BadHabit 3
後日、いよいよ闘技場に王子がやって来る日が決まった。
明日だ、明日は闘技場で俺を欠いた初めての決闘大会が開催される。
どうやら王子は王位継承権を揺るぎないものにするために来るらしい。
所謂プロパガンダの一環だ。
そこから王子の性格を考えると、彼はとても強かで、慎重なんだろうな。
……よし、何はともあれ、王子にお近づきになるための品でも買おう。
「シャム、俺と外出しよう」
「今何て?」
「聞こえなかったか、ならいいんだ何でもない」
「もう、私とデートしたいのなら予め言ってよね」
デート? 勘違いするな、王子へのお祝いの品を君に選んで貰うんだよ。
シャムは元王族だったらしいし、目には目を、歯には歯を、って言うだろ?
「僕もついて行こうか?」
「冗談は止してよアビー、ヴィランは私に申し込んだの。アビーは知らないかもしれないけど、彼は滅多なことじゃ外に出向かない引き籠りだから。これはまたとない機会なの、わかった?」
アビーは本気で王子と寝ようと企んでいるらしく。
彼女までもが闘技場に住み着くようになってしまった。
どうやらミハエルが彼女を気に入ったらしい。
アビーは七〇の爺様を靡かせるほどの魔性の女だったようだ。
「そこを何とか」
「駄目」
「この通り」
「駄目、この通りって、貴方はただ笑顔を振りまいてるだけじゃない」
「笑顔は僕の一番の長所だからさ」
シャムとアビーの対立構図は、見ていて和むな。
笑顔が一番の長所か……それを聞くと、シェリーを思い出す。
「行こうヴィラン、この分からず屋は放っておいてさ」
「行きましょうヴィラン、こんな安い誘いに乗らないで」
すると二人は俺の両脇を抱えるように腕組みして、力強く外へ引っ張り出した。
何てことはない、俺にとっての恐怖は主だけで。
俺にとっての愛しい人は主だけなのだから。
◇
翌日、昨日は二人に散々引っ掻き回されたが、贈答品は一応用意できた。
贈答品の中身はこの街で一番の魔法屋に陳列されていた高級ポーションだ。
何でも異世界ギオスではポーションを祝いの席で贈るのが慣例らしく。
ポーションは贈られた人の心が籠もっていると言われてるらしい。
シャム曰く、一番王道の品ではあるが、一番無難な代物で。
アビー曰く、一番効くアイテムではあるが、一番無難なプレゼント。
いいんだ、最終的には無難が一番いいんだ。
と言うのは、昨日二人に引っ掻き回された俺が説いた厄介払いの言葉だった。
「本日、闘技場にお集まりくださった紳士淑女の皆さま、お待たせ致しました!」
司会が本日の決闘大会の前座の挨拶をし始めた頃。
「チ、始まってしまったか。王子は何をしてるんだミハエル」
闘技場の支配人室で王子を待っていたのだが、どうやら遅刻している。
どういう事情があるかは知らないが、人を待たせるなんて何様だ。
いくら王子がやって来なくても、大会の時間をずらす訳には行かない。
「ヴォルフ王子はどうしたー!?」
すると観客席から王子の不在を気に掛けた問い掛けが飛んで来て。
「えー、王子はただいま、と、トイレかな?」
司会のジョンが苦し紛れの言い訳を連ねている。
「王子を出せ!!」
「そうだ! 俺達は王子を見に来たんだ!!」
「ヴォ・ル・フ! 「「ヴォ・ル・フ!」」」
会場は今、ヴォルフ第一王子に向けたラブコールで張り裂けそうだ。
王子にこんな人気があったとは、知らなかった。
「皆さん、お待たせいたしました!」
すると、闘技場の選手入場口からこの掛け声と共に一台のチャリオットが進入。
チャリオットには馬を操る御者と、煌びやかな衣装を着た男性が乗っていた。
きっとあれが、ヴォルフ第一王子か。
チャリオットはそのまま闘技場をぐるりと周回し、観客達の興奮は絶頂に達する。
この後で出てくる剣闘士達が、この興奮に報いられればいいんだけどな。
次第にチャリオットは停止し、降車した王子は階段をゆっくりとした足並みで上がって来る。その間王子には観客からの声援と共に、手が差し伸べられ、王子は応えるよう軽い握手を交わしている。
