謙遜するように断ろうとしたミハエルの腕を、シャムは強引に取り。
シャムは右手のピースサインをしっかりと写真機に向けている。
困ったような表情しているが、ミハエルは心なしか喜んでいた。
◇
夜更けまで舞踏会に興じた俺達は休む暇もなく戴冠式に出席する。
シャムは黒衣のドレスから淡い紫色のドレスへ衣装替えし。
柄にもなく俺はタキシードで戴冠式に顔を出す。
戴冠式は城が所有する荘厳なる玉座の間で執り行われる。
戴冠式に集った賓客達は玉座へと続く紅い絨毯の両脇に侍られていた。
「遂にこの日がやって来たか」
「しかし、エルドラードの話は本当なのか?」
「それがなんでも――」
今日の主役であるヴォルフ王子が来るまで、会場の小言は絶えない様子だ。
「ヴィラン、この際だし思い切り暴れてやらない? もしかしたら革命できるかも」
「……今日は主からの命で、一切動くなと言われている」
「チ、あのクソアマ」
シャムは主への揶揄を言い募るが、俺には宜しくない傾向に見える。
彼女にはもっと主への理解を示して欲しい。そう思っていれば。
「皆の者静粛に願う! 只今より戴冠式を行う!」
衛兵の一人が賓客にそう告げると、先ずは聖堂教会の司祭アルテナがご来場なされる。
前国王と縁があるらしい彼女は、慣れた様子で慎ましく玉座の前に向かった。
そして戴冠式に使われる王冠が彼女と共にその御姿を現した。
綺麗だね、とシャムが俺にだけ伝わるよう王冠を感想する。
それは複雑なものではなく、一筋の円環だった。
円環には所々ダイアモンドと思わしき貴金属が侍られ。
円環の中央には虹色に輝く、見識にはない宝石がつけられていた。
「王冠で一際目につくあの宝石何て言うんだ?」
「あれは覇石と言って、この世で最も貴重な宝石の一つ」
「静粛に願う! では、是より王位に就かれる――アビゲイル王女様をお招きする!」
瞬間、玉座の場にいた賓客達が酷くどよめいた。
賓客達を守るはずだった衛兵は俺達に殺意を向け、強制的に黙らせた。
「静粛に! 皆の中でも知っているものは知っていようが、前国王陛下はエルドラードに向かう最中、何者かの手によって鉄橋ごと川底に落とされた、その時陛下は同行していた奥様を守られようと庇うようにして失くられた」
ヴォルフは? 陰謀めいたあの王子がこれで終わるはずもない。
しかしヴォルフは玉座の間に一向に訪れない、何故だ?
「その時、私は陛下から次期王位継承権をアビゲイル王女に委ねるとの遺言を頂いている! 然るに! 此度の正当な王位継承者はアビゲイル王女の他ならない!」
するとヴォルフ王子の代わりにアビーが玉座に姿を現した。
「……っ貴様、どの面引っ提げてここに現れた!」
「ヴォルフ王子に無礼であろう!」
「偽物が! 即座にこの場から退去しろ!」
アビーは賓客から飛び交う罵声を意に介する様子はない。
「アビゲイル、本当に宜しいのですね?」
「所詮は烏合の衆、この国の貴族達は権益に群がってる愚者にしか過ぎません」
「……では、是よりアビゲイル王女をこの国の王と認め――」
アルテナ様が戴冠式を強行しようとした時、アビーの背後に酷い醜悪な面持ちをしたヴォルフ王子がやって来た。王子は子飼いの衛兵を引き連れて、剣を抜く。
「アビゲイル! 貴様の愚行は万死に値する! 行け、我が衛兵達よ! 欺瞞に満ちたこの戴冠式を止めるのだ!」
そこで会場は混乱の坩堝に陥り、小競り合いが起こった。
「ヴィラン! どうするの!?」
「言っただろ! 今日は主から一歩も動くなと命じられている!」
違う、今日俺にそう命じたのはアビーだ。
アビーはこうなることを予測していたと言うのか?
だとしたら彼女はよほどの策士だ。
「しまっ、お逃げ下さいアビゲイル様!」
「アビゲイル!」
するとヴォルフ王子が小競り合いを単騎で突破し。
「やぁ王子、僕と一発やる?」
無防備なアビーへと刃を振りかざす――ッ!
「はぁ、はぁ……ッ!」
王子から袈裟切りされたアビーは前のめりに地面に倒れ。
酷く血を流している所に、王子はトドメとばかりに剣を突き立てた。
「小癪な真似をしてくれたなアビゲイルッ! お前のせいで計画は滅茶苦茶だッ!」
「もうその辺でお止しなさいヴォルフ」
「アルテナ! 貴様もこいつに加担して何が狙いなんだ! 言え!」
「言ったでしょ、真実から目を背け、心を曇らせては駄目と」
「……ッ!」
その時、混乱に乗じて王子の背後に不審な影が躍り出た。
あれは、ミハエル――――ッ!
「な……こんな」
「ヴォルフ第一王子、貴方を国王陛下並びにラリー王子、アビゲイル王女を殺害した罪に問い、今この場で断罪させて頂く。これより王子の首を刎ねます故、皆さまに於かれましては決して」
――お見逃しのないよう願います。
…………ッ!
「きゃあ!」
一際大きな悲鳴を、隣にいるシャムが上げていた。
首を刎ねられた王子の光景は彼女にとってトラウマになると思い。
彼女の視界を俺の手で覆い隠した。
アビゲイルに凶刃を放ったヴォルフ王子。
その背後から突如としてミハエルが現れ、ヴォルフ王子を亡き者にする。
賓客達は首を刎ねられた王子を見て動揺を隠せないでいる。
「静粛に願う、私の名はミハエル。エルドラードより遣わされた和平の使者である。我々は予め前国王と和平条約を結ぶはずだったが、ここにいるヴォルフにより和平への道は閉ざされた。故に、これはエルドラードの私利的な犯行ではなく、これは――平和への反逆を断固として許さない我々の決意と覚悟の刃であるッ!!」
どうも皆さんこんにちは、作者のサカイヌツクです。
今日は皆さんに予め伝えておこうかと思い、筆を走らせています。
今作ですが、最低でも今年の夏まで連載を続けるのではないかと思っています。
何せ作品のテーマが『成り上がり』ですからね、長大な物語になります。
毎日更新、というのはちょっとキツイかも知れませんが。
とりあえず、最低でも夏までお付き合い願えれば幸いです<m(__)m>




