第十九話 色々と整理を付けよう
「だからさ、私、思うんだよ」
「何を?」
「私たち、これからも仲良くできるって」
「話が見えないな」
しっとりとした髪のまま入って来た朝倉の急な話題に、俺はどう付き合えば良いかを少し考えて、少しだけ真面目な気持ちで聞くことにした。
「さっきみたいに語り合った後は、また仲良くなるものなんだよ」
「壊れた関係は、戻らねぇよ」
「やり直すことは、できるでしょ」
「どうやって」
朝倉は何を思ったのか、手を差しだす。
「何だよ?」
「握手」
差し出された手を見つめる。
「私と、友達になってください!」
意を決したように、朝倉はそう言った。
「友達?」
「そう。自分勝手な奴だって怒る? それとも、お前みたいな奴はもう嫌いだって絶縁する?」
不安げに見えた。あまりにも、頼りなかった。
そして、俺は。選んだ。
俺がここで彼女の手を取れば、俺の決意は砕け、孤高に至る道を、外れることになる。
でも、選んだ。
俺は朝倉の手を握ることを選んだ。
間違っている、心が叫ぶ。俺を裏切った、そう訴える。
違う。
俺は、向き合うんだ。
目を逸らしたんだ、俺は、道を選ぶ前に、拾わなきゃいけない物があるんだ。
「友達、だな」
目が覚めた。
自分の部屋の床に布団が敷かれ、朝倉が寝ているのが目に入った。
変な気分だ。何だこれ。
「あっ、おはよう、史郎。体調は?」
「すこぶる良いよ」
「そう、良かった。ふわぁ、夕方まで暇だね」
「あぁ。……何かあるか、やりたいこととか」
今すぐ帰れ、と言うのは友人として違う気がする。
「やはは。なんか色々考えて意識して話している史郎って変だね、会話のテンポがいつもより遅いや」
「すまん」
「いや、悪い意味じゃないんだ、ただ、少し嬉しいだけ」
「何が?」
「史郎が、ちゃんと私を見て、私を気にしてくれていること」
「まだほんの少しの会話、これから崩れるかもしれないのに、何を喜んでいるのだか」
「やはは。そだね。ちょっと早すぎたね」
インターホンが鳴った。
この家を訪れるものは多くない。
だから誰が来たかはすぐにわかる。
「おい受験生。中学三年生、さっさと学校行ってこい」
「なっ、せっかくお見舞いに来た後輩に、その言い草は無いかと!」
「知らんがな。自分のことを大切にせい」
「……先輩? 何か良い事ありました?」
「さぁな」
あれをどう解釈するか、それはこれからの俺の仕事だ。
「そうですか」
何か察したのか、萩野は意味ありげな笑みを浮かべる。
まぁ、大方的外れのものだろうが。
「朝倉先輩と、復縁したとか?」
「……見当外れとも言い切れない微妙な答えだすなよ」
「えっ、何でそんな呆れられているのですか?」
「ツッコみ辛い微妙なラインを突くからだ」
「えー何かあったのですかー、聞かせて欲しいですー」
「ええい、やかましい。制服着てるってことは行くんだろ」
「そうですねー。流石に二日休みはマズいですから」
今時珍しい、セーラーな制服に身を包んでいるのに、今気づいた。
「では、行きますね。やらしいことは駄目ですよ」
「余計なお世話だ!」
扉が閉まってすぐに、車が動き出す音がした。
俺は部屋に戻る。
「あっ、史郎、まだこのゲームやってたんだ」
「お前、何勝手にやってるんだ」
「勝負しようよ、あれから私も練習したんだよ」
「そう言って俺に勝てた試しはあったのか?」
「今度は勝てる!」
俺はそんな根拠の無い自信を挫くべく、コントローラーを握った。
レースゲーム。純粋に年季が出るゲーム。コースを覚え、最適なコース取りを体にしみ込ませる。それが、オンラインレート戦で戦うための最初の段階である。
「……納得できん」
