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第四話 再会の元カノ

 「いってきます」

 

 母親にそう告げて家を出た。

 朝の空気は美味しいが、日に日に強くなってくる日差しは、精神を削ってくる。

 元引きこもりに、日の光は眩しすぎる。

 駅前までの道を、何となく歩いてきた。自転車よりも、歩きたい気分だったから。


「おはよう。久しぶりだね。そっか、この時間なんだ」


 そして、そいつは当たり前のように俺を待っていた。腰まで伸びた黒髪、細いシルエットは、俺にとっての美しさそのものだった。


「……朝倉志保」

「やはは、呼び方、フルネームは長くない?」

「朝倉。……何の用だ、こんな所で何している?」

「何しているって、同じ学校じゃん。やは」


 堪えきれない笑いが漏れ出ている。何なんだ、こいつ。俺を笑いに来たのか。


「一緒に行こうよ。違うクラスになっちゃったけど」


 俺は、こいつのこの笑顔に落とされたことを思い出した。

 満面の、何の憂いも、束縛も感じさせない、心が晴れるような、そんな笑顔だ。

 もう別れたのに。元カノなのに、振られたのに、やっぱり引き付けられた。


「早くしないと。電車行っちゃうよ」

「わかっている」


 電車に乗って二駅。春休みまでは付き合っていた。だから、受験も一緒に受けた。

 当たり前のように隣にいる。

 また友達に、戻れると思っているのか。

 スゲーや。もう切り替えているのか。いや、振った方だもんな、朝倉は。


「ねぇ、何でムスッてしてるの」

「お前が一番理由わかっているだろ」

「……やはは、ん、ごめん」


 申し訳なさそうな顔をされても困る。そんな困ったような顔されても、困る。


「チッ」


 電車の扉が開き、人が吐き出される。

 俺達もその流れに乗った。駅を出る頃には、朝倉の姿は俺の傍に無く、新しくできたであろう、友人の傍にあった。

 これが正しい。

 俺は一人だ。一人でいるのが、正しい。


「おはよう。九重君」

「あ?」

「朝っぱらから威嚇しないでよ。ほら、おはようは?」


 昨日の今日でこいつ俺によく話しかけられるな。

 心臓の強さは委員長としての職務を全うする秘訣なのだろうか。


「ほら、おはようは? りぴーとあふたーーみ―」

「おはようございます委員長様。英語の発音は微妙ですね、委員長様」

「一言多いよ。気にしてるんだから。……そっか、そういえば志保ちゃんも同じ学校だったね。そっか、まだ仲良いんだ」


 歩くペースを上げて、同じ制服を着た生徒の群れに紛れ込む。久遠は追ってこなかった。

 ここで萩野だったらダッシュで追いかけてくるだろうか。それとも、手を掴んで逃がさないのだろうか。

 久遠は立派に委員長の仕事をこなしている。俺には最低限の連絡はしてくる。

 適当に流すように聞いていても、それでも楽しそうに連絡事項を述べて来る。適当に扱われることに快感でも得ているのかと疑いたくなるくらいには。


「あっ、史郎、次体育? 頑張ってね」


 廊下ですれ違った朝倉にはそう声をかけられる。見た目がそこそこ良い朝倉に親し気に話しかけられたということで、男子の視線がいくらか向いた。勘弁してほしい。

 どうしよう。どこに俺の平穏はあるのだろう。

 放課後アルバイトに行っても、常に何かを企んでいる萩野がいる。

 ……学校を今更変える気は無いけど、バイト先くらい変えても良いかもしれない。


「無駄ですよ」

「えっ?」


 萩野は俺のその考えを、あっさりと一蹴した。

 休憩室で出勤時間まで求人誌を読んでいた俺の反応を見て、萩野は楽しそうに言葉を続ける。


「だって、この周辺のお店でしたら、大体父さんが関わっていますから。私一人手伝いという名目で働くのに、特段苦労はしません」

「マジで?」

「マジです」


 俺はアルバイト情報雑誌をゴミ箱に放り込んだ。


「……近くね?」

「そうですかね?」


 休憩室のソファーは三人くらいなら余裕で座れる。だというのに、萩野はぴたりと俺に密着するかの如く座ってきた。

 ふわりとなんかの香水の匂いがした。その手の知識が全くない俺には、種類とかその辺のことはさっぱりだが。


「そういえば、先輩、ちゃんと髪型整えたのですね」

「あぁ。よく気づいたな」

「気づきますよ、そりゃ」


 近くで見れば、肌はニキビもクマも無く、髪も艶があり、さらさらで、多分引っかかるようなところなんて無くて、思わず触れたくなるような、よく手入れされているのがわかった。

 思考が変な方向にいきそうになっているな。頭を振る。真面目なことを考えよう。

 しかしまぁ。そうか、こいつの父親のことを考えていなかった。

 そんな漫画みたいな金持ちが本当にいるのか? それとも地主かなんかなのか?

 とりあえず、こいつはどこまでも追いかけてくるし、嫌われるようなことをすれば、町を敵に回しかねないのかもしれない。

 それなら給料がよく、すっかり慣れてしまった店に諦めて留まるのが得策だった。生存策だ。

 もしかしたらボディガードとか、ヒットマンとか、本当にいるのかもしれない。




 「史郎……」

「なんでお前、そんな死にそうなんだ?」


 放課後、朝倉がさっさと帰ろうと廊下を歩く俺を見て、教室からゾンビの如く出てきた。


「これ見て」

「……うわぁ。お前春休み何してたんだ?」


 彼女が見せてきたのは春休み宿題考査の成績表、という名の、中学の範囲の総復習テストだ。

 要するに、元受験生ならば、春休みの宿題やらずとも、八割は取れる範囲だ。残りの二割は、高校の範囲の予習も含まれる。

 さて、朝倉の成績を見てみよう。


「国語、80点。相変わらずだな。数学六十点、そんなに難しかったか? 理科五十点、どこを間違えたのか逆に聞きたいな。社会七十点、ド忘れが多発でもしたのかい? 英語、九十点、まぁ、お前らしいな」

「点数読み上げながら寸評しないで……」

「よくこの高校入れたよな、お前」

「今度、お勉強、教えて……」

「断る」

 さっさと断って、さっさと帰ることにした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ささくれた主人公の気持ちが良く伝わってきますね。 [気になる点] 失恋する前の彼は素敵な性格だったのかな? 今の所完全に捻くれ者の悲観主義者でしかないからチョイだしでも過去の彼もしくは彼の…
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