第二話 後輩の宣誓 委員長就任
「あのぉ、九重さん。この時間に女の子に高カロリーのハンバーガーとポテトで満足させようってどうなのですか?」
「知るか。俺みたくコーヒーで済ませれば良いじゃねぇか」
二十四時間営業のハンバーガー屋にて、文句垂れつつ、小さな口を精一杯に広げて、ビックなハンバーガーを頬張るのを眺めながら、コーヒーを啜る。
まぁ確かに、どこかのお嬢様か? と言いたくなるような清楚なロングスカートを身に着けた女の子を連れてくる場所では無いとは思った。
「……誘ってくれたわりに、渋い顔しますね」
「あ?」
「凄まないでくださいよ。バイト中の五割増しくらいで怖い顔してますよ」
ジトっとした視線を向けられても、俺の顔は緩んだりしない。
そもそも、俺はなんでこいつを誘ってこんな所に来ているんだ。うむ、おかしいな。
「うん、帰るか」
「えぇ、まだ来たばかりですよ。まだ食べ終わっていませんよ!」
「いや、今この状況がおかしい気がした」
「どこがですか?」
「なんで俺は、お前が飯食うのを眺めながらコーヒー飲んでるんだ?」
「親睦を深めるためです」
「なるほど、人が飯食うところを眺めたら親睦が深まるのか」
「……捻くれてますね」
「ずけずけ言ってくれるな。仕方ない。食い終わるまで待ってやるから、ほら、親睦を深める会話とやらをするが良いさ」
お手並み拝見だ。
「で、では、しゅ、趣味は?」
「何急にテンパってるんだ? 趣味か……趣味と言えるほどではないが、読書だな」
「うわー、無難ですね」
「うるせぇ」
「恋愛経験は?」
「それ、出会って間もない奴に聞くことか?」
「文句ばっかり達者ですね」
口の減らない後輩に、特に言い返す気が起きず、そろそろぬるくなってきたコーヒーを一気に飲み干す。
「それで、どうなんですか? 彼女いるのですか?」
「いねぇよ。……誰の事も好きにならなければ、辛い出来事が一つ減るだろ」
「でも、誰かを好きな人は、とても強いですよ」
「ねぇよ。浮かれて恐れを忘れてるだけだ。強いとは言わん」
痛い程知っていることだ。
しばらく、渋い顔して、けれどどこか嬉しそうに悩みながらポテトを齧っていた萩野。遂に最後の一本を口に放り込み、一つ頷いた。
「そっか、なら……わかりました」
「ほう、何がわかったんだ? 聞こうではないか]
居住まいを正す萩野に、少しだけ聞く気というものが起きた。
「九重先輩……」
萩野の眼に力が宿る。真っ直ぐな視線に圧を感じる。
何を言われるのか。握った拳に力が籠る。
「あなたを、デレさせます!」
力強い宣言。その意味を理解するのに三秒ほどの時間を要した。
「……は?」
「もし、私の事を少しでも気に入って、甘い顔してしまったら、私を好きになってください」「何言ってんのお前? というか、お前先輩呼びしてたっけ?」
「先輩の方が言いやすいです。って、話を逸らさないでください。もし、デレさせることができなかったら、あなたを好きになってあげます」
「そんな好意はいらん」
「良いです。もう決めました。あなたをデレデレにして、そんな憎まれ口叩けなくしてあげますから。覚悟していてください!」
言うだけ言って、残っていたジュースを一気に吸い上げると、そのまま帰ってしまう。
何ともまぁ、奔放な後輩である。
「帰ろ」
コーヒーSサイズに払った百円、無駄にした気分になった。春休みそこそこ稼いだとはいえ、無駄遣いは気分の良いものではない。
委員会、及び教科係を決める学級会、どれにもなるつもりのない俺は、極力存在感を消すべく、机に突っ伏していた。
最初はクラス委員を決めるのだろう。女子の方はすぐに誰かが立候補したようだ。
「あっ、男子の方は私から指名しても良いですか? ありがとうございます。では、九重君、私と半年間、よろしくお願いします」
そんな不吉な言葉が聞こえ、顔を上げる。教壇に立ってこちらを真っ直ぐに見ているのは、俺にクラスのグループチャットを誘ってきた子だった。
色素の薄い、茶色系の髪色。大人しいという印象を受ける顔立ち。その大人しい印象も、眼鏡によってさらに強化されている。
黒板には、久遠奏と書かれ、その隣には九重史郎と書かれている。クラス委員の欄に。
「……えっ、なんで?」
「駄目ですか?」
周りから刺さる視線は、一様に、「引き受けろよ、さっさと次行こうぜ」と言っている。
「わかったよ」
波風立てるのは避けたい。くそっ、面倒なことになった。
「どういうつもりだ」
休み時間。俺は早速、久遠に話しかけることにする。
「どういうつもりって、君をクラス委員にしたかっただけだよ」
「それがどういうつもりだと聞いている」
唇が弧を描き、恐らく彼女の見せる表情の中でも、最も可愛らしく人には映るであろう、そんな角度で首が傾けられる。
「だって、そうでもしなきゃ、君、クラスに関わろうとしないでしょ」
「あ?」
「威圧しないでよ。ところで九重君、私の事わかる?」
「わかるって、まぁ、とりあえず名前は覚えたけど。流石にな」
「そ、そう……とりあえず、今日は他のクラスのクラス委員との顔合わせだから、放課後一緒に来てね」
「俺は降りるぞ」
「今更そんな事許されるわけないじゃん。どうせ部活も入るつもりないでしょ」
こいつ、何を勝手に……図星だが。
くそっ、誰が好き好んでクラスのまとめ役なんかするんだ。
委員会は本当に顔合わせだけで済んだ。軽くため息。
生徒会室から茜色に染まる廊下に出る。生徒も先生も、誰も歩いていない。
「それじゃあな」
並んで出てきた久遠にそう告げて、少しだけ歩くペースを上げた。
「あっ、待って」
「なんだよ」
「連絡先!」
「いらんだろ。俺は別にやる気ないし。お前に任せるわ」
急いでいる状況であまり話し込みたくない。バイトに遅れる。既に結構ギリギリなのだ。
久遠は早歩きする俺の前に走りで回り込んだ。
「待って。もう一つだけ」
「委員長が廊下走って良いのか?」
「九重君って、彼女いるの?」
俺の憎まれ口を無視して、久遠は真剣な目つきで問いかける。
「なんで付き合い浅い奴に、んな事聞くんだよ、どいつもこいつも」
「……いないの?」
「いねぇよ。委員長様は不純異性交遊なんて許しませんってか?」
「君も委員長だよ」
「知るか」
どうせ、夏休み明けまでの役職だ。サボりまくって仕事をしない奴というレッテルを貼ってもらって、別の奴に押し付けることにしよう。
これ以上何か言われる前に、早々に立ち去ることにした。
目下、別の問題がある状況で、余計なことに首を突っ込みたくない。
最初のうちは一日複数話投稿すると良いと聞いた。