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第十三話 パンケーキと後輩。

 「先輩、お茶しましょうよ。お茶」

「お前。仕事終わりにお茶をする。それを習慣化しようとしているのか?」


 だがこいつの怪力から逃げることは俺には不可能だ。恥ずかしながら。悔しいが。

 しかしながら既二回もこいつの意のままになっているのも事実。そろそろ回避したという実績が欲しいところ。

 悩ましいな。

 すっかり暗くなって、眠りにつく準備を始める街。

 祝日明けながらも、夜更かししようと闊歩する人々の間を抜けて行く。

 早足の俺に平然と付いてきて、俺をどうにか引き留めようとする萩野。ため息を一つ吐く。


「お前、仕事終わる度にハンバーガーやらケーキやら食ってたら、ぶくぶく太るぞ」

「乙女になんてことを言うのですか!」

「違うのか? お?」

「ムカッ」


 眼光が鋭いものに変わる。おぉ、久遠の怒っていますアピールなんかより、本気度が違う。


「あれですか、私の脂肪は胸ではなく、腹に行くと言いたいのですか?」

「さぁ、それがわかっていたら誰も苦労しないだろ」


 まぁ確かに。でも、貧相という印象では無いけどなぁ。

 なんだろう、健康的に細い。うん。それだ。この表現、朝倉を思い出すな、

 まぁ、そんなフォロー、わざわざする気は無いが。

 しかし、その選択に俺は後悔をすることになる。


「私これでも、胸が無い以外スタイルは良いと自負しています。見ますか! 見ちゃいますか?」

「おい、ここで脱ごうとするな。俺が捕まるだろ」

「多分捕まるのは私ですよ!」

「わかっているならやるな」


 暴走して、色々分別がつかなくなってしまっているようだ。

シャツのボタンを外そうとする萩野を取り押さえる。駅前で何しているんだ、俺。


「お茶しないと無理矢理でも脱ぎますよ!」

「どんな脅しだ」


 しかしこいつの怪力を抑えるのもそろそろ限界が近い。むしろ、よくここまで拮抗できているな。


「……そんなに嫌ですか? 私と居るの」

「今度は泣き落としか? めんどくさい」

「私の一糸纏わぬ柔肌とどっちを選びますか?」

「うるせぇよ露出狂。チッ、どこの店にするんだ? どこで肥えたい?」


「嫌な聞き方しないでくださいよ! というか、私の裸体よりコーヒーを選ばれるの、なんか微妙な気分です。それと、まだ脱いでいないので露出狂じゃありません!」


「めんどくせぇな。ほらさっさと決めろ」

 結局こいつの望んだとおりの展開か。はぁ。

 


 「お前、本当によく食うな。お前が肥えていく様を見せられるこっちの身になってもらいたいものだぞ」


 キラキラした目で、パンケーキにフォークを突き立て、口一杯に頬張る萩野の姿は、お嬢様とはかけ離れて、年相応の女子であった。


「肥える肥えるしつこいですよ、いい加減」

「クリームたっぷり、苺に苺ソースまでトッピングされたパンケーキを二枚も食べながら何言ってるんだ」

「先輩も食べてるじゃないですか」

「パンケーキ屋に来てパンケーキ食わない方が問題だろ。口の周りクリームだらけだな、拭いたらどうだ?」


 忠告を聞いて慌てて拭き始める。子どもかよ。いや、子どもだな。

 まぁしかし、超える肥える言うが。萩野はわりと痩せている方ではある。


「何ですか? 先輩。そんなに私を見て」

「いや。何でも」


 細いが、なんか柔らかそうでもある。顔立ちも整ってはいる。

 どうしてこう、見た目が整っている女子は良い匂いがしそうなんだろう。


「飯食う時、お前って結構幸せそうだよな」

「そうですか?」

「あぁ」


 マグカップを傾ける。

 こいつに連れていかれたお高い喫茶店寄りからは肩の力を抜いて過ごせるが、コーヒーの味が。あの店、結構好みだったな。

 渋みが強すぎるのは苦手なのだ。


「先輩はよくほいほいコーヒー飲めますね」

「お前が子ども舌なだけだ」

「とある一つの嗜好が理解できないだけで、子ども扱いしないでくださいよ」

「俺は逆に、パンケーキを食べながら、オレンジジュース飲めるその味覚の方が、理解できないがな」


 店員が頭を下げながら皿を下げていく。


「先輩が珍しく話題を振ってくれました。一歩前進ですね」

「大袈裟な」


 俺だって、たまにはそういう風にすることはある。

 別に相手を不愉快にしたいとか、傷つけたいとか、そういうわけじゃないのだ。

 最低限のマナーくらいは弁えてはいる。

 意識して冷たく接している部分があるのは、否定しない。


「先輩をデレさせる日も近いかもしれません」

「ねぇよ」

「まぁまぁ、奢るんで許してくださいよ」

「あのなぁ、後輩に奢られる先輩の居心地の悪さを考えたことあるか?」

「お金はある人が使えば良いのですよ」

「そこらの高校生よりは持っているぞ、俺だって」

「私の小遣いから考えれば小銭ですね」

「そうかい。金持ちお嬢様や」

「でも、小遣いなんて所詮は親の金、働いて得た先輩の金と比べるのはおこがましいですね」


 苦笑いを浮かべそう言う。


「金に貴賎はねぇよ。金は金だ」


 どこか思うところがある様子の彼女に、ため息交じりにそういう事しかできなかった。

 宣言通り、萩野が会計を済ませ、店を出る。 


「先輩、このあとどうします?」

「帰宅」

「先輩、私、もう少しだけ遊びたいです」

「おい中三、受験はどうした?」

「まだ夏にもなってませんよ。それに、私成績は良いのです」

「そうかい」


 自然な動きで腕に絡みついてくる。振りほどこうにも、しっかりと掴まれて離れる気配は無し。


「どこに行く気だよ」

「そうですねぇ、じゃあ、少し、休憩していきま……アイタッ」

「馬鹿言ってないで帰るぞ」

「先輩先輩、何を想像したのですか? 休憩というワードから何を連想したのですか?」


 無視してさっさと歩く。駅にでも放置しよう。


「あれ、萩野ちゃんに、史郎。今帰り?」


 駅にて、思わず心がざわつくシルエットが目に入った。気づいたのはあちらも同じようで、ニコニコと駆け寄ってくる。

 萩野は慌てて俺の腕から離れた。


「やはは、偶然だねぇ。仕事帰り?」

「そんなところだ」

「……朝倉先輩相手だと、逃げようとしないのですね……」


 そんな言葉が聞こえてきたが、聞かなかったことにする。

 萩野が離れた瞬間、足が動こうとしなかった理由を、少しだけ悩んだ。けれど答えが出そうにないから放棄する。


「んー。あっ、久遠ちゃんもいるじゃん」


 駅ビルから出てきた久遠、朝倉は目ざとく見つけて手を振る。

 すぐに気づいたようで、久遠もこちらに足を向けた。


「委員長様が駅ビルで何してるんだ?」

「気になる?」

「全然」

「だと思った」


 特に話すこともない。家の方向に足を向ける。


「帰るの?」 

「あぁ」

「じゃあね」

「あぁ」


 朝倉があっさりとそんな挨拶をしたからか、萩野も久遠も俺を引き留めようと動かなかった。


「せっかくだし、何か食べて行こうか!」

 

 朝倉のそんなどこか勇気を振り絞ったような声が聞こえた。






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