十四話 女子会
女子会。
それは、なんだろう。多分、今ここにいる三人は誰も経験したことが無い。
だがまぁ、この状況は、女子会と呼ぶには相応しいのではないだろうか。
場所はミート&ベジタブル。史郎と萩野ちゃんのバイト先。
そこで私たちはピザとフライドポテトを囲んで座っている。
言い出したのは私。朝倉志保。
対面に座るは久遠奏。斜め向かいに萩野結愛。
一言も喋らない、誰も料理に手をつけない、そんな何とも言い難い状況。
「お客様。こちらはサービスです」
「えっ、母さん」
萩野ちゃんの声に顔を上げる。そこには何とも、優雅な人がいた。
萩野ちゃんを少し大人っぽくした、みたいな。うん。それだ。
「何悩んでるかはわからないけど、若いのは若いのらしく、ぶつからなきゃ。ぶつかり合わなきゃゼロのまんまよ」
「……母さん、それ、熱血サッカー少年の話じゃない?」
「結愛はそれに何を学んだのよ」
「母さんが好きだから、見せられてただけなんだけど!」
萩野ママはさっさとカウンターに戻り、グラスを磨き始める。常連さんだろうか、そんな萩野ママに話しかけるお客さんもいる。
雰囲気が少しだけ緩まった。
「全くもう……」
そう言いながら、萩野ちゃんはピザを切り分ける。
「この時間に、高カロリーなものを食べるのも、罪悪感が凄いね」
眼鏡の位置を直し、切り分けられたピザを食べる久遠ちゃん。私もそれに習う。
「やはは。運動すれば良いのだよ」
努めて明るくそう言った。
「誘ったのは志保さんです。そろそろ本題に入ってもらっても良いですか?」
「良いよ」
そう、思い出した。私が、少しお話しない? と言ったんだ。
「私さ、実を言うと二人のことよく知らないわけで。あーいや、萩野ちゃんとは一回お出かけしたし、久遠ちゃんとは元同じクラスだったしで、知らないというわけじゃないんだけど、だから、仲良くなりたいなぁ、何て」
「それは良いですけど、ではそうですね、質問形式にしますか。私と久遠先輩がチームで、朝倉先輩に質問をする。朝倉先輩は私たちにそれぞれ一回ずつ質問する。所でしょうか」
「うん。それで。じゃあ、最初はそちらからどうぞ」
「わかりました。では、九重先輩と付き合っていた時、九重先輩はどんな感じだったか、お聞かせください」
「そうだねぇ……今と比べる感じで言うと、もう少し素直で、言動ももう少し穏やかだったかな。後は、何だかんだ良い人」
「そんなことは私たちもわかっていますよ。二人きりの時の話です」
「二人きり……そうだねぇ、献身的な甘えん坊、かな」
正直にそう言った。
「えっ?」
「えっ?」
二人の反応を見て思わず笑ってしまう。私しか知らない、彼の一面、私が彼と友達のままでいようと思い直した理由。
「私には、彼を支えきれなかった。史郎はね、私に甘えさせてもらう、それしか求めなかった。それ以外は、何にも求めなかった。キスも、エッチなことも、何にも。そして、彼はなんでもしてくれたの。頼んだら、何でも」
そう、何でも、怖いくらいに、何でも。
二人の真剣な面持ち。口を開く。続きを話そう。
私の頼みに応えなければ、何て強迫観念でもあるのか、そう聞きたくなるくらいに。
だから私は、嫌な女でもある。
受験が終わって、春休みに入って、私は彼を振ることを選んだ。最悪のタイミングだ。受験勉強で散々面倒を見てもらって、その末だ。利用するだけして捨てた、そう言われても仕方がない。
でも、私には耐えられなかった。
彼はきっと私のために何でもしようとする。私と会うのを毎日の楽しみにして、私に喜んでもらうのを至上の喜びにして、甘えるという見返りしか望まず、私に尽くし続ける。
そんなの、壊れる未来しか見えない。
私は、怖くなった。だから、逃げた。
「どうなるか、何て考えなかった、彼が。私に尽くした結果壊れた、という結末だけから逃げたかった。だから、彼が普通に駅に現れた時、嬉しかった。普通に生活しているって。今とても捻くれてるけど、それでも私は嬉しいの」
最低だ、私は。
私は、逃げただけだ。
「重い彼氏から逃げたくて振った、と言ったところですか」
萩野ちゃんの容赦のないまとめ方。でも、決して間違えていない。だから頷く。
「重いの方向がなんかイメージと違うね」
「そうだね」
折角緩んだ雰囲気がまた重苦しくなる。
もう女子会、何て言っていられない。
「ねぇ、二人は、今の捻くれた史郎、どう思う?」
「私は、あくまで恩を返したいだけ」
「私は、あの捻くれた先輩がデレたらどうなるか気になるだけ。だけど、今先輩から聞いてしまいましたから、目的が変わりました。私は、先輩を育てたいです。真っ当になるように」
「ん、そっか」
「久遠先輩はストーカーを控えた方が良いかと」
「ストーカーじゃありません。有効な恩返しのためのリサーチです」
息を吐く。
うん。これで良い。
この二人がいるなら、史郎は、大丈夫だ。
うん。大丈夫。
「それで、朝倉先輩は、九重先輩のことまだ好きなのですか?」
気を抜いてポテトに伸びた手が止まる。
「どうかしたのですか? 朝倉先輩」
「それは……」
どうなのだろう。
私は、何で彼の告白を、受け入れたのだろう。
彼が、私を好きだというのは、本人から、何回も聞いた。でも、私は彼に、一度でも好きと言ったのだろうか。
記憶をたどっても、該当する記憶が見つからなくて。
ポテトを齧った、まだ冷めてはいない。
結構な時間は経った気がするのに、まだ温かい。
「先輩?」
萩野ちゃんの顔を見た。
久遠ちゃんの顔を見た。
二人の眼は、私を真っ直ぐに捉えていた。
頭が回らない、考えるのを拒否している。
「わからない」
出した答えはとてもとても残念なものだった。
「わからないのに付き合っていたのですか?」
「萩野さん、ストップ」
頭が真っ白になって、口の中が渇いて、言葉が喉から出てこなくなって、ただ二人が何かが言っているのが聞こえる。
「志保さん、志保さん。大丈夫?」
「えっ、あっ……どう言い繕っても、私が史郎を傷つけたのには、変わらないから」
「そんなの言い訳ですよ。朝倉先輩の気持ちは朝倉先輩の気持ちです」
「……ん、そうだね」
「ゆ、ゆっくりで良いから」
久遠ちゃんが慌ててそう優しく言葉をかけてくれる。
うん、焦っては、わかることも、わからなくなる。




