第七話 後輩と出かける。
「流石先輩。十分前に来るとは。嬉しいです」
俺の姿を見つけ、駆け寄って来た萩野は、惜しげもなく足を晒し、肩も出しと、ラフな格好だった。目のやり場に困る。
髪は下ろし、少し子どもっぽい印象が強化されるが、露出度から、相殺し合い、何か別の要素を見つけ出せそうな気がする。探す気は無いけど。
「んで、どこ行くんだ?」
「あれ? この場合って男性が決めているものじゃ……」
「誘ったのはお前だろうが」
むしろなんで俺が考えていると思ったのか。
「プランが無いなら帰るか」
「ま、待ってください。ちょっと待ってくださいね……」
スマホを取り出したのは大方この周辺の事を調べるためか。
この辺り何があるかは大体把握はしているが、まぁ良いや。少しくらいは待つか。
「じゃ、じゃあ、ここにしましょう。私行ったことがなくて」
「下見が足りてないな」
「一緒に新しい体験をすると言って欲しいです」
「物は言い様だな」
まぁこの時間ならあまり人もいないだろうから遊びやすいか。女子を連れて行くのには躊躇う場所ではあるが、まぁ良い。
「行くぞ」
「は、はい!」
歩き始めれば慌ててついてくる。
歩いて三分もすれば着く。休日を楽しむべくワクワクしている人たちの間をすり抜けていく。
「やっぱり優しい人ですね」
「何が?」
「歩くベース、合わせてくれています。車道側に立ってくれています」
「そんな事で善人認定するな。ちょろいと思われるぞ」
「私はちょろいですよ。先輩に対しては……あっ、少し赤くなりました。照れてますね」
「臆面もなくそう言われて、照れない奴の方が少ないんじゃないか? 素で言っているなら勘違いする男どもが湧くから気を付けるんだな」
「そうですね、気をつけまーす」
やって来たのはゲーセンだ。
UFOキャッチャー、レースゲーム、シューティングゲーム。
おっ、データカードダスもあるな。小学生の頃は百円握りしめて虫を戦わせてたな。
「何やります? この太鼓のとかどうですか?」
「あぁ、やってみたらどうだ?」
「先輩は?」
「リズムゲーは苦手だ」
「良いから、やりましょう。折角のデートですから。お願いします」
そう言いながら、二百円入れていく。
仕方ないので太鼓の前で立つ。とりあえず、上級で良いや。苦手だけど。簡単過ぎても嫌だ。
どうにかクリアはした。クリアはしたが、腕が、腕が……。
「苦手と言っておきながら先輩、結構できてるじゃないですか」
すぐ横で難易度最高に設定しておきながら涼しい顔でクリアしている萩野。
こいつにはあの鬼の如く流れてくる譜面がどう見ているのか。
「お前、ゲーセン初めてじゃねえの?」
「これ、家庭用も出てるじゃないですか」
「知らなかった」
さて、次だ次。さっさと満足してもらうとしよう。
「プリクラ撮りましょうよ。やってみたいです」
「仲の良い友達とか、ラブラブな彼氏と撮れ」
「良いから、撮りましょうよ」
あの馬鹿力で引きずり込まれる。当然のように萩野は小銭を入れ、音声が指示を出し始める。
「ほら、さっさとしろ」
「ニコッと笑ってください、先輩」
そんな無茶な要求をしてくる萩野。少し悩む。どうすべきか。しかし、カウントを告げる音声が容赦なく、シャッターを切る時間を告げる。
出来上がった写真。仏頂面の俺と、心底楽しそうな萩野が写っている。
「……先輩、楽しくないですか?」
「何だよ急に」
「……ごめんなさい」
「何がだよ」
「その、先輩のことも考えず」
はぁ。こいつは。何を今さら。
「今日の一日はお前が勝ち取ったものだろ。ならお前が楽しまなきゃ意味がねぇ。違うか?」
「はぁ」
「あと俺は、笑うのは苦手だ。一緒に働いているなら知ってるだろ」
「ふふっ、そうですね」
「ったく」
「えっ、先輩?」
「あっ」
頭に伸びかけた手、思わず止めた。
「何でもねぇ。行くぞ。別に、俺は楽しくないわけじゃねぇんだ」
「先輩、デレかけました? デレかけました?」
「うるせぇ。行くぞ」
そんな話をしている間に、写真をデコレーションする時間は失われた。
「先輩、銃ですよ、これやりましょう。噂に聞くゾンビを撃つ奴ですね!」
答えを聞く前から、二百円投入していく。こいつ、全部奢る気か?
まぁ良いや。こっちは得意な奴だ。
「はいはい。やるか」
「おっ、ノッて来ましたね」
「集中しろ、始まるぞ」
「あっ、ストーリースキップしないでくださいよ!」
「んで、聞くが。俺はお前といつ出会ったんだ」
ゲーセンを一通り萩野奢りで遊び尽くし、昼食。
恐らく男一人では絶対に行かないであろう、ケーキバイキングに連れてこられた。
皿一杯のケーキを前に、目を輝かせるお嬢様の頭が糖分でとろける前に、聞くべきことは聞いておこうと思う。
「あぁ、まだ思い出していなかったのですね。少しショックです」
「答えは?」
「急かさないでくださいよ」
一口大にカットされたケーキを、ちゃんと一口で食べ、水で唇を湿らせ、萩野は語り出す。
「それはですね、私が中二の頃、去年の話です。その頃には先輩はもう、朝倉先輩とお付き合いされていましたね。よく図書室でお見掛けしました。私、図書委員だったので」
「ふーん」
「心底興味無さそうですね。まぁ良いです。それからですね」
それは七月の、夏休み直前の事です。
図書委員会は長期休みの前になると、返却の取り立てをまずします。
うちはどうにもルーズの人が多くてですね。毎度大量の本が帰ってきます。だから片付けするのも一苦労で。
でも運動部の人たちは県大会の前だからと部活に行ってしまい。大量の本を一人で片づけることになってしまいまして。
「何やってんの?」
放課後、少し泣きそうになってたら、先輩がそう声をかけてくださいまして。
「しょうがない。見てるのもあれだし、手伝うか」
そう言って、先輩も片づけ始めてくださいまして。見ての通り背の低い私には、とてもありがたくて。
それが先輩との出会いですね。
「ふーん。ちなみにだが、その頃はまだ朝倉とは付き合ってない」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ」
まだ仲の良い友達というだけだ。読書仲間と言っても良い。
その頃の事は、良いや。話すような事でもない。
「しかし、そんなものか」
「そんなものか、って。私にとっては大切で素敵な思い出なんですけど!」
「そうか。まあ、そうだな。悪い」
「むっ……先輩に謝られると、変な感じがします」
「失礼な。俺だって悪いと思ったら謝る」
気まずくなってケーキを頬張る。……甘いな。
しかしなぁ。俺が人助けか……。
「あぁ、あのなんか眼鏡かけてた子か。三つ編みで」
確かに、印象大分違うかも。
「そうです。思い出してくれたのですね」
「まぁ。あれからちょくちょく話しかけてきたのも思い出した」
「あはは」
ケーキバイキング代は、萩野が全て出してしまった。
「楽しかったです。先輩」
「俺は奢られて遊んだだけだけどな」
「それで良いのですよ。それでは、またバイトで」
「あぁ」
一人になって、ふと、何でだろうか、寂しさに襲われるのだ。