「やはは、勝てなかったなぁ」
舐め腐って挑んで、本気を出させられる羽目になった。
ショートカットは封印しようと思っていたが、全力で使うことになってしまった。
けれどそれでも、かなり接戦になった。
朝食として、トーストに切れ目を入れ、カレーを注ぎ込んでそれを焼いたものを食べている。何かのコマーシャルで見て美味しそうと思ったのだ。
さらに器にカレーを盛り付け、チーズをかけ、それもオーブンで焼いた。カレーグラタンみたいなものだ。
「眠いねぇ」
「寝れば?」
「帰れ、って言わないんだ」
「言っても帰らんだろ」
「んー、ちょっとは考えるかも」
「ん?」
「やはは、驚いてるね」
いやまぁ、俺としてはありがたいから良いのだが。
まぁそれでも、わざわざ言う気は起きないな。
「んで、眠いとは言っているが、二度寝とかする気か?」
「流石にしないかなぁ」
「コーヒー淹れるか」
「良いね」
コーヒーメーカーに電源を入れる。諸々をセットしてしばらく、それなりに美味しいコーヒーが出来上がる。良い時代だ。科学の力って素晴らしい。
「レストランで働いている人間が何言っているのさ」
「それでも、自分でしなくて済むなら楽な物だろ」
「確かに」
マグカップがテーブルに並んだ。
「親、夕方には帰ってくるって連絡来たな」
「風邪のことは言ったの?」
「言うわけ無い」
「もう少し、信用しても良いんじゃない?」
「当てにならん」
「変わらないね、そこら辺」
変えるつもりもない。今更。
独り立ちして、家を出る日が、待ち遠しい。
大学は県外に行こう。そのままそこで就職しよう。
仕事にかまけて実家に帰らない。そんな日々を送ろう。
結局行かなかった林間学校の栞には、レクリエーションの時間と記されている。
確か、山の中で高校生が大真面目にフリスビーゴルフをするんだっけな。その後は、石窯でピザ焼き体験して、それを昼食とする。
その後下山して、帰還式して解散、か。
「盛りだくさんだな、何を勉強しに行くんだ、これ」
「チームワークとかでしょ」
「ふーん」
でもまぁ、今なら、少しは行ってみたかもしれない、と思えた。
夕方になる。
朝倉は、俺の証拠隠滅を手伝って、家に帰った。
ぼんやりと親の帰りを待つ。
着てもいない、着るはずだった服を洗濯機に入れた。台所は綺麗なもので、布団もちゃんと片づけた。
インターホンが鳴る。朝倉が忘れ物でもしたか? そう思いながら画面を確認した。
「久遠、何か用か?」
インターホン越しにそう聞いた。
『お見舞い』
「そうか、ありがとな」
『……えっ? 本当に大丈夫?』
「何がだよ」
画面に映る久遠の眼は大きく見開かれている。
眼鏡を外し、目を擦り、頬までつねり始めた。失礼な奴だ。
「……入れよ」
「う、うん」
面倒になって扉を開けた。
「帰れよって、言わないんだ?」
「俺を何だと思っている」
「少なくとも一昨日までなら、「そうか、帰れ」、って言っていた」
「否定はしきれないな」
「でしょ」
「水で良いか?」
「うん」
本当はもう少しマシな物を出した方が良いのだろうが、来客の少ない我が家に、オレンジジュースとか、そんな洒落たものは無い。
「なぁ」
「うん?」
「連絡先」
「うん!」
「くださ……寄越せ」
「良いよ!」
「この頼み方で嬉しそうにするお前を、理解できる日が来るのだろうか」
「来ても困るかも」
「そうか」
「本当は、自分で聞きたかったけど、良いや。こっちの方が嬉しいから」
「そうか。それは何よりだ」
本当、こんな俺によく関わろうと思えるものだと思うが。
仕方がない。
久遠が帰った後、俺は、萩野から大量に送られているメッセージに、少しは返信しようと思うのだった。