なんかアイドルのライブパフォーマンスみたいに見えてきた。
「お待たせ致しましたヴィラン様、ヴォルフ王子がご到着なされた模様です」
「分かってるよ……ヴォルフ王子、よくぞお越しくださいました」
支配人の席から立ち上がり、ご来場された王子と先ずは握手を交わした。
司会のジョンはその光景を恍惚な眼差しで見詰めて手が止まっていたもので。
手で合図して、大会を進行させるよう促した。
「遅刻して済まないヴィラン殿」
「いえ、王子の機転を利かせた来場に観客の皆さんも大変お喜びの様子でしたよ」
と言いつつ、王子に贈答品を差し出した。
「気が早いかも知れませんが、国王へのご就任、おめでとう御座います」
「ははは、本当だ。気が早い」
贈答品は確かに王子の手に渡り、警護担当の兵士の手へと向かう。
苦労して選んだ品とは言え、無難な物だったし、これでいい。
そして支配人室に置かれた二人分の特等席に腰を下ろす。
闘技場では早速初戦が始まろうとしていた。
「君は強いんだろヴィラン?」
「えぇ、自分は土付かずの連勝で今の地位まで上り詰めましたから」
「凄い自信に満ちているね……君さえ良ければ私の」
――奴隷に。
「ならないか?」
「すみません王子、自分の身分は一応奴隷でして」
「なるほど、あの噂は本当だったのか」
噂?
「なんでもない、それよりも闘技場と言うのは凄いね」
「え、えぇ。我が闘技場は――」
王子が口にした噂の内容が気に掛かるが、それよりもシャムは?
確かシャムは俺の妻として王子に挨拶する予定だった。
「ミハエル、妻を探して来てくれないか」
「畏まりました」
ミハエルはそう言うと、一瞬だが目を光らせていた。
「奥方がいらっしゃるのかな?」
「え、えぇ……たぶん。彼女は、あー、元々貴族の者だったので、中々に可憐ですよ」
シャムの特徴を伝えると、王子は椅子から若干、身を乗り出す。
「ほう、美人かね?」
「どちらかと言えば美少女の部類に入るんじゃないかと、彼女はまだ十五です」
「ほう、なるほど」
普通、主催の妻の容姿など気になるものか?
例えブスだったとしても、そこは気にしないで欲しい。
何たって相手は王子だ、人の外見よりも中身を見て貰いたい。
「お待たせ致しましたヴィラン様、奥様を連れてまいりました」
「ありがとうミハエル、どこで何をしてたんだシャム」
と、言った瞬間、彼女は俺の背後を通り冷ややかな風を起こした。
「初めまして王子、僕の名はアビー」
ど、どうなっているんだ。
俺はミハエルにシャムを連れて来いと言ったはずなのに……!
「ミハエル、俺はシャムを連れて来いと言ったんだが?」
「いえ、ヴィラン様が申されたのは妻を探して来い。とのことでした」
「御託はいい、一体何が狙いだ?」
「これはこれは、麗しい奥方でいらっしゃる。初めまして」
違うんだ王子、そいつは――
「今日は王子にお願いがあって」
「貴方のような美しい人の頼みとあらば、何でも」
「ありがとう、なら王子、僕と寝てください」
あーあ、言っちゃった。
勘弁してくれよ、もう……!
あれからずっこんばっこん有って、私は神の御付きとなりました。
「おい、イシミズー、おーい」
神の相変わらずの間延びした声に苛立っている。
もしかしなくても私、出来ちゃったのだろうか。
「神様、ご用件の前に私から重大発表があるのです聞いて、ください、ます?」
「めんどくさそうだなー、何だよー?」
もしも私が孕んだとすれば、相手はこいつしかいない……。
「私、最近妙に酸っぱいものが欲しくて」
欲しくない。
「それになんだか情緒不安定で」
私の精神は安定していると自負する。
けど……だけど、羨ましいじゃないですか。
神様との既成事実って奴に、甚く羨望している。
「これ、どういうことだと、思います?」
だから神に責任を取って貰おうと、私は詰め寄るようにお腹を高速で擦るのだ。
「めんどくせーな~」
続く。




