第八話 委員長様の恩人。
「それで、楽しかったの? 萩野さんとのデート」
久遠は、わざとらしくクイっと眼鏡の位置を直しながら言った。
だから、俺はわざとらしくため息とともに答えよう。
「デート? 俺は後輩の奢りで、ゲーセンで遊んでケーキ食ってコーヒー飲んだだけだ。デートなんかした覚えはない」
「それは、立派なヒモだね。ちなみに、男女二人が出掛ければそれは立派なデートだよ」
「馬鹿言うな、そんな定義に俺は従わない」
買い物自体はすぐに済んだ。久遠が目星をつけていた店に行って、注文しておいた品を引き取るだけだった。一人でよくね、これ。
事前予約はばっちりなのは、立派な委員長様である。
「さらっと荷物持ってくれるんだもん、九重君。紳士的だと思うよ」
「力のある奴が、その役目に合った力を行使するだけで、善人認定するな」
ジュース二リットル三本、お菓子が大袋四つ。別に重いという程ではない。
まぁ確かに。これを女子一人が運ぶのは、なかなか大変かもしれない。なら荷物持ちを呼ぶのは合理的だ。合理的なのは大好きだ。
麗らかな陽光を浴び、キビキビと歩く。温かくなったことを改めて実感する。
この間までコートを着ていたはずなのに。時の流れは早い。
この間までは、横に歩いていた女の子は、違う人だった。
頭を振った。思考が変な方向に行こうとしていたから。
「帰り、ご飯食べて行かない?」
「断る。今日の主たる目的ではない」
「即答か~。課題プリントもう一枚追加でどうかな?」
「よかろう」
「わー、とっても偉そう」
ちなみに、今日二人は制服である。祝日にも関わらず出勤しているという担任に買ったものを預けに行くからだ。
「レシートは持っているんだろうな?」
「もちろん」
「流石は委員長様」
祝日にも関わらず、運動部はせっせと練習していて、吹奏楽部の演奏も聞こえる。
職員室にいた先生に預けるもの預けて、レシートも渡して、俺たちは学校を出た。
「何でこう、代償を払ってまで俺と何か食いたがるんだ」
「さぁねー。このまま別れるのも寂しいし」
「釣り合ってねーよ。代償と」
暇なとき適当に書いておこうと持ってきていた書き取りプリント一枚渡す。
嫌な顔一つせず、それを鞄に仕舞う久遠。ふと思いついたように鞄を漁る。
「はい、これ。三枚書き終わったから渡しておくね」
「あっ、あぁ。早いな。しかもちゃんと俺の字……何で真似できる」
「筆跡真似は得意だからね」
「変な癖がつかない事を祈っておいてやるよ。サービスだ」
流石に飯は奢られない。そこまでするのはあの金持ち後輩が特殊なだけだ。
女に財布を出させるのは恥とか、そんな前時代的発想は持っていないが、やはり奢られるのは精神衛生的に良くない。
ミートソースのパスタをフォークで巻いて食べるのを目の前に、一番安いドリアを黙々と食べる。このファミレスで一番安定して美味しいと思う。
「またこの書き取りプリントの宿題が出たら誘うね」
「えぇ……」
「嫌そうな顔、私と一日遊ぶのと、これやるの、どっちが良いの?」
「マシな方という選択なら選べるが、どっちが良いというのは無いな」
「そう」
そこでふと思い出す。こいつにも同じこと聞くか。
「お前は何で俺に構うんだ?」
「んーそれはね、恩返し?」
「は? お前に恩を売った覚え無いぞ」
「そうだねぇ……。覚えているかな? 中一の頃の話だけど」
「ほとんど覚えてねぇや」
三年前か。覚えている奴は覚えてるかもしれないって範囲だ。
「私、あの頃いじめられてたって程でも無いけど、いや、それは私が過小評価しているだけ、客観的に見れば立派ないじめなわけだけど」
「あぁ」
「助けてくれたんだよね、九重君。放課後の教室で、たまたま忘れ物を取りに来た君が、男子に囲まれている私を見て、殴り倒していくの、暴力は良くないけど、でも、嬉しかったんだよ」
「ふーん。萩野よりはなんかそれっぽい」
「萩野さんの聞いたんだ。それから図書室によくいるってわかってから、私も図書室に通うようにして、そこで萩野さんとも知り合ったんだよ」
お喋りしたいからと、追加でピザとフライドポテトとドリンクバーが久遠の奢りで追加された。
「志保ちゃんと付き合うようになったきっかけ、知りたいな」
「話す気はない。それよりもお前のいじめがどう解決したかの方が興味ある」
「あっ、やっと私に興味を向けてくれた。んーとねぇ」
「……やっぱいいわ」
一瞬、ほんの一瞬、顔をしかめたのを見て、慌ててそう言った。
「えーっ」
「今お前がこうしている。それだけで十分だ」
「……そう、それなら、良いや」
酷く意外そうな顔だ。そんなに変なことを言った覚えはない。
「九重君は、恩人だから」
「そうか。恩を売った覚えはない」
しかしこいつは、面白いくらいに笑みを絶やさないな。
昨日の萩野は楽しい楽しい、と隠す気の無い楽しそうな雰囲気で溢れてはいたが。こいつはこいつで、ずっと穏やかに笑っているのだ。
「明日は志保ちゃんと出かけるんでしょ」
「あぁ。そうだな」
めんどくさくなったというのもあるが、それ以上に、あいつに聞きたいことがあるから。
あそこでははぐらかされたけど、一日あれば、聞きだすチャンスは大量にある。
未練がましいネチネチした男かもしれない。でも、それでも、決着は、つけておきたいのだ。
「頑張ってね?」
「何がだよ」
「君が何か、決意したというか、覚悟を決めた、みたいな顔していたから」
ふと、俺はこいつに対して抱いていた疑問を、もう一つ思い出した。
「なぁお前、何で俺のバイト先知ってたんだ?」
「えっ? あぁ、着いて行ったことがあるから」
「俺の家は?」
「知ってるよ」
うん。こいつ、ヤバいかもしれない。
「世の中にはな、ストーカーという言葉があってだな」
「知ってるよ。それがどうしたの急に?」
「あぁ、俺は今その被害に悩まされることになった」
久遠委員長様への警戒度が少しだけ上がった。