幸せだから
「これでシェリーは、念願の自由の身だ。これから先どうするんだ?」
「……」
「茫然自失? って感じだな」
「教えてヴィラン、何故レオナルドは自殺を図ったの?」
それは、――これが彼らの計画だったからだ。
「どういう意味?」
「いいから行けよ、保安部がこっちに来てるみたいなんだ。俺の無実は証明できても」
と言うと、彼女は震えながら頷き、脱ぎ捨てた服を着なおした。
「……私はこれで、ここを去るけど、貴方はどうするの?」
「君と立てた約束を果たすよ、俺は奴隷から成り上る」
「そう……貴方だったら、きっと叶えられる。貴方の実力は私のお墨付きだから」
「だといいけど」
弱音を吐くと、彼女は拙くキスしてくれる。
何でだろうな、不思議とだけど、俺と彼女はある一つの真理を、そのキスで悟った。
「どうやら、貴方と会うことはもう二度となさそうね」
彼女と俺はきっと、これが今生の別れになる。
「最後に教えてヴィラン、貴方が舞踏会に招待したがっていた相手って、誰?」
「それは、言えない」
答えると、彼女はくすくすと失笑を零す。
「笑ってないでさっさと行けよ、捕まっても知らないぞ」
「じゃあ、最後にもう一つだけ教えてヴィラン」
いつも不満そうだった彼女の表情は、今までが嘘だったかのように晴れやかだった。
◇
シェリー達が立ち去った後、俺はやって来た保安部に例の手紙を渡した。封蝋されたレオナルドの手紙は、どうやら先に亡くなった二人と同じく遺言状だったようだ。とは言え、リッツ領の狂犬と恐れられている彼らがそれで納得するはずもなく。俺はまた嫌疑が晴れるまで悪臭漂う牢屋で拷問を受けていた。
今は嫌疑が無事に晴れ、いつかあったように主と一緒に道なりに街を目指している。
「こうして歩いていると、昔のことが懐かしい」
「昔とは?」
「お前がよちよち歩きで私の後を必死に追いかけまわしていた時のことだヨモギダ」
主って、意外と子供好きだよな。
それでいて主は人間嫌い、でも子供は憎むに憎めないと言いたげだ。
今回の拷問は一週間に亘ったから、空腹で今にでも倒れそうだ。
焦る気持ちそのままに以前も世話になった大衆食堂に向かう。
「カジリ豚の丸焼き一つと、適当な肉をステーキしてくれ」
「いつも言ってるだろヨモギダ、肉ばかりじゃなく野菜も摂れと」
「主もいりますか?」
「いる訳ないだろ、私のことはいいからたんと食え」
大衆食堂にいる野郎連中が、主の姿を見かけて色めきだっていた。
中には主の前にいる俺の正体を知っている奴もいて。
そこでようやく主が衆目の視界に存在していたことを知る。
「……いいんですか、皆に存在がバレているようですよ?」
「それがどうした」
「できれば、貴方は俺だけの主で居て欲しい。そう思うのです」
俺の主は誰もが認める麗しい女神で。
いくら彼女が多少奇怪な容貌をしていようとも、皆目を惹かれている。
風が吹き込み、主の銀色の毛髪が揺れるたび大衆は感嘆していた。
「所でヨモギダ、リチャード三世達の事件の真相は何だったんだ?」
「……レオナルドが残した遺書には、あの事件は三人で決起した計画だと書いてありました。レオナルドは元々知っていたそうですね、自分が奴隷からどう思われていたのか。彼と、リチャード三世と、クラック、この三人にはかつてもう一人の幼馴染がいたようです」
それも奴隷の。
その奴隷は女の子で、成長するに連れて美しくなった。
レオナルド達が若かった頃は、その人に様々な情念を覚えていたようだ。
遺書に認めてあったよ、彼女達と一緒に過ごした時が一番幸せだったと。
その女性は後に、奴隷主との間に子を身籠った。
レオナルド達の三人も、それぞれの私生活に追われ、彼女のことを忘れてしまっていたのだという。しかしあることを機にレオナルドは彼女を思い出したのだ。
