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BadHabit 1


「よう店主、久しぶりだな」

「……帰ってたのか、アビー」


「つれない顔するなよ、僕と貴方の仲じゃないか」

「ここは大衆居酒屋であって、お前みたいな尻軽の漁り場とは違う」


「はいはい、いいから適当な酒くれよ」

「ああ」


「……なぁ、僕がいない間に変わったこととかなかった?」

「お前さんがいない間に? そうだな、闘技場の新しい支配人の話は知ってるか」


「知らないな、何か遭ったの?」

「……今から言うことは他言無用にしろよ?」


 ……。


「へぇ、それで最終的に闘技場の支配人は殺されたんだ」

「っていう噂だ、今闘技場を仕切ってるのはヴィランっていういけ好かない野郎だ」

「ふーん……ちょっと興味あるな、どんな奴か顔見に行くか」

「何でも、ヴィランは今腹心の部下を探してるらしいぞ」

「ありがとう、それじゃ僕は行くから」

「アビー、お代貰ってねぇぞ!」

「その噂のヴィランに付けといてくれよ」


 ◇


 最近、主の機嫌が妙にいいんだ。

 主の機嫌がいい時は大抵俺に不幸が掛かる、ろくでもない兆候だ。


「ヴィラン! 右腕なんて探すの止めなよ! 私の話を聞いて!」


 レオナルドから譲り受けた闘技場の支配人室で、仮初の嫁が怒鳴っている。

 主はその光景を覗って随分と機嫌が良さそうだった。


「……何故だ? 何故俺を止める?」

「ヴィランが腕っぷしは立っても、経済に無頓着なのは知ってる、知ってるよ?」


 けどね、とシャムは猫なで声を手繰って隣に陣取る。

 闘技場の支配人席は革張りの高級な仕立てになっていて、とても心地よかった。


「けどね、私の部下には財務に長けてる人だっているし、何より信頼できる」

「部下じゃなく奴隷だろ」

「奴隷じゃなく部下だから、だから、どこぞの馬の骨を右腕にするよりも」


 尚もシャムは甘えた声音を繰って、俺の手を取り、甲に口付けした。


「……するよりも?」

「私にヴィランの全てを頂戴。リッツ領の領地、クラックの商店グループ、闘技場はヴィランが引き続き管理していいから、ああでもレオナルドから全相続した資産の八〇%ぐらいは頂戴ね」


 バカバカしいシャムの態度に、主はにやけている。


「愛って素晴らしいなヴィラン」

「からかわないで下さいませんか主」


 前述すれば、俺は勉強アレルギーだ。


 先日、レオナルド達三人の貴族から受け継いだ物はどれもこれも手に持て余す。

 だから俺は腹心の部下、もとい、経営の才がある奴を求めていた。

 日本で言うところの事務職だと思うけど、果たしてこの認識は合ってるのか。


「ヴィラン、闘技場の王者の座は明け渡すなよ?」

「しかし、支配人である俺がいつまでも大会に出る訳には」

「八百長だと思われるって?」


 そうです。


 俺は闘技場で無双の活躍をしていた。そのせいか、闘技場の収入は著しく低下していたらしく、レオナルドのマネージャーをやっていたミハエルからもう試合には出ないでくださいと泣きつかれたのはつい先日の話だ。


「……ヴィランにとってどんな人物が、理想の右腕なの? 私が探して来てあげる」


 今度は何を企んでいるのか、シャムは俺の右腕を探してくれると言う。


「聡明で、容姿もまあまあ整ってて、出来れば自分の身は自分で守れるくらい強い奴がいい」


「それってどう考えても、私のことだよね?」

「明らかに違うだろ」


 このお姫様はお為ごかしのためならばとことん調子付くタイプらしい。シャムは即座に否定されたのに怒ったのか、懐に忍ばせていたナイフを支配人の机に突き刺した。


「酷くない?」

「はぁ」

「愛とは素晴らしいな」


 青筋を立てる仮初の嫁に、成り上る道筋が見えなくてため息を零す俺。

 そんな二人に対し主は愛の尊さを感慨しているようだ。


「失礼します、ヴィラン様のお目に是非とも掛かりたいと仰る女性がいまして」

 淀んだ空気を打ち破るように、闘技場のマネージャーのミハエルがやって来た。


「そいつの名は?」

「アビゲイルと言うそうです」

「……む」

「帰ってもらって、今私がヴィランと大事な話している最中だから」


 唐突なシャムの横やりに、何を言おうとしたか忘れてしまった。


「シャム」

「何?」


 彼女の名前を呼ぶと、瞳を爛々と輝かせる。

 名前を呼ばれることの何が嬉しいのか。


「これ以上仕事の邪魔するのなら、お前への援助を打ち切るぞ」

「……は? 援助? 私がいつヴィランに援助受けたの」

「お前の奴隷に衣食住を提供し、あまつさえは」

「訂正して、奴隷じゃなく部下だから」


「……あの、お客様がお待ちになられているのですが」

「すまないミハエル、誰かは知らないが通してくれないか」


 元より、闘技場に長年勤めているミハエルが気を許す相手だ。

 ミハエルは俺よりも頭が切れるし、曲者だが。

 レオナルドの腹心だった経歴からか、俺には腹の内を見せるほど親密だ。


「初めましてヴィラン、僕はアビー、通称百人切りのアビー」


 アビゲイルはニックネームで自己紹介すると、蓄えた黒い三つ編みを靡かせる。

 恭しく頭を垂れると、赤、青、黄、色取り取りの付け毛が見えた。


「美しい髪ですね」

「もったいないお褒めのお言葉に預かり、幸甚の至りだね」


「……アビーさんと仰いましたか? 初めまして、私、ヴィランの家内でシャムと申します。いつも家の夫がお世話になっています」


「出しゃばるなシャム、それに彼女とは初対面なんだ」


 いつも家の夫がお世話になっています、はおかしいだろ。

 それで。


「それで、ご用件は何でしょうか?」

「率直に言うね? 闘技場のスーパースターに一度抱かれてみたくて来た」

「本当に率直だな」


 来客である彼女は俺とセックスしたいと申し出ると。

 主がそんな彼女をにやけ面で見詰めていた。

 主が悪い笑みを浮かべる時は、俺にとって不幸なことが起こる兆候だからか。


「はぁ」


 幸先の悪さについ、ため息を零し、頭を抱えていた。


今回の章のタイトルはずばり――右腕編、で御座います。


さて、読者の皆様におかれましては右腕となる存在に心当たりありますか?


あいにく、私にはそんな信頼に置けて信用できて、あまつさえは私の〇〇を〇〇〇〇してくれる都合のいい存在はおりません、せん!


もし、読者の皆様の中に、右腕っぽい存在に心当たりがあれば誇るべきかと思います。

その基準は何なのかと言えば、皆さんの〇〇を〇〇〇〇出来る逸材のことです、キリリ。

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