「そのあることと言うのが、彼女の娘であるシェリーの来訪でした」
「そうか、それで? レオナルド達は彼女のために死んだのか?」
「違いますよ、恐らくですが、三人は奴隷の未来のために死んだのです」
遺書にもそう書いてありました。
そう言うと、主の幽玄な雰囲気がより一層深くなった。
「……この話には続きがあって、三人に計画をそそのかした人物がいたようです」
「保安部の連中か?」
「お惚けになられても、三人に計画を促したのは、貴方です主」
それを証拠に、三人のプライベートには主の痕跡が残っていた。
レオナルドの闘技場の迎賓室、リチャード三世の私室、クラックの書斎。
今挙げた場所には全て主専用の椅子が備わっていたのだから。
「シェリーや盗賊団のシャムは、レオナルド達の計画に乗せられたに過ぎません。シェリーは殺害計画を立てたとは言っても、一言も犯行に及んだとは言ってませんでした。これは金貨を使った命令で彼女に吐かせたので間違いないでしょう」
以上が、リチャード三世の自殺を始めとする、事件の顛末だ。
問題は主が三人に何を言い、彼らを奮起させたのだが。
主のことだから、自分の女神性を説いて、三人の良心を著しく責めたのだろう。
「ヨモギダくんはお利口ちゃんでちゅねー……よく分かったな」
「これが俺の推理だとして、貴方は満足なのでしょうか」
「まぁ、及第点くらいはやろう」
そこで事件への興味関心が失せたのか。
主は食堂から見える街の光景を傍観していた。
俺はそんな主の姿を、じっと見詰めている。
俺の目から見た主は、虹色の光芒を纏っていて、その形は円を描いていた。
何度でも言うが、主が背負う光は、本当に美しかった。
「……ヴィラン、お前は今後奴隷から成り上るんだろ?」
運ばれて来た肉料理をよく噛んで味わっていると、主はこう言った。
俺は主の問いに、無論ですと答える。
それが主のためにできる恩返しだと思うし。
それが、シェリーと交わした約束であれば――――
シェリーとの別れ際、彼女は俺の本命の人を聞いてきた。
俺の本命は女神である主であって、主は姿を隠匿しているから。
今生の別れだというのに、彼女に本命の人を告げられなかった。
するとシェリーは失笑を零していただろ?
内心、彼女の笑顔を見て心臓を跳ねさせていた。
「笑ってないでさっさと行けよ、捕まっても知らないぞ」
「じゃあ、最後にもう一つだけ教えてヴィラン」
普段のシェリーはいつも不満や未練を表情に浮かべていた。
うだつが上がらない様子で、私は不幸なのですと主張しているようで。
それがあるタイミングから彼女の表情が綻び始めるようになった。
きっと計画が順調に進み、未来に光が見え始めたからだろう。
「何?」
人を不愉快にさせる表情しかしなかった彼女が、一転して。
「私のこと、好きでしたか?」
人を惹きつけるような明るい笑顔を取り戻した。
そんなシェリーに俺は好意しか感じなくて。
無論だと、答えると、彼女は最高の笑顔を見せてくれたんだ。
本当に、幸せそうな笑顔だったよ。最高に。
願わくば彼女の未来に、女神の祝福があらんことを。
見目麗しい銀毛紅眼の女神を前にして、俺は彼女の幸せを祈っていた。
第一章『開幕編』はこれで終わりとなります。
ヴィランはシェリーの一件を機に、奴隷から成り上がることを決意し。
そして最終的には世界を二分する大君へとなる予定です。
出来れば皆様には彼が大君になるまでの道のりを体感して頂き。
――嗚呼、俺も奴隷になりてぇなあ。
などと思わせるような素晴らしい作品にしてみせます!(ぉ
PS.
ちなみに、後書きで不定期に連載しようとしている面倒くさがりの神はどこまで引っ張れば終われるのでしょうか。むしろそっちの展開の方が頭悩ませそうです